敵はモンスターだけでなく
情報は速やかに伝達すべし。
萌木さんが暮す地域の不審な視線情報は、時をおかず警察に共有されて、その辺りの見回りが強化されることに。
翌日には外回りの猪田さんが探索をかけてくれたんだけど、魔術的な痕跡は見当たらなかったそうだ。
ただ、ちょっとした違和感があったらしい。
「違和感……ですか?」
「はい。なんだろう? なんて言えばいいのかも迷うんですけど、邪視や魔眼の類でもなく、かといってサイキックとかじゃないんです。残留思念には悪意はなく、どちらかといえば好奇心……。まるで動物のを見るときのような」
「ともかく何かを『観察』するような思念を感じた、ということですか?」
「観察……。ああ、観察が一番近いです」
猪田さんの課長への報告が聞こえる。
何とはなしに気になって課長と猪田さんを見ていると、少し考えるような仕草をした課長が電話をかけ始めた。
猪田さんが課長の席から戻ってくる。
僕の隣が猪田さんの席なので、僕が見ていることに気が付いた猪田さんがこくりと頷いた。
「萌木さん、ビンゴだったかもよ?」
「マジっすか」
「うん。見張られてる感じはしなかったけど、違和感の元みたいな残留思念はあったから」
猪田さんの眉が顰められる。
警察でも探知しきれないような残留思念を拾ってくる辺り、流石猪田さん。警察から年に一回引き抜きが来るってのはやっぱりただ者じゃない。
もっとも猪田さんは「警察って四季島市の地域包括不可思議現象対策課より、ブリリアントピュアホワイト職場なんですか?」ってかわしているそうだ。
まあ、僕も色々声かけられるけど「今務めてる職場よりブリリアントピュアホワイトかつ給料が高かったら考えます」って返してる。
でもこの返答であっちが「このお話はなかったことに」っていうんだから、お察しだよな……。
それはそれとして。
そんな非常に頼れる猪田さんも残留思念しか掴めなかった相手の視線に気が付くって、もしや萌木さんは相当な能力者なんでは?
僕の独り言が聞こえたのか、猪田さんが「だろうね」と返事をくれた。
「だって救世の聖女として召喚拉致されたんでしょう? 日本には結構いるからそんなもんかって思うけど、救世って大したことだよ」
「あー……」
「そりゃ身近に異世界の邪神の額に穴開けて、お帰り願う課長がいるから麻痺しちゃうけど」
「半年に二回くらい見たら麻痺しますよねー」
そうだ。
僕は何度か課長が弓で邪神にお帰り願うのを見てる。異世界を救うところだって。
「さぁて、今回もまた世界救っちゃいますかね?」を実際にやってる人を見ていると感覚が狂う。
うんうん頷いていると、いかにもドン引きって顔の猪田さんがいた。
「他人事みたいに言うけど、染谷君だって大概だよ」
「僕、ですか? 僕、課長みたいに派手な活躍してませんよ?」
え? あの人間かどうか怪しい課長と同じ働きなんか出来てませんが?
そういう意味を込めて猪田さんを見れば、ドン引きした表情を変えないまま猪田さんが首を横に振る。
「今まで異世界に強襲かけるときは箕輪さんだけ連れて行ったのに、最近は染谷君もレギュラー入りしてるじゃない。強襲するときは、異世界に連れてっても絶対死にそうもない人だけ選んでるんだよ?」
「いや、それは……マーテル姐さんがいるからでは?」
「異世界でこっちの召喚魔術使えない例なんか何ぼでもあるのに?」
そういわれると、研修してるときは箕輪先輩他数名が一緒に異世界に飛んでた気がする。でもここ最近は僕と箕輪先輩だけをお供にしてるような。
「え? 僕、めっちゃ図太く生き抜けるって思われてます……?」
「図太いかどうかはともかく、最後までジタバタして何とか生きて帰ろうとするんじゃないかとは思う」
「それは……褒めてます?」
「え? 貶してるように聞こえる?」
「正直、ビミョーです」
「心外だなぁ」
ぷうっと猪田さんが膨れっ面を作る。
でも表情はドン引きから揶揄ってる感じに変わったので、褒めてはくれてるんだろうな。微粒子レベルで貶してる可能性も存在するけど。
けど、そうか。
救世の聖女の萌木さんも相当な力の主だから、気づけたのか。
いやでも、と考える。
それ以前にあそこの地区には、猪田さんに相談を持ち込んだ人がいるはずで。
それを尋ねると、猪田さんが「ああ」と呟く。
「あれって竜崎さんと誉さんだから」
「え!?」
「偶然あの地区に用事があったらしくて、三日ほど通ってたらしいんだけど、視線が纏わりついて来るみたいな感じがあったんだって。誉さんが探知の魔術使ったことに気が付いて、あの二人への付き纏いは消えたみたい」
「あの二人も勇者と大魔導師でしたね……」
「うん。だからあの二人が言うなら、これは異能持ちの過敏反応じゃないなって警察が判断してくれないかなぁと期待はしてた」
「そこに救世の聖女の訴えがあったわけですか……」
「そういうこと。課長がそう言ってた。『救世レベルの異能保持者の言葉を無視するのは悪手ですよ』って、それなりの階級の人に伝えたんだって」
「おぉう」
肩をすくめると、猪田さんもちょっと呆れたような顔を見せる。
異能保持者の中にだってランク付けというか、格上格下の概念がないわけじゃない。
救世レベルってのは文字通り、何処かの世界を救えるほどの大きな力ってこと。勿論こんな物差しは使ってはいけない。でも半世紀前は当然のようにお役所でも使われてた。
それも差別の一種だって、格付けが廃止されたのが四半世紀前。だけど旧い人達は、未だにその物差しで僕ら異能保持者を計ろうとする。
そういう人間にとっては「救世レベルの異能」っていうのは、武器として使えるわけだ。
毒を以て毒を制す。人間は綺麗ごとだけでは行動できない。
ほんの少し空気が重くなった。
僕と猪田さんはお互いに顔を見合わせため息を吐く。それからほんの少し苦みを堪えて笑うと、今日のお仕事に戻る。
仕上げないといけない書類があるんだけど、その前に課長から「染谷君」と呼ばれた。
なんだろうと思うと、課長に手招きされる。あと箕輪先輩も呼ばれた。
「二人が保護に尽力した宇宙エリマキトカゲが、保護区に帰ったと連絡がありました」
「あ、そうなんですね」
「それはよかった」
まあでも、僕は個体Aの一回目の捕縛にしか関わってないけど。
二回も関わった箕輪先輩は感慨深いのか、「良かった」と何度も繰り返す。
ただ良くないこともあるそうで、密猟者のボスを取り逃がしたらしい。
「君達二人と長嶋課長補佐、キビツヒコを逆恨みして何か仕掛けてくる可能性もあるらしいです。長嶋課長補佐にも吉備津彦さんにも連絡は入れました。君達も気を付けるように」
難しい顔の課長の言葉に、箕輪先輩と二人釈然としないけど頷く。
「はぁ」
「分かりました」
なんで地球なんて銀河の外れの、更に日本なんて狭い島国の、一地方のお役人なんか怨むんだよ。もっと大きな組織を怨めよ。
僕達二人の顔にはそう書いてあったし、課長も珍しくそういう雰囲気を醸し出している。
「なんでと思わないでもないですけど、大きな組織だと勝てないから田舎の小さな市の公務員を狙うと言うこともありますからね。物理的な物もそうですけど、社会的に狙われることも考えて行動してください」
年から年中、物理だけじゃなく社会的ダメージを負わせようとする人間と戦ってる課長のお言葉は結構重く響く。
箕輪先輩もそのようで、ブンブンと大きく首を縦に振った。勿論僕も。
……というような話を、終業後、小料理屋竜胆ですれば。
「アンタら公務員ってそんな危ない職業だっけ?」
かつて何処かの世界を救った大魔導師様にドン引きされた。
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