それは仕事か、それとも
モヤッとしてても仕事はあるし、日々は進む。
というかモヤモヤがあっても、ずっともモヤモヤしている訳でないし。
市民祭りという限定業務が終わって、通常業務に戻るだけなんだけど、ところがどっこい。イベントってのは季節ごとにあるもの。
秋の終わりくらいには四季島市内の中学生を対象とした一週間ほどの職場体験がある。
だからって一週間全部地域包括不可思議現象対策課にいるんじゃない。
そのうちに一日だけ地域包括不可思議現象対策課に来て、残りの日数は総務だったり地域振興課だったり広報だったりと、市役所に存在する様々な部署を体験する。
ただ異能持ちの子達には地域包括不可思議現象対策課は人気なんだよね。
ニュースやドラマとかで派手な面が強調されてるから、花形みたいに感じるそうだ。だけど他市は知らないけど四季島市においては裏方業務を中心に見学してもらう。
地域包括不可思議現象対策課に勤めるにあたって、必要なのは職業意識であって英雄願望じゃないからな。
不法召喚や召喚拉致の加害者と戦ったり、宇宙怪獣を捕獲したり、不法滞在異星人を追いかけ回すみたいなのは殆どない。
普段は探索者協会の監査やダンジョンの保全・保安管理業務や、異星や異世界からの移住者からの相談支援業務みたいな地味なことばかりだ。
むしろそっちの方がメインだってことを、英雄とか何とかに憧れる時期に正しく周知・把握してもらわないと。
という訳で、それ用の書類作成とかが現在の僕のメイン業務。
後は午後から相談業務。
市民祭りから一週間、萌木さんと会う。
カタカタとキーボードを叩きつつ、首を左右に捻ると筋が伸びるのが気持ちいい。
箕輪先輩に「自分で見つけろ」と言われた答えはまだ見つからない。
萌木さんは再来週から職業訓練の一つ、治癒術取扱資格取得専門講座に通うことになった。
この講座は本来高等学校卒業者でなければ受けられないんだけど、異世界・異星からの移住者に限っては、お住まいの地域包括不可思議現象対策課課長の推薦状があれば訓練が受けられる規則になっている。
勿論、治癒術取扱資格取得に関わる能力があることが前提。その能力が高いほど、推薦状は出やすくなる。更にお住まいの地域包括不可思議現象対策課に就職希望を出していると、更に推薦してもらいやすくなるんだ。
萌木さんは能力はトップクラスだし、何より本人に地域包括不可思議現象対策課への強い就職希望がある。
ワンデイとはいえ地域包括不可思議現象対策課の職場体験も終わってるし、課長との面談も既に終わってるんだから、推薦状を出さない理由がない。
僕としては複雑だけど、萌木さんの邪魔はしないで心配だけしてることを決めたんだ。嫌がる理由もない。
ポンッとエンターキーを押す。
晩秋、職業体験の子達には過去四季島市で起こった事件の総括資料作りを見てもらおう。
だいたい五十年くらい前の部外秘が解かれたファイルを元に、中学生向けの注意喚起と郷土史に興味を抱いてもらえるような物を作ってもらえばいいか。
そういう考えで企画書類を作ったんだけど、課長に見てもらわないといけない。
市民祭りで課長には萌木さんの珍しい能力について伝えたけど、現状はとりあえず迂闊に人に話さないほうがいいですよ~くらいで。
何処からヘイトが向いて来るか解らないもんね。
書類を課長に提出して、丁度昼休憩へ。
午後一で萌木さんとの面談がある僕は、課長のお言葉でお昼へ。
庁舎から出る僕と反対に、いつぞやヘイトクライムで地域包括不可思議現象対策課に注意喚起と協力要請にいらした刑事さんが庁舎へと入って行った。
最近はニュースで彼の猟奇ヘイト殺人事件が大きく取り上げられることは少ない。
他に何とかいうコメディアンが不倫したとか、俳優が失言したとか、些末で大抵の人間にはどうでもいいことが大きく取り沙汰されている。
かくいう僕だって、殺人事件よりは今日の昼食に何を食べるかが大問題だ。
油淋鶏か竜田揚げか、それともチキン南蛮か……大穴でフライドチキンっていうのもありか。
意識低い系公務員の僕としては、四季島市が平和だったらそれでいいんだから。
あの刑事さんが来たってことは、犯人が捕まったか、その目星がついたか、もしくはまた四季島市で被害者が出たか……。
三番目以外なら歓迎だ。
「……で、結局何を食べたんです?」
「それが……生姜焼きになりました」
「えー? なんでですか?」
萌木さんが笑っている。
午後一の面談、雑談から入るのもリラックス効果があるからと、何故か昼食の話になって。
定食屋に入ったはいいんだけど、偶々生姜焼きを食べてた人の顔が幸せそうだったからついつられて生姜焼きにしたって話すとこう。
いい具合に緊張がほぐれたのか「そういうこともありますよね」なんていいつつ、最近あったことなんかを萌木さんも話してくれた。
やっぱり治癒術取扱資格を取って、地域包括不可思議現象対策課で働く希望にブレはないらしい。
ポチポチと彼女の希望やスケジュールを聞き取りしながら、面談結果の書類を作っていく。
萌木さんが再来週から治癒術取扱資格取得用講座に通うとして、順調に資格取得が出来たと考えると、就職は来年の春から夏にかけて。
異世界・異星移民特例が適用されるだろうから、公務員採用試験はパスで入庁ってことになる。
ただこの合間に移住に際しての座学や講習があるだろうから、結構忙しい。
パソコンの画面にスケジュールを示すと、やや萌木さんの顔が引き攣った。
「結構ツメツメですね……」
「順調に行けば……ということですし、治癒術取扱資格取得に関しては国家試験もあるので」
「合否次第で入庁が遅くなるってことですよね」
「そうですね。資格取得に万全を期すために半年から一年の余裕を持っても……とは思いますけど」
これは本音。
こっち生まれの人間でも試験は難しいから、それ位のスパンを見る人は多い。
だけどこれは萌木さんが首を横に振った。
「早く自立したいんです。それには経済力の確保が先決なので」
真面目な顔の萌木さんに、僕も同じくらい真剣に頷く。
この人は今、自分の居場所を自分で作ろうとしているんだ。
心の中にもたげる「もっと甘えたらいいのに」って言葉を押さえつけると、「分かりました」と口にする。
「でしたら、そうだな。竜崎さんに相談なさっては?」
「え?」
「理由は僕からは言えませんけど、治癒術取扱資格の試験対策をしたいって頼めば協力してくれますよ。多分」
にこっと笑えば、萌木さんが首をこてんと傾げる。
僕からは言えないけど、あの二人は時々ダンジョンに潜ってる。
ダンジョン内では資格がなくても、資格保持者が必ずいて、その資格保持者の監督の下であれば、資格を保持していない人間でも治癒術を行使して構わないっていう法律があるんだ。
ダンジョンでの大非常事態を想定して設けられている法律なんだけど、治癒術取扱資格取得の実技練習として使っている探索者は多い。っていうか、協会がその方法を勧めている。
公務員としてはその法令の趣旨と違う使い方を奨励する訳に行かないけど、竜崎さん達ならその辺を上手く汲み取ってくれるはずだ。
今晩でも店に顔を出して根回しはしておこうか。
そんなことを考えていると、ぺこっと萌木さんが頭を下げる。
「色々考えていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、移住される方のフォローは地域包括不可思議現象対策課の業務の一つなので」
手をひらひらさせると、萌木さんが笑って、それから少し表情を曇らせる。
「あの……その言葉に甘えて、もう一つ相談に乗ってもらっていいですか?」
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