報告・連絡・相談・確認は社会人の必須業務です。
明日も同じ時間に投稿します。
萌木朋子さん、社会人二年目。短期大学卒、保持資格は特になし。
彼女を不当召喚拉致から保護した際行った健康診断では、ストレス値が高く栄養状況があまり良くないという結果はあったものの、病気や怪我は発見されなかった。
しかし代わりにアンデッドへの高い攻撃適性を持ち、回復魔術に関しては治癒術取扱者資格甲種の試験に実技だけならすぐさま受かりそうな魔力量と契約魔術数だったことが判明している。
この結果に関しては本人に伝えてはあるのだけれど、保護された翌日のことなので彼女もちょっと意味が解っていなかったらしい。
萌木さんが自分の意思で移住希望を出すと決めたとき、再度話したら「それでご飯を食べていけるってことでしょうか!?」と食い気味に聞かれた。
アンデッドへの高い攻撃適性なんかは、ダンジョン清掃業やダンジョン専門救急隊員なんかからは重宝されるし、探索者協会からは高額年俸でのスカウトが予想される。
一方、回復魔術はといえばこれはもう医療・福祉職から引手数多じゃなかろうか。いや、それだけじゃなく僕ら四季島市役所・地域包括不可思議現象対策課だって喉から手が出そうなほど欲しい逸材だ。勿論アンデッドへの高い攻撃適性も。
だってさぁ、僕ら四季島市役所・地域包括不可思議現象対策課には市にあるダンジョンの管理も任されてるから。
まったくダンジョンの無い市が羨ましいったら。
閑話休題。
面接後、彼女には不当召喚拉致被害者支援プログラムによって受けられる、住居及び金銭的な支援と就労のための学習ないし職業訓練を案内しておいた。
手続きはリーフレットを読んでもらえれば解るようにはなっているけれど、口頭でも説明するし何なら窓口で直接質問してくれてもいい。
関係諸機関には連絡が出来るし、保護されて一年ないし二年ほどは国が最低限の健康的で文化的な生活を保障する法律もある。
その間に身の振り方を決めてもらえればいいし、面談は週に一回、本人が希望すれば週二回、もしくは二週に一回でも一か月に一回でも構わない。
そう伝えると、萌木さんは資料を持って帰られた。その背中は悲壮感なんて欠片もなく、解放された感が凄かった。
「……というのが、萌木さんとの面談結果です」
「なるほど。事情を聞く限りは前向きに受け止めている、そういう感じですか」
「はい。余程元の生活が辛かったようです。ジュースの一本も自分のためには買えなかったそうなので」
「ご苦労のほど、察してあまりありますね」
「はい」
デスクで花珠課長に萌木さんとの面談結果を書面で提出、それだけじゃなく実際の印象を話す。
座っている花珠課長を、立っている僕が見下ろす形になるんだけど、下からの圧が凄い。いや、課長が人格に問題云々って訳じゃない。目力が強いし、何より恐ろしいほどの存在感なのだ。
花珠 真珠・ヴァレンチノ。
地方公務員でありながら地域包括不可思議現象対策課は、事実上国家公務員並みの権力を持つ。
だってやっていることが怪獣退治に、不当召喚拉致被害者の奪還・救出、ダンジョンの管理に、スタンピード対応等々。
どう考えても警察とか軍隊の仕事なんだけど、軍隊を出すほどの脅威とは国民に言い難く、さりとて警察が動くとどう考えてもオーバーワークで警官が軒並み過労死する。そういう仕事を地域密着でこなすのが、僕ら地域包括不可思議現象対策課だ。
地方公務員で課長、しかも三十代前半という若さでその地位っていうのは基本あり得ない。
でも地域包括不可思議現象対策課ではあり得るのだ。だって前任が殉職しちゃうこともあるし、軍隊より武功が立てやすいから。
それに四季島市は数年前凄いスタンピードがあって、国が軍隊を派遣するほどの酷い状況になったことがあった。
それでも一般市民から犠牲者を一人も出さず、地域包括不可思議現象対策課からも一人の殉職者も出さずに、軍隊の到着まで粘った当時の指揮官がまだ課長補佐の花珠課長だったのだ。
猶、そのときの本来指揮官とならねばいけなかった課長は敵前逃亡して、数日後に警察に逮捕されている。
それ以来必要があれば常に最前線に行くのが我らが花珠課長で、今も伝説を更新しているのだ。
そんな人だから、そりゃ相対すると緊張する。
それに、めっちゃ美形なんだよなぁ。
実家が四季島市でも有数の名家で、名前から解るだろうけどハーフ。背も高くて足が半端なく長いし、オーダーメイドの三つ揃いのスーツを着こなしておられる。雰囲気がノーブル過ぎて近寄り難い。
あまりに庶民な僕とかけ離れ過ぎていて、妬む気にもならないくらいだ。
その課長が、ふむと顎に手を当てた。
「萌木さんが嫌でなければ地域包括不可思議現象対策課にぜひおいでいただきたいものですが……」
「あー、でも、萌木さんは元の世界では格闘技的なものは何もしていなかったそうなので、どうでしょう?」
荒事とは無縁の生活を送ってきたと、本人から聞いている。
咄嗟に自分の状況が「異世界召喚」と受け入れられたのは、彼女の唯一の楽しみである図書館での読書で、そういう本を読んだことがあったからだとか。
その異世界召喚系の小説においては、召喚された主人公は皆、剣術や格闘技が出来るようになっているから、自分もと期待したことが少しあったらしい。
いや、彼女にはたしかにアンデッドへの高い攻撃適性が認められたし、彼女のいた世界にはない魔術の素養が確認されたのだから、それも間違ってはいない。
けれど魔術の素養とアンデッドへの高い攻撃適性に関しては、あちらに魔術の素養や攻撃適性技能を測る技術がないから解らなかっただけで、元々彼女に素養があった可能性が高いと思われる。
だけど肉体的な技能に関しては、こちらもあちらも自ら鍛えなければ身につかないものだ。
元いた世界では無縁の命のやり取りをしないといけない部署に、わざわざ社畜・搾取・毒親の三重苦から解放された人が就職を希望するだろうか?
僕は思ったままを課長に告げる。
すると課長も同じように思っていたようで、秀麗な眉が顰められた。
「私もそう思います。しかしきちんと学べば治癒術取扱者資格甲種を取得できそうな人材が入ってくれると、より現場の職員の安全が確保されます。喉から手が出そうなほど欲しい人材ではあるんですよね」
「それは、まあ……」
僕だって現場に配置されたら、いつ怪我するか解んないもんな。そりゃ治癒術取扱者資格甲種を持ってる同僚がいてくれたら心強い。
麻痺、毒、石化、魔封じだのありとあらゆる状態異常を回復し、かつ病気以外の原因で心臓が止まって五分以内なら百パーセントの可能性で後遺症なく、八分以内なら後遺症が残るだろうし成功確率は五十パーセントにおちるけど蘇生させてくれる魔術を使えるのが、治癒術取扱者資格甲種の条件だ。
治癒術取扱者資格甲種の資格者は、高給が約束されている軍隊か病院勤務が多い。ついで同じく好待遇の民間のダンジョン探索者協会の本部や各支部、警察と市の地域包括不可思議現象対策課は人気がない。
それになにより治癒術取扱者資格甲種の資格者は絶対数が少ないから、必ず取り合いになるのだ。
ウチの部署は実のところ課長が治癒術取扱者資格甲種の資格者で、課長補佐の長嶋さんが治癒術取扱者資格乙種の資格者。
因みに治癒術取扱者資格乙種はありとあらゆる状態異常回復ができ、かつ病気以外の原因で心臓が止まってから三分以内ならノーダメージで百パーセント蘇生でき、五分以内であれば五十パーセントの成功確率、その上で半端ないダメージが残るけれど蘇生可能な魔術を行使できるそうだ。
一地方の地域包括不可思議現象対策課としては破格の人材が揃っている。それでもなお、やっぱり治癒術取扱者資格甲種の資格者は喉から手が出るほどほしい。
「えぇっと、ダメ元で勧誘してみます」
「よろしくお願いします。期待してますよ、染谷君」
花珠課長の不敵な微笑みが、近くのデスクで仕事をしていた女子職員に着弾して倒れた。怖い。
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