拗れる何かと未確認のなにか
二三のやり取りを経て、黒電話に受話器が置かれる。
緊張してたのか、知らずに詰めていた息を吐き出すと竜崎さんが苦笑い。
「萌木さん、染谷君に相談をしたんだって? オレ達に話してみるといいって言われたからって」
「はい。萌木さん、やっぱり早く自立したいって焦ってる感じだったんで。それならむやみやたらに止めるよりは、彼女のやりたい方向で、だけど無理しそうなら止めてくれる人の方に誘導した方がいいかと思って」
竜崎さん達ならその辺の機微は解ってもらえるだろうし、何より色々萌木さんの疑問に答えられたり、そうでなくとも選択肢を増やしてもらえるだろう。
この辺りは生粋のこっち生まれの僕より、萌木さんとある種似た経歴を持つ竜崎さんの方が分かることもあるはずだ。
僕が詳しく言わなくたって、そうやって竜崎さんを頼ってくる人が多いのだろう。誉さんが「ふん」っと鼻を鳴らした。
「レオンがどれだけ道を提示しても、最後に決めんのは本人だぞ?」
「それは勿論。だけど萌木さんが焦ってるだけなら、どっしりした竜崎さんを見て焦らなくても大丈夫って安心できると思います。そうじゃなくても選択肢があることに気付いてもらえればいいかな」
ぽりっと頬を掻く。
やっぱり僕は萌木さんに危ないことをしてほしくない。そういう場所に近付いてほしくない。
四季島市の地域包括不可思議現象対策課は、職場としてはブリリアントピュアホワイトだけど、絶対安全な場所じゃない。危険手当が常時付くくらいには危ない職場なんだ。
安定した収入だけのために地域包括不可思議現象対策課にくると、必ず傷付く時が来る。だって僕らが守る人の中には、僕ら異能者を化け物と罵る人だっているんだから。
生粋のこっち生まれの僕だって、時々何のために命懸けで働いているのか分からなくなることある。こちらの世界生まれでない萌木さんは、猶更こちらの人間のために命を懸ける必要なんかない。だから地域包括不可思議現象対策課を選ぶ必要なんかない。警察だって軍隊だってそうだ。
つらつらとそういう話をすると、誉さんが「あー」と同意のニュアンスを含んだ応えを返す。
「まあ、そうだな。俺もそう思うよ。こっちの世界のことは、こっちの人間が率先して片付ける問題だ。他所からきた誰かに甘えるべきもんじゃない」
両腕を組んで、顎を上げるようにする誉さんに、今度はちょっとむくれた様子で竜崎さんが反論する。
「オレは少し違うと思う」
「あ?」
「だってこっちの世界はオレを受け入れてくれたんだ。そんな世界を守りたいと思うのはおかしなことじゃないだろう?」
「けどな、それを笠に着て命懸けで恩を返せってのは違うだろ? 俺もこの人もそういうことを言ってんの」
誉さんは僕を指差す。なのでブンブン大きく首を上下に振ると、竜崎さんが眉を寄せた。
「強制されてると思ってるからだろう? そうじゃないんだ。誉やおばさんやおじさんが住んでる世界だから守りたいんだ。そのための力があるから使う。シンプルじゃないか」
「そんなら、お前を平穏無事な場所にいさせたいって俺の気持ちはどうなんの?」
「オレだって誉には何事もなく平和で過ごしてほしいよ」
バチバチと二人の間で火花が散っているのが見える。いや、幻。
というか、別に僕はこの二人に見解の相違で揉めてほしいわけじゃない。
自分で持ってきた話題だけど、ヤバいことになる前に火消ししとかないと。
二人の間に「まあまあ」と割って入ると、二人とも実に不本意そうな顔で僕を見た。
「とにかく、僕は萌木さんに選択肢を多く持ってもらいたいんです。自由に選べるようになったんだから、わざわざ危険手当付くような職業を選ばなくても、もっと待遇が良くて、もっとお給料も良くて、もっと安定している職場があるかもしれない。自分を追い詰めないでほしいっていうか」
「それでも地域包括不可思議現象対策課を選んだら?」
「そのときは……同僚として彼女を迎えます」
眉間にシワが寄る感触がある。僕は今、苦虫を百匹くらい噛み潰した顔をしているはずだ。
そんな僕を見て、竜崎さんと誉さんは二人して顔を見合わせる。
それから、首を傾げて誉さんが揶揄うように口を開いた。
「同じ職場に来たら大っぴらに守ってやれるんだから、かえって都合良いじゃないのか?」
「え? 何でです?」
思いもよらない言葉を聞いて、きょとんとしてしまう。
「なんでって、なあ?」
「うん、その、萌木さんと同じ職場って、願ってもないんじゃないのかな?」
誉さんの不思議そうな声音に、竜崎さんも首を捻る。
いや、何で同じ職場が僕に都合がいいんだろう? 僕としては胃に穴が開きそうだ。
「あの、萌木さんは僕が守るとか庇うとかで喜ぶような人じゃないですよ? あの人は庇われたり守られることを良しとするタイプの人じゃありません。寧ろガンガン前に行く方じゃないかと」
庇われたり守られたりを当たり前だと思えるほど、優しい環境にいたわけじゃない。
話を聞くだに、逆に自分で道を切り開いてきた人のように思う。そんな彼女を守らなきゃいけない立場の弱い人扱いなんて出来ない。そんな侮りは失礼だと思う。
だからこそ僕の胃に穴が開くんじゃないか、と。
「心配することは出来るけど、必要以上に守るとか庇うとか、そういうことをするのは彼女への侮りでしかない。だから僕は最低限のことしか出来ないだろうし、僕のことだから要らんことするのを我慢して、勝手に胃に穴開けそうだなって……」
でも、萌木さんには自由でいてもらいたいんだ。
彼女が自分の自由にした結果、地域包括不可思議現象対策課で働くのだというなら、勝手に心配して勝手に胃を痛めるのも僕の自由なわけで。
まだ萌木さんが同僚になるとも決まっていないのだから、本当に杞憂なんだけど。
僕のグルグルを聞いた二人が、肩をすくめる。
聞いたのそっちなのに、どういう反応なんだ?
若干ムッとしたけど、それはそれ。二人もそれ以上は視線で何かやり取りをするだけで、追及はなく。
「まあ、うん。その、アンタも大分難儀な拗らせ方するタイプってのは解った」
「そうだね。その、オレ達で相談に乗れることならいつでも話してくれていいから……」
同情めいた視線を二人からもらったのは、なんでなんだ?
僕の中身の話はそれでいいとして、萌木さんと良いところのお嬢さんと竜崎さん達の訓練は萌木さんの都合のいい時と良家のお嬢さんの都合があったときになるみたい。
僕の根回しはそれで終了。
萌木さんと良家のお嬢さんの良いようになればいいな。
で、翌日。
地域包括不可思議現象対策課に出勤すると、珍しく吉備津彦さんと出くわした。
「おはようございます。珍しいですね」
「うん、一か月ぶりじゃないかなぁ。ちょっと気になることがあって、その報告に来たんだよ」
「気になることですか?」
吉備津彦さんは普段ラボで、鬼道戦士のブラックボックスを解明すべく研究調査に携わってる。
時代に合わせてカスタムされるホムンクルスの人間体で出勤するって、結構珍しいんだよな。
その珍しいことがあるって、結構なことだ。
報告自体はもう課長にしているらしく、小首を傾げつつ。
「それが、昨日からよく分からない思念みたいなものを私の本体が捉えていてね。死者の念とかそういうタイプじゃなく、どちらかというと宇宙からのメッセージ的な」
「宇宙からのメッセージ? 現存銀河内からの、です?」
「それだったら現存宇宙語のデータベースで語訳変換が出来るはずなんだけど、それが出来ないんだよ」
「えー……ヤバくないですか?」
「うん。未確認宇宙言語だったら四季島市だけで対応できる話じゃないからね。他の自治体からもそういう報告がお国に上がってるかもしれないし」
課長は吉備津彦さんの報告を聞いて、すぐに上に問い合わせにいったそうだ。
マジで宇宙戦争とか勘弁だけどな……。
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