鳴く蝉よりも、泣かない貴方が
そして週末。
全然待ってない、なんなら来なくてもいい市民祭りの当日がやってきた。
朝から気温は三十度越え。昼からは三十五度越えの猛暑日になる予定だ。
死んだ魚の目をしつつ、キビツヒコの着ぐるみ・キビツンを着た僕は、あっという間に子ども達に囲まれた。市民祭り開催宣言直後にも関わらず、だ。
子ども達は皆キビツンが大好き。だってつい最近も町を守るために出撃して、あっという間に宇宙エリマキトカゲを捕獲した。子ども達はその雄姿をテレビで見たわけだよ。
なので前のイベントのときも子ども達が押し寄せて大変だったけど、今回はそれ以上に揉みくちゃだ。
四季島市や周辺の都市に限っては、ネズミーや森のデカい妖精と並んでキビツンは人気があるんだよ。必然、中の僕の目が死ぬ。
暑い。うえにお子様達の体温で周辺温度がグッと上がる。
でもこういう場合、お役所に勤める役人には言い訳が立つ。
子どもってただでさえ大人より地面に近いから、感じる温度も大人より数度高いんだ。なのでこの子達を熱中症から守るために。
そういう名目で僕というかキビツンの周りに氷結魔術になる寸前の冷気をミスト状にして噴射。
子ども達はきゃあきゃあと歓声をあげながら、益々キビツンの周りに集まる。僕も結構涼しい。
これも事前に課長が魔術緒使用許可を取っておいてくれたからだよ、本当に助かる。
市民祭りは市庁舎とその横にある広い日民広場という名前の公園が会場になっていた。
市庁舎では市の取り組みや、役所の仕事の広報 市の歴史や市に在住の芸術家のアート作品を展示している。
一方市民広場のほうは、出店やバザー、市民のど自慢大会や大道芸、市の出身音楽家の演奏などの催しがあった。
キビツンはだいたい市民広場の方にいる。
だって子ども達の好きなタコ焼きやタコせん、綿菓子、フランクフルト、ヨーヨー釣りやら射的やらの出店があるから。
マスコットとして子ども達と触れ合いつつ、市民広場側の警護を担当している。
昼前は物凄く子ども達に取り囲まれたけど、お昼ご飯の時間あたりになると一旦周りから人が少なくなって。
子ども達が昼食を食べにお家に帰ったか、親御さん達とご飯を食べに行ったか。
その間に僕も昼食。
昼食を食べている間はキビツンを脱いでいてもいいので、出店で昼食を調達していると「あ」と女性の声。
振り向くと萌木さんがフランクフルトを持って立っていた。
「ああ、萌木さん。こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」
お互いこんなとこで会うとは思ってなかったんだよね。
萌木さんとは相変わらず一か月に一回ほど、面談が行われている。担当は一応僕だけど、僕が出動でいないときは猪田さんが担当してくれてる。
職場体験の後も面談があったんだけど、そのときは僕は緊急の案件で不在にしていて猪田さんが変わってくれた。
その猪田さんから聞いた話だと、やっぱり地域包括不可思議現象対策課への就職を真面目に考えているらしい。
課的には喜ばしいんだけど、僕はやっぱり何も危ないとこに来なくても……って。
いや、余計なお世話なんだ。萌木さんの人生だし、萌木さんがやりたいって思ってることを邪魔しちゃ駄目だ。
それは僕の心の中の問題として。
「市民祭り、楽しんでいただけてます?」
「はい。キビツンですっけ? キビツヒコさんの着ぐるみ、可愛かったです」
木陰のベンチに座ると、そこはかとなく周辺の空気を魔術で冷やす。
これも萌木さんという市民を守るためだから、能力の乱用にはならない……だろう。
ニコニコとフランクフルトを食べていた萌木さんが、はっとしたようにけれど目を輝かせる。
「これ、さっき子ども達にもしてあげてましたよね?」
「え?」
「キビツンの中で。お役人さんって大変ですよね、こういう市民サービスもお仕事なんだから」
驚く。
僕がキビツンに入ってることは部外秘だ。というか着ぐるみのお約束で、中の人などいないんだよ。だから地域包括不可思議現象対策課では守秘義務に当たることだし、勿論僕だって誰にも言ってない。それをどうして?
不自然にならないように尋ねてみると、萌木さんがほんの少し小鳥のように首を傾げた。
「え? 染谷さんだって思ったからというか、染谷さんは常に青緑に仄かに光ってるので」
「青緑……」
「前にお会いした課長さんは金色でゴージャスだったし、この間話を聞いてくれて猪田さんはタンポポみたいな……」
ぎょっとする。
持ってる異能に色がついて見えるというのは、世界各地から報告されているんだけどかなり少ない。日本でも片手で数えるくらいだ。
萌木さんを検査したとき、そんな話は出てなかった。ということは、ここ暫くで見えるようになったんだろうか?
「あの、それってどういう感じで見えるんです?」
萌木さんの目に映る僕は真剣な顔だった。怪訝な表情の萌木さんは、僕の態度から何となく自分がこの世界でも不思議なことを口にしたのか察したようで。
「え? や? 全身が仄かにその色を纏っているというか? 力を持っている人は大概、何かしら色を全身に纏ってて、そうじゃない人は特に何も見えなくて……これって普通じゃないんです?」
「普通じゃないというか、珍しいです。だからって別に危険ということはない……いや、なくはないんだけど、物理的にはないというか?」
訳の分からない説明になった。
異能持ちかそうでないかを見抜けるだけの能力といってしまえばそうなんだけど、使い方によってはとても重畳する。警察とか、地域包括不可思議現象対策課にとっては。
だけど異能者は大概能力制御装置になるようなアクセサリーを持っているし、探知できる魔術や技術は既にある。
珍しい、そして害はない。ないけど使い方によってはかなり重宝する。けど能力を悪用したい人間にとっては、これ以上ないくらい厄介な能力だ。
そしてそういう能力例は日本でも世界でも割と珍しい。
そんな説明をすると、呆けたように萌木さんが呟いた。
「皆さん見えるんだと思ってました。だけど異能のあるなしってテレビや雑誌みてると、センシティブみたいだから言わないんだとばっかり……。思い込みはダメですね」
「いえいえ、あまりに珍しい能力だからこちらも視野に入れずに無視していた部分もあるんで。仰ってもらって良かった。それで僕がキビツンに入ってたことをご存じだったんですね」
「ええ、はい。お仕事大変だなって、そればっかりで」
これはちょっと盲点だった。課長に報告しておかないと。
それにそんな珍しい能力持ちだというのは、ますます地域包括不可思議現象対策課就職に有利だし。
そこで、今度は僕が「あ」と呟く番になった。
「萌木さん、その能力。他の誰かに話し……てたら、ビックリしないですよね」
「はい。あ、でも、同じ異世界から来た人向けの講座の人達には話したかな。だけど皆異世界出身だから……」
「ああ、なるほど。あの、出来れば口外しないでください。異能持ちだとヘイトクライムに巻き込まれやすいので」
「はい。その講座でも聞きました。珍しい能力だとヘイトクライムの対象になりやすいって」
「そうなんです。同じ星で生きてるのに、それだけのことが悪意の理由になるんです」
そして実際ニュースでそうは報道してないけど、四季島市でも同じ犯人だと思われるヘイトクライム系連続殺人事件の被害者が出た。それも猟奇的な事件の。
萌木さんに注意を促すと彼女はほんの少し笑って頷く。
「心配してくれてありがとうございます。染谷さんが親身になってくれるから、私、一人じゃないって思えます」
「あ、や、その……萌木さんはお強い人だなって思うんです。思うし、実際にたゆまず行動されているのも知ってます。でも貴方が強くても、僕はどうしてか貴方が心配なんです。お節介なときは言ってください。でも心配なものは心配なので、心配はさせてもらえると、その……」
何を言ってるんだ、僕は。
セミすらも鳴かない日差しの強さと暑さで、僕はちょっとおかしくなっているようだった。
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