物騒と平和の狭間
「その地区だったら他の移住者さんからも似たような話が出てるから、すぐ動くと思うけど……」
萌木さんとの面談が終わった後、声をかけた猪田さんはこてんと首を傾げた。
面談のときに萌木さんの感じた不審な視線に対する報告を出すと、課長から異能の探知に長けた能力を持つ職員さんへの声掛けを指示されたので。
猪田さんはテレパスだしサイコメトラーだから、わりにそういう不審者を探す場面に駆り出される。今回ももしかしてと思ったから声をかけたんだけど、返ってきたのはそんな言葉だった。
「え? もう誰かが警察に情報提供したんですか?」
「うん。まあ、すぐ動くだろうなってのはそれだけが理由じゃないんだけど」
言葉を切った猪田さんの顔が曇る。
不愉快。
それを顔に出したらこうなるっていう見本みたいに、眉毛が思い切り寄ってるし口もへの字。
猪田さんってクレーマーに遭遇しても、笑顔があまり崩れない訓練された社会人だ。この表情は同僚としても珍しいし、一個人としても珍しい。
そんな猪田さんに、こっちが首を傾げる。
すると、猪田さんがちょいちょいと僕に傍へ寄るようにと仕草で示して声を潜めた。
「染谷君がお昼に出たすぐ後、刑事さんが来て」
「ああ、玄関ですれ違いましたけど?」
「うん。それで課長に注意喚起というか情報共有というかでさ」
以前、四季島市で被害者が出た猟奇殺人—―被害者そっくりな樹脂で出来た人形に、本人の内臓が移植されて遺棄されるという非常にグロい—―事件の続報があったそうで。
被害者の女性は、地域の警察署につき纏いの相談をしていたのが解ったのだ。けれど問題はここからで、相談を受けた警察署では彼女の訴えをまともに取り合わなかったというのも出てきたという。
相談を受けた警察署職員の談では、彼女は証拠になるようなものは持参していなかったそうだ。そしてもっと不味いのは、彼女が被害者として発見された段階で、彼女が警察に相談に来ていたことを隠蔽しようとした様子があったらしい。
彼女の携帯に相談に行ったときの音声も残されていた。それも破壊しようとしたことを、警察に協力しているサイコメトラーが読み取ったという。
「最っ低じゃないですか……!」
「本当にね。あとね、異能者だからってのもあったみたい」
「は? ヘイトクライム捜査してる癖に、差別主義者だったんですか?」
「その職員は差別とか思ってなかったみたいよ? なんか異能者って非異能者よりも感覚過敏なところがあって、実際つき纏いでも何でもなく同じ方向になっただけでもつき纏われてる気になるときあるじゃない? それだって決めつけてたみたい。他にも仕事があるし証拠もないのにってさ」
「うわぁ……無能な働き者……」
「染谷君、それ以上はお口チャック」
「あ、了解です」
つまり決めつけて捜査しなかったせいで、被害者を出したかも知れないわけだ。
そりゃ警察の失態どころの騒ぎじゃない。
だってヘイトクライムを取り締まる側に、バリバリの偏見や差別があって、しかもそれに気が付かず結果被害者を出したってことだ。
二昔前なら機動隊が出てもおかしくないデモやらなんやらになるし、今でも日本じゃなかったら確実に暴動が起きてる。
そして更にまずいことには、相談を受けた警察職員が「地域包括不可思議現象対策課の持ち込み案件でもなかったから」と口走ったことだ。
つまりうちの持ち込み案件を無視すると煩いからそれはしないけど、一市民の言うことは無視すると言ってしまったのだ。
「課長が『地域の異能者の皆さんには、警察に行く前に地域包括不可思議現象対策課にご一報くださいとでもアナウンスすればいいですか?』って、凄く怖い笑顔で言ってて。刑事さんが泣いちゃうかと思った」
「泣いたくらいで許す課長じゃないでしょ」
「でも管轄違うからね」
まあ、そうか。
だけど課長のネームバリューなら、その警察署の署長の首くらい挿げ替えられる発言力はあると思うな。
とはいえ、その状況が今不安を抱える異能者を守ろうとしてるのは事実だ。
取り返しのつかない過ちを犯してようやく他の人が守られるってのは世の常といえばそうだけど、やるせない。
刑事さんはその警察の失態を素直に開示して、課長にはどんな些細なことでもいいから情報を提供してくれと頭を下げたそうだ。
本庁から来たそうなので、結構なお偉いさんかもしれない。
だってうちの課長、日本のプリンセスに覚えめでたいしな。
実はあのキビツンのあとで、課長を通して僕にお礼状が来たんだ。中の人などいないことにはなってるけど、そこはそれ。
課長は毎年お礼状をもらってるそうだし、去年市民祭りでキビツンをやった箕輪先輩も貰ったことがあるって言ってた。
今年はちょっと特別で、今上ご夫妻からもお礼状を賜ったんだよ。
「娘のとてもいい笑顔の写真をありがとうございます」ってさ。ビビる。失神するかと思った。しなかったけど。
思わず遠い目になった僕に、猪田さんの「どうした?」っていう視線が刺さる。
それに苦笑いを浮かべると、猪田さんは何かを勝手に解釈したようで「同じ公務員だけど、仕事しろって思うよね」なんて。
本当だよ。
僕達地域包括不可思議現象対策課や警察、消防署に軍隊。そういうところが暇なのは平和な証だけど、起こっていることに無視とだんまりを決め込んで作った暇は平和とは程遠い。
頷くと、僕が作った萌木さんからの聞き取り報告書を猪田さんへ手渡す。
「じゃあ、この付近に行ったときは探知を心がけますね」
「はい、よろしくお願いします」
そんなわけで、他の職員さんにも申し送り。
それであっちこっちデスクをうろついていると、丁度面談室から顔を出した箕輪先輩と目が合った。
軽く手を上げると、不審な視線の話をしておく。
「ああ、それか。警察にいうなら今のうちだぞ」
「あー……例の事件の被害者さんを無視したって話があるからです?」
「おお。お前も聞いたのか?」
「はい」
箕輪先輩が大きくため息を吐く。言葉にしなくても雰囲気がやるせなさを物語っていた。
「死なずに済んだかもしれないってのは重いよな」
「ですね。知らない人だけど、なんか胃が重たいっていうか」
単なる他人事では済まされないものがある。
異能に対する悪感情とかは、決して他人事じゃない。僕には襲われても何とかするだけの力があるから平静でいられるけど、そういう系統の異能じゃない人はさぞ怖いだろう。
空気が重くなる。
暗く淀むような雰囲気を払うためかためか、箕輪先輩が「そういえば」と口を開いた。
「不審な視線はその地区からだけじゃなくて、他の地区からも出てるみたいだし、もしかしたら異星人の集団移民先の選定かもな?」
「それはそれでまずいじゃないですか」
「まぁな。でもそう言うことだって考えられない訳じゃないだろう? 前の星間戦争終わって今年で七十七年だ。ああいうのは忘れたころに起こるから」
「縁起でもないこと言わないで下さいよ……!」
冗談じゃない。
ひらひらと手のひらを動かすと、二人揃って苦笑いする。
そういえば萌木さんのいた日本も七十七年前、戦争をしていたらしい。そこはこちらと同じなんだけど、相手が全然違っていた。
萌木さんの日本は地球にある国同士で、こちらは他惑星の宇宙人対地球人という構図。
此方は辛くも勝利したわけだけど、まあ、色々あった。
その大規模な星間戦争の先ぶれが、異星人による集団偵察だったわけだよ。なので大規模で起こる不審な視線には、僕ら結構過敏なんだよね。
「あの星間戦争で地球人は怒らせるなってのが銀河の常識になった筈なんだけどな」
中でも特に日本人はヤバい。
その常識の末尾にそんな言葉が付いてるのも、今や宇宙の常識なわけだよ。
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