祭りと男心の不可思議
結局自分が何を口走ったか理解できないまま、萌木さんと昼休みの終わりを理由に別れて。
僕は相変わらずキビツンの中の人業務を遂行している。
萌木さんの異能に関してはまだ報告出来てない。っていうか、課長が内親王殿下の護衛中で連絡出来ないんだよ。
チャンスは課長が内親王殿下とキビツンに会いに来たときなわけだ。
午後からは市民のど自慢大会がある。そうすると、ちょっとだけ子ども達が周りから少なくなるタイミングがあるんだ。
国営放送の子ども向け番組のキャラクターが来てくれてるからね。
だいたい毎年その隙を狙って内親王殿下がいらっしゃるんだ。
それでも周囲から子どもがいなくなることはないので、熱中症予防のミストを噴射しつつキビツンとして振舞う。
そっと課長に近付いて伝達魔術で萌木さんの話を飛ばすと、受け取った課長が僅かに眉を顰めた。
でも一瞬だけで、見学に来たお嬢さんへ朗らかに業務を説明しているだけに見えるから流石というか。
そういえばと窺い見た内親王殿下の顔は、ややぼやけて見える。
僕はわりと魔術に関しては結構な使い手なんだけど、課長の認識阻害は破れないんだよな。それは課長が僕よりずっと格上ってことなんだけど、納得しかない。
「キビツンさん、今日は皆さんにミストを使ってさしあげているのね? とても涼しいです。ありがとう」
穏やかで静かな声にキビツンの中の人な僕は慌てる。内親王殿下に声をかけられるとか思ってもなかったから。
キビツンは話すようなキャラじゃないから、身振り手振りで「とんでもないです」と示す。
口元は上品な弧を描いているのだけは見えるし、課長も穏やかに頷いている。褒められたんだろうけど、横から広報課の広報課の課長が揉み手で「今年は魔術の使用許可を出したので~」とか説明してるのが見えて、ちょっとムッとなった。
魔術の使用を最後まで渋ってあれこれ言ってたって、公報にいる同期に聞いている。なんでも自分が若い頃に着ぐるみやったときはそんなもの使わせてもらえなかったとか、今どきの若いものは根性がないとか。
それに対して「内親王殿下に中の職員が熱中症で倒れるシーンをお目せしたいと?」って、うちの課長のカウンターが入ったらしい。
自分が若い頃にした苦労を下に押し付けたくないタイプと、自分がした苦労を通らないと若いものも育たないっていうタイプがいる。
公報の課長は後者のタイプだそうだ。いずれパワハラとかで訴えられないといいけどね。
そんな僕の内心は、キビツンのガワのお蔭でどこにも漏れずに済んでいる。まあ、課長は何となく解っているかもしれないけど、そう言うことを口に出す人じゃないし。
そよそよと周囲に涼しい風を送りつつ、まばらにいる子ども達にお手振り。
きゃあきゃあと喜ぶ子ども達に紛れて、内親王殿下がサコッシュからご自身のスマホを取り出してキビツンの写真を撮る。
子どもがキビツンとツーショット写真を撮っているのを見て、内親王殿下が唇に手を当て課長にに何やら呟いた。
すると課長が僕を手招く。
そして内親王殿下から受け取ったスマホを僕に渡して。
「自撮りできます?」
なんて聞いて来るから、キビツンの首を上下させた。
課長、何でもできる人なんだけど写真撮るのは下手なんだよな。
なので畏れ多いけど、内親王殿下に向かってキビツンの腕を拡げる。すると二方向から声が上がった。
一つは内親王殿下で「まあ! よろしいの!?」と嬉しそうに、もう一つは付いてるSP連中と広報課の課長で「無礼者」だそうな。
だけど推し活に来られたんだろう? チェキじゃないけど、写真の一枚くらい撮らせてあげればいいじゃないか。
ざわっとしたけど、周りの子ども達が騒ぐ大人に迷惑そうな顔をする。それにちょっと広報課の課長が怯んだうちに、さっさと内親王殿下とくっ付いて自撮り。
パシャっと機械音がして、画面を見れば内親王殿下の顔はよく解らないけど、キビツンと並んで嬉しそうに上がった口角は何となく解った。
礼儀正しくお礼をなさる内親王殿下に、僕もお辞儀。いや、キビツンが。
スマホをきちんと返すと、他の子ども達とも同じように自撮りする。皆公平、内親王殿下だけを特別扱いはしない。公務員としてはそれが妥当だろう。
後で広報課の課長には何か言われるかもしれないけど、僕の直属の上司の言うことでもなきゃ、直属の上司を飛び越えて言って来るなんて正規の手段じゃないから気にしない。
僕がこういう図太い人間だから、課長は内親王殿下と写真を撮らせたんだろう。殿下が喜んでるんだから良いじゃないか。
そうこうしてるうちに子ども達がまた集まってきた。
どうやら特設ステージの国営放送の子供番組キャラクターの出番が終わったみたい。
課長と内親王殿下とお供ご一行様は、その様子に静かに移動。キビツヒコの本体の吉備津彦さんがいる庁舎の方へといくようだ。
とりあえず、本日の僕的メインイベントは終了。
なんかどっと疲れたけど、それは内親王殿下がいらっしゃるっていうより、暑さにやられたって感じ。だって内親王殿下ご自身はとても礼儀正しいお嬢さんでしかなかったし。
どちらかというと取り巻きの視線が煩わしかった。
そんなに警備的にキビツンが気になるなら、お前らがキビツンに入れよ。
喉からそんな苦情が出そうになるけど、ぶつけ先はない。何より彼らも仕事なんだから、警戒するのも当たり前と言えばそう。不愉快ではあったけどね。それも多分暑さのせいだ。
市民祭りは夜の二十二時まで。
盆踊りも兼ねているから遅くまでやるんだけど、キビツンは十七時で終了だ。
夜更けてキビツンを脱いだ僕は、日勤の僕と交代で遅番で出勤する前の箕輪先輩にビールを奢ってもらえた。勿論僕の就業後に、だけど。
それで内親王殿下とツーショット写真を撮ったことを話せば、先輩が苦笑いした。
「あの姫殿下、去年は飛びついて来たんだけどな?」
「え? そうなんです?」
「おう。好きすぎてキビツンに飛びついたんだけどよ、お付きが俺に文句言ってきて大変だった」
「へぇ。じゃあ今年は僕が上から怒られるんですかね?」
「課長がやってやれって言ったんだろ? 課長からは何も言われんだろ。課長は上からなんか言われっかもだけど」
「ああ……」
頷く。
推し活に来たのに監視されるわ、写真は撮れないわ、触れないわ。
あまりに不自由過ぎて、あのくらいの年頃のときの僕だったら泣きわめいてそうだ。だけどそうじゃないあたり、内親王殿下はご自身の立場ってのをよく理解しておられるんだろう。だからこその課長の計らいなんだろうな。
赤や青の提灯が夜の生温かい風に揺れる。
肉体労働後のビールは最高だけど、またキビツンをやりたいかって言われると絶対嫌だ。
嫌だけど、内親王殿下が楽しそうだったから今日はいいや。
盆踊りに向くか解らないけど、一昔前のポップスが会場に響く。民謡だってあるし、大分昔の歌謡曲も流れ始めた。
櫓の周りを人々が囲んで踊る。
この光景も萌木さんのいた日本とそう変わらないそうだ。
彼女はこの盆踊りの光景にいるんだろうか? 少しは彼女の心を癒しているだろうか?
そんな話を箕輪先輩にすると、きょとんとした顔を見せられる。
え? 何? こっちも怪訝そうな表情になった。
「お前、それは……」
「え? なんです?」
何か言いたそうな顔をするわりに、箕輪先輩は首を振って「お前が気付かないといけないことだから」って教えてくれない。
僕は一体何に気が付いてないんだろう?
喉を通るビールは爽快なのに、心はモヤモヤを抱えた。
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