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こちら、四季島市地域包括不可思議現象対策課です。  作者: やしろ


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普通が一番いい

 危ないか危なくないかでいえば、危険手当ついてるから危ない。


 警察とか消防署とか軍隊とかと同じカテゴリーだと思うよ。


 権限的には一部警察以上軍隊以下って感じ。


 そういうと、誉さんにジト目で見られる。


 分かってますよ、そういう意味じゃないってことぐらい。


 だけど実際、何でか目の敵にされることがしばしば。


 法律や法令なんてものは運用しているだけで、公務員が好きに策定出来る訳じゃない。


 だからそういうことを僕ら公務員にぶつけられても、それはそれで困る。


 とはいえ、そういう愚痴を誉さんに話しに来たわけじゃない。




「僕のことはいいんですって」


「いや、聞いてっけどさ」




 ことっとカウンターに座る僕の前に、小鉢がおかれる。


 本日のつきだしは秋刀魚のぬた。辛子酢味噌の酸味が、脂ののった秋刀魚によく合う。


 因みにお通しとつきだしの違いは、お通しが注文をしてから運ばれてくる物に対して、突き出しはお客が席に着いた時点で出される物だってこと。


 課長とご飯に行ったときに教えてくれた。なお先付はコースに含まれる一番最初の料理なんだってさ。


 そういうことを訊ねたときにさらっと教えてくれるあたりが、課長の課長たる所以だと思う。


 


「不審な視線はあれ以来感じてないけど、萌木さん言ってんだったらアタリかもな」


「誉さんもそう思います?」


「うん。まあ俺だけじゃなく、レオンもだろ?」




 皿を拭きながら水を向ける誉さんに、竜崎さんが手元から顔を上げて「ああ」と頷く。


 魔王を切り伏せた実績のある勇者サマのお言葉なんだから、やっぱり重みがある……ように感じる。


 課長が利用したのは彼らのこういう重みなんだろう。


 権威に頼るのは悪いことばかりじゃない。


 現代社会は魔術が使えようとも剣の腕が立とうとも、それだけでは対処しきれないものが沢山ある。その場にあった戦い方をすること。


 そしてそのための武器の選定を間違えてはいけない。権威・権力という物は、現代社会においても使い方と使いどころを間違えなければ随分と頼れるものなのだ。


 ……課長の受け売りだけど。


 そうじゃなくて。


 僕ら地域包括不可思議現象対策課が今のところ出来ることは少ない。


 警察をとりあえず信じつつ、異能の違法使用の探知くらいだ。


 それよりももっと現実的な話をしに来たんだと告げれば、誉さんがこきこきと首を左右に動かす。




「なによ? 袖の下とかみかじめ料とかは相談に乗らないぞ?」


「公務員法に抵触しますってば。そうじゃなく、萌木さんからダンジョンに行く時は一緒に連れて行ってほしいって申し出があるかもしれなくて、ですね」




 そこまで言うと、なんの話か分かったのだろう。竜崎さんが包丁をおいた。




「治癒術取扱資格取得の試験対策かい?」


「はい。最近の傾向としてはペーパーより実技に重きをおかれるんで」


「なるほど。別にそれは構わないよ。他の相談者さんの資格取得試験に協力したこともあるし」




 穏やかに頷いて誉さんいも「いいだろ?」と竜崎さんが顔を向ける。


 誉さんも「いいんじゃね?」と返してくれた。


 けどそのすぐ後、ハッとした顔で「あ」と呟く。


 気になるじゃないか……。


 そんな気持ちが顔に出てたらしく、誉さんが咳払いをする。




「おう、レオン。あの件だよ」


「……あ、あれか」




 二人が顔を見合わせて、僅かに声を落とす。


 けどちょっと漏れ聞こえてくるのが「女性がいたら」「じゃあ、オッケーの返事する?」って感じの話で。


 なんだろう? 女性がいたらって合コンかなんか?


 ドキドキしながら待っていると、誉さんがにやっと笑う。




「そんな心配しなくても、合コンとかそんなんじゃないって」


「え、や、その……」




 言い当てられてビクッと肩が跳ねる。


 僕の様子をおかしそうに眺めている誉さんに対して、竜崎さんがこっちも慌てたように手を振って否定した。




「いやいや、合コンなんかとんでもない。ちょっと別口の依頼で、ダンジョンの引率を頼まれたものだから」


「あっちが頼んで来たことなんだけどな。でももう一人女子がいないと……って注文付けられてさ。メンドクセェから謹んでお断りしようかと思ってたんだよ」


「誉、そう言わずに。注文を付けてるのは彼女じゃないし、立場ってものがあるんだから」




 なんか分からんけど、資格取得試験を受けるお嬢さんがいて、そのお嬢さんからダンジョン引率を頼まれたけど、男二人に女の子一人じゃまずいって親御さんから注文が入ったってとこか?


 込み入ったことを聞くのはどうかと思ったけど、つい「親御さんからです?」と尋ねてしまった。


 すると二人して首を横に振る。




「親御さんはどっちかいえばこっちを信用してくれてるから、どうぞどうぞって感じ。厄介なのは……親戚というか?」


「ちょっと古い家のお嬢さんなんだよ。それも名家だから」


「あー……なるほど」




 頷く。


 古い家ってのはちょっと事情があって、血統を維持しなくちゃいけないっていう家もある。


 例えば鬼の血を継ぐ退魔を生業とする家は、鬼の血があまりに薄くなると技を維持できない。なので定期的に鬼族から嫁取りなり婿取りをする。


 そういう家では子女に悪い虫が付くのを極端に嫌がって、親戚一同で監視してたり。


 ただそういう家は日本だけでなく世界中にあって、どこのお家も重要な国防の担い手でもあるわけだ。


 自由恋愛で、必要な血を一族に取り込むことを頑張ってる家もある。ただし極まれ。


 ちょっと聞いただけでも、結構厄介そうな事案にそっと目を逸らす。


 けど、誉さんはフンっと鼻を鳴らした上に、僕にも無関係な話じゃないと言う。




「どういうことですか?」


「いや、この案件持ってきたのオタクの課長さんだから」


「えー……マジですか」




 唖然としつつ、でも「なるほどなぁ」と思う。


 課長の実家も名家だ。


 課長は実家と折り合いがめっちゃ悪くて、あまり実家に顔を出したりしてないみたいだけど、噂程度には色々聞く。


 曰く、結婚してるにも関わらず、課長に釣書を送ってくるとか。その気になった見合い相手のお嬢さんが、課長を尾行して捕まったとかなんとか。


 極めつけは自分達が反対してたにも拘らず課長が結婚しちゃったから、離婚させようとして戸籍課で文書偽造やらかそうとしたってのもあったか。


 離婚不受理届の手続きをしてあったことを知らなかったご親戚がやらかしたと聞く。


 極めて事実に近い噂話に身震いしていると、竜崎さんも誉さんも凄く微妙な表情だ。




「あの課長さんちも古い上に、複雑なご家系らしいからな」


「勇者っていってもこっちでは一般市民だからね。良かったと言うべきかな。言っちゃ駄目な気もしないではないけど」


「ですね……」




 本当に。


 頷く二人に僕も同意。一般市民で良かった。


 とりあえず、二人としてはダンジョンの引率を願ってきたお嬢さんのことはなんとかしてやりたいと思ってたそうだ。


 だけど条件に合わないって断ろうかと考えていたらしい。


 そこに僕が萌木さんの件を持ってきたのは渡りに船だったそうだ。


 この件は萌木さんが良かったら、話を持ってきた先方に課長を通じてオッケーの返事を出すことに。


 とはいえ、その萌木さんとどうやってコンタクトを取るかなんだけど。


 僕が竜崎さん達に根回しに来たのは、僕の勝手な訳だし。


 竜崎さんや誉さんから先回りしたようにダンジョンへのお誘いがあるのも、ちょっと怪しくなってしまう。


 考えていると、ジリジリと古めかしい電話の音が。


 竜胆の電話はなんと昔ながらの黒電話ってやつで、僕も実物はこの竜胆で初めて見たくらい珍しい。


 席を外して竜崎さんが電話を取った。




「え? あ、萌木さん?」




 どうやら電話の向こうにいるのは、今どうやってコンタクトを取ろうと悩んでいた人のようだ。ナイスタイミング。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

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