中の人なんていなくない
案の定というか、想定の範囲内というか、例の便宜を図れと言ってきた団体さんは、破損したダンジョンを適当に補修しようとしたみたい。
花珠課長の指示で箕輪先輩が張った立ち入り禁止の結界を破ろうとして、課に通報があった。
うちの結界はかなり出来がいい。
破ろうもんなら即行連絡が課に入るし、そもそも精度が高いから、破れるとすればお国の機関にお勤めのどなた様かくらいだ。
しかもその結界を破れるお国勤めのどなた様かの能力は、正式に国に登録してあるから誰がやったか解るようになってる。
どっちにしても逃げ切れるもんじゃない。
それが理解できなかったのか、もたもたと結界を破ろうとしている所を現行犯で逮捕。
文化財を傷付けたまでは犯罪じゃないけど、補修のための結界処置を破ろうと傷付けたんだから器物損壊罪と文化財保護法違反だ。
大人しく弁償に同意していたら逮捕者までは出さなくてよかったのに。
小さな問題が大きくなって、雪だるま式に市議会議員と件の団体の癒着が発覚。市長の株は上がり、反市長派の議員たちの立場は中々苦しくなった。
因みに、僕に向かってコネがあるのなんのと言った職員は、他市の地域包括不可思議現象対策課のOBと名乗っていたけれど、実際のところ事務処理を行うために配属されていたnot異能持ちで、他部署で窓際に配属された末に肩叩き代わりに地域包括不可思議現象対策課に配属された人だったとか。
他市の悪口になるからと課長の口は重かったけれど、課長が言わなくても週刊誌とか新聞が下世話に書き立ててくれるから知ってる。
件のOBがいた他都市の地域包括不可思議現象対策課は、逆差別の横行する部署だったそうだ。
他都市の地域包括不可思議現象対策課に蔓延る逆差別っていうのは、異能持ちじゃない職員を差別するっていう。
世間において被差別側なのは異能持ち、だけど地域包括不可思議現象対策課においては異能持ちじゃない方がマイノリティーだ。だから立場が逆転する。
他都市のって強調するのは、僕らの地域包括不可思議現象対策課も前はそういうのもあったらしいけど、花珠課長が課長になった辺りからそういうのは一切排除されたから。
課長、本当にそういうの許さないマンだ。
そもそも差別は異能者だろうとそうでなかろうと、人間も他種族も許されない。
それを徹底させるだけのことなんだけど、どうしても地域包括不可思議現象対策課は実力至上主義に陥りやすい。
そうなると実力者、つまり異能持ちが幅を利かせることになる。結果、異能を持たない職員を圧迫することになっちゃうんだ。
課長はそれを徹底的に排除にかかった。
というか、課長が一番強いのに誰がその方針に逆らえるの?
接遇研修やパワハラ研修、モラルハザードに対する研修などなど。そりゃあ倫理観を徹底強化されたらしい。
そのお蔭で僕ら新たに入る職員は仕事がし易いし、定職率も高いし、離職率は辺り一帯の地域包括不可思議現象対策課と比べてかなり低い。
勿論戦果だって高いので、市役所全体の好感度の底上げにもなってる。要は四季島市のお役人さんは皆頑張ってるってね。
大体ブリリアントホワイトな職場なんだけど、嫌なこともある。
それが課のホワイトボードにでかでかと書かれた全体会議の議題でもある「市民祭りについて」っていうやつ。
もう大分前から決まってたことで、この週末に開催されるお祭りの日のこと。僕はその日見事に出勤なわけだよ、畜生め。
地域包括不可思議現象対策課は警備にあたる警察に協力して、異能対策の警備にあたる。それだけじゃなく異能や異世界人、異星人、異種族間の理解や啓発その促進のための展示やら。
なお吉備津彦さんもキビツヒコとして会場で展示というか、出演というか、埴輪形態で会場にいることになってる。
「キビツヒコの着ぐるみなんですけど、前回のイベントは箕輪君が中の人をやってくれたので、持ち回り的には……」
「……僕なんですね」
課長がにこやかに仰る。
四季島市の地域包括不可思議現象対策課のイメージキャラクター・キビツンの中の人を、今回は僕が務めないといけないらしい。
何かと怖がられる地域包括不可思議現象対策課だけど、キビツヒコは愛されている。なのでその人気に便乗して地域包括不可思議現象対策課の人気を上げてしまおうっていう作戦を、市内の何かのイベントの度にやってるんだ。
発案者?
勿論花珠課長ですけど、なにか?
最初はキビツンの中に課長が入ってたんだけど、お偉いさんの警備に課長が駆り出されるようになってからは職員が務めている。
でも夏場の着ぐるみなんて女性にさせるには忍びない。主に健康面の問題で。
だって暑いし重いんだよ、キビツン。
冬場なら女性でも温かいし大丈夫かもしれないけど、夏場はこれで倒れでもしたら起き上がれなくなりそうだ。そんな訳で夏場は自主的に男性職員でキビツンの中の人を回している。
そして前回の「ストップ・ザ・違法召喚!」月間における子供向けイベントで、キビツンの中の人をやってくれた箕輪先輩は今回免除。
それで今回は僕。次のイベントがあればその時は僕は免除で、他の男性職員がやってくれることになる。
誰でも通る道なんだ。
だけど市民祭りはマジでキツい! 子ども達が夏休みの間にやるイベントだから、小さい子達が寄って来てもみくちゃにされる。
それだけならまだいいんだけど、ちょっと大きくなったやんちゃなお友達や、大人の癖に聞き分けも分別もない大きなお友達の相手もしないといけないのが……!
暑い最中のイベントに怯える僕の肩に、花珠課長が労わるように触れる。
「夏のキビツンの中の人の役は大変でしょうが、頑張ってください。市民の皆さんのご協力無くしては地域包括不可思議現象対策課の仕事は立ち行きません」
「はい、頑張ります……」
うん。嫌われるよりは、好かれたほうが仕事はやり易いよ……。
箕輪先輩が後でビール奢ってくれるって言ってたし。勿論僕が仕事終わりの時にだけど。
僕、公務員だけど、仕事に着ぐるみを着るのが入ってるとは夢にも思わなかった。
そういえばこれは萌木さんに伝えてなかったな。今度の面談のときに伝えておこう。
いや、それよりも彼女は市民祭りを知っていただろうか? もしもこの世界に馴染もうと根を詰めているようなら、このイベントに参加してみるのを提案してみようか? きっといい息抜きになる。
何とはなしに萌木さんのことを思い出して、彼女のことを考える自分に気が付いて。
僕はほんの少し不思議な気持ちになって首を捻った。
そんな僕の様子を不審に思った課長にどうしたのか問われる。
だからこの間、彼女が見学に来た後で思ったことや竜崎さん達との話をしてみた。すると課長がほんの少し口角を上げた。
「なるほど。萌木さんと関わることで、自分を顧みることができた、と」
「はい。僕はあまりに想像力がなかったんだと気が付きました」
「なら、その気付きを大事にしましょう。そして萌木さんのことも、これから出会う人、或いはもう出会った人のことも、以前よりずっと考えられるようになったんです。今まで以上に、彼らとこちらの世界の懸け橋になれるよう励んでください」
「はい」
こくりと頷くと、ぽんぽんと肩を叩かれる。労りの籠った手の動きに、ほんの少し涙腺が弛みそうになった。
でも。
「キビツンの中の人もきっとその一環になるでしょう。改めて頑張って下さいね?」
晴れやかな笑顔でそんなこと言われても、市民祭りの暑さと大変さを思い出して、目が虚無になる。
イイハナシダッタノニナー……。
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