真夏の着ぐるみは忖度で出来ています
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僕がキビツンの中の人になるまで後二日と迫った日のこと。
会議終りの課長が僕のデスクまでやってきた。
その顔が笑顔だったのが、気になって気になって。
いや、課長の笑顔は特に珍しくないんだ。満面って感じじゃないんだけど、いつも仄かに口角が上がってるから。
これは訪ねてきた市民の皆さんに、無駄な威圧感とか何とかを与えず逆に親しみやすさを持っていただくため。接遇研修でめっちゃ練習させられた。
だけどそういう感じのじゃない笑顔だったから、僕はちょっと腰が引けてしまった。
これで目が笑ってなかったら叱責を食らうようなことをやっちゃったと思うんだろうけど、そういうんじゃなくて。
なんだかホッとしたような雰囲気だったので「どうかしました?」と、自然に言葉が口から出てた。
「今年の市民祭りでキビツンの着ぐるみに入っている間、魔術の使用が許可されました」
「マジ、じゃない、本当ですか!?」
思わずデスクから勢いよく立ち上がってしまった。その反動で腰かけた椅子が倒れちゃっけど、致し方ない。だって僕の命の保証がされたのだから。
そんな僕の大喜びに、課長がうんうん頷く。
ここ最近の四季島市は、いや、日本は異常気象に悩まされていた。めっちゃ暑いんですわ。
流石に日本最高気温記録ホルダーの四十度超にはならないけど、そのちょっと手前が数日続いている。二日後の市民祭りも同じくらいの気温が予測されていた。
そんなんで着ぐるみなんか来たら、労災申請するような事態になりかねない。空調服を用意してくれるって課長は言ってたけど、それでもヤバいんじゃないかって雰囲気がじわっと課の中に広がっていた。
僕も正直遺書でも書いた方が……とか思わないでもないくらい。
だけど課長はそれを何とかするために、色々と掛け合ってくれたそうな。
地域包括不可思議現象対策課の職員は、市民の皆さんのためのお仕事の場合は異能の使用許可が出る。この度の市民祭りでキビツンの中に入って、小さな市民の皆さんに地域包括不可思議現象対策課の役割を知ってもらい、異能者や異種族に対する偏見を持たず、正しく公平な価値観を育んでいただくこと。
それは四季島市の地域包括不可思議現象対策課のみならず、他地域の地域包括不可思議現象対策課や異能者の方々、異種族の方々との融和した生活には必要な仕事だと認めさせたらしい。
「それにここ最近の異常に高い気温のなかで、着ぐるみ活動は命の危険を伴います。市役所では熱中症の予防を訴えているのに、膝元の職員が命の危険に晒されてよいのか……と。それを世間の皆様は良しとなさるのか、お考えいただきたい、と」
「ああ、なるほど」
このところ議員の皆さんは失態ばかりだったので、ここらでうちの課の人気に乗っておきたいのだろう。なにせうちの課長と握手しただけで、市民の皆さんの支持率がちょっとあがるんだ。
歴史に残る四季島市スタンピード対応の英雄は伊達じゃない。海外から視察に来るくらいだもんな。
そしてその名声を最大限に利用して、僕ら職員の安全をもぎ取ってくれる。そんな課長だから僕らは一丸となって戦える訳なんだけど、それなら……と思っていたことを、僭越ながら口にする。
「あの、そもそも論としてキビツンをやらないっていう意見は出なかったんですか……?」
だって異能を使うって申請がいるんだ。非常時は後回しでいいんだけど、こういう平時は滅茶苦茶手続きが煩雑。
その煩雑さが嫌だから、異能持ちの探索者さんたちは余程じゃない限り、手続きを代行してくれる探索者協会とかに所属してるんだし。
勿論役所の職員だって例外はない。むしろ公務員だから、一般の方々より縛りがキツいまである。そんな手間をかけるより、暑いときはキビツンをやらないことの方が簡単な気がして。
僕がつらつらと疑問を尋ねても、課長は遮ったりはしない。最後まで聞くと、課長が「君の疑問はもっともなことです」と肩にポンと手を置いた。
「私もね、暑いときはキビツンをやめておいた方がいいとは思うんです」
「はあ」
課長の口角が下がる。でも怒ってるってわけじゃなく、これから真面目な説明が始まるからだろう。
というか、課長も暑いときはキビツンをやめた方がいいと思ってるって言ったよね?
でも実際はキビツンの中止でなく、キビツンの中で魔術を使用する許可が下りた。
それって魔術の使用許可を出してでも、キビツンを稼働させたい何かがあるってこと……?
課長の眉間にシワが寄った。
それは不快とか怒っているというよりは、何だか疲れたような雰囲気を纏っている。
様子を見ていると、課長が口を開いた。
「内親王殿下がキビツンを大層気に入っておられるからです」
「うぇ!?」
内親王殿下という言葉にぎょっとする。
そういえば萌木さんと以前、こちらと元々萌木さんがいた日本の情報の擦り合わせをやった。そのときに魔術や異能が存在する、宇宙怪獣がいたり異星人がいたり異種族がいたり。そういうこと以外にもいくつか相違点があって。
此方と王室や皇室のあり方とか家族構成とか、根本的に存在そのものが違うってのがあった。
あちらと同じなのは象徴としてあるってとこくらいだっけ?
だけどこちらの皇室の皆様は歴代皆破邪の力がお強くて、何か国民にマズいことがおきそうなときは率先して神器を担いで先頭に立とうとなさるというか。
因みに日本で一番モンスターに強い封印指定武器は皇室保有だ。
それは置いておいて。
内親王殿下は幼いときに今上帝と皇后様と一緒に、四季島市においでになったらしい。
その際に四季島市地域包括不可思議現象対策課で、本物の吉備津彦さんと会い、キビツヒコを目の当たりにしたことでファンになり、更にそのデフォルメ体で四季島市地域包括不可思議現象対策課のイメージキャラクターであるキビツンに沼ったそうな。沼ったって……。
それでちょいちょいお忍びでキビツンの出るイベントにお越しになってるんだって。
嫌な予感がする。
「……もしかして?」
「この市民祭りには毎年おいでになっていて、その警備を私が務めることになっています。なので私がキビツンに入らなくなったんですよ」
「え? でも内親王殿下って物凄くお強いっていう話じゃ……?」
「だからといって警備をしない訳にはいきません。でもその警備の人手は宮内庁から出てますし、本来は私でなく警備局や警察の然るべき機関のお役目です」
「じゃ、じゃあ課長が警護を務めるのって……」
「忖度です」
「ああ……」
市の判断か、県の判断か、それともお国の判断かは解らないけれど、四季島市最強と目される課長が警護に回るって相当だよね。
内親王殿下は気を遣わないでほしいって仰ってるようだけど、実際はお忍びであっても、いや、お忍びだからこそ警備が厳重になるんだよね。
でも内親王殿下ってたしかまだ高校生くらいじゃなかったかな?
その年頃の子が好きな物も大っぴらに好きって言えないし、イベントの見物にも来れないって、気の毒になる。
だから課長も忖度と言いつつ、警備を断ったりしないんだろう。そして着ぐるみ内での魔術使用許可も下りたってことだ。
キビツンを心待ちにしている人がいるならば、腹を括るより他ない。
「キンキンにキビツンの内側、冷やして大丈夫ですか?」
「内部は水にあまり耐性がなかった筈なので、その辺を考えながら使用してください」
「はい、心得ました」
頑張らないとな。
そう思ったのも束の間、平時の異能・魔術使用に関する申請書の書類の煩雑さに、僕の心はバキバキに複雑骨折した。
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