お客様は疫病神ですか、そうですか
異能保持の女性の殺人事件が起こった数日後、やっぱり警察から情報照会と課全体への事件の周知があった。
ヘイトクライムで確定らしい。
というのも、殺害された女性に恨みを抱く人間もストーカーなども、どれだけ洗っても出てこなかったとか。
それだけでヘイトクライムって確定させるのはちょっとどうかと思ったら、報道機関には出していない情報があるそうだ。
なんでも今回の殺人事件には、日本各地どころか世界で起こっているとある殺人事件と共通点があって、それを総合するに異能者を選定して襲っているというプロファイルというのか、そういうのがあるんだと。
その共通点というのが、被害者は異能持ちなのが勿論、かなり珍しい異能であること。
そして殺害された彼女・彼は内臓以外の全てが樹脂に変えられているそうだ。
「樹脂、ですか?」
課長が眉間にしわを寄せて刑事さんに聞き返す。
「はい。正確に言えば本人とそっくりな人形に、本人の内臓が移植されて遺棄されているといいますか」
あまり表情が動かないタイプの人なのか、刑事さんの説明は淡々としていた。
グロい。
つまり被害者の内臓しか見つかっていないってことだ。
それでも被害者を確定できたのは、DNA検査と警察所有の鑑定道具のお蔭だそうな。因みに彼・彼女の死因は出血死。ただ内臓といっても脳は見つかっていないらしい。
内臓を移植されている樹脂にしても、ちょっと見は人間の身体としか思えないくらいの出来だそうで。
あまりにも猟奇的なので今世界各地で同じ事件が起こっていることを報道機関に情報提供するのはどうなのか……と、警察のかなり上の方で揉めているとか。
「隠さない方がいいのでは……?」
「世界各地で共通点のある死体が出ているということは、まず単独犯ではないと考えられています。となればテロリストや異能者に対するレイシスト集団、カルト宗教、そういった者が集団で動いているのでは、と。それが確定できるまでは徒に不安を煽るのもどうかという意見が大半を占めていまして」
「しかし瞬間移動の能力者がいる以上、個人の犯行も否定しきれるものではないと思いますが?」
「異能者が異能者を狙うと考えたくない層が一定いるんです」
「ああ、なるほど」
難しいし、正直あんまり聞きたくない話題だ。
四季島市で起こった殺人事件の被害者は、とても珍しい異能の持ち主だった。
彼女の能力は、人の口からでる言葉を植物に変えるというもの。
彼女の異能にかかった人は、誰かに誉め言葉を告げるとその時の感情にぴったりな花が言葉とともに飛び出る。そんな感じの。
彼女はそれを仕事に使っていたらしい。
感謝の言葉を伝えたい人、プロポーズ、仲直り、告白、その他色々。数多の人が彼女の異能に感謝していたそうだ。
そんな人を、何が目的で……!
刑事さんが用事を果たした後も、課には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
そんな中でも仕事はなくならない。
やれ市内の探索者協会の探索者が、市の管理するダンジョンの建物を破損させたとかなんとか。
公共施設の破損に当たるから弁済義務、ダンジョンにおける事故に相当するので事故報告書とこれからの事故防止策の作成と書類提出。
そういった物が必要なのと、市の現状確認が必要だから地域包括不可思議現象対策課職員による現地での確認作業を実施するなどの対処が必要ってことを、電話口で説明すると実に嫌そうな対応をされる。
挙句の果てには自分は他市の地域包括不可思議現象対策課のOBで、四季島市の議員ともパイプがあるとか何とか言って弁償を渋りだす。
「しかし、故意ではなくとも破損されたのは、そちらの協会所属の探索者の方々なんですよね? 探索状況の確認のために、探索時の記録を映像として残すよう義務付けされています。その映像をご提出いただいて、ダンジョン内に設置されている監視カメラの映像と照らし合わせ、その上で弁償額が決まります。他市とはいえ地域包括不可思議現象対策課のOBでいらっしゃるなら、その辺のことはお判りいただける物と……」
『だから! 弁償しないとは言ってないだろう!? ただ保険で出る範囲が……』
ぎゃんぎゃん喚いてるけど、要は便宜を図れってことだろう? そんなわけにいくか。
他市のOBかなんかしらんが、僕には怒った課長より怖いものはないんだ。
なので、最終兵器を投入する。
「解りました。私ではその件にお答えしかねますので、上司の花珠に……」
そういった途端、相手が勢いよく受話器を叩きつけたようで。
知らないぞ。この電話、カスハラ対策に録音されるようになってるんだからな?
懇意にしている議員さんの名前も出していたから、この情報は課長を通じて市長に行くんだろう。
探索者協会の起こした事故とその顛末、その際のカスハラ等々の報告として、だけどな。
後は定例会見で市長がボソッと「もー、市の職員にカスハラするのに議員の名前までだしてくれちゃっていい迷惑よ」とか囁くんだろう。
明後日くらいには冒険者協会と、とある市議の癒着的な記事が出るかもな。
僕らはとりあえずきちんと事故報告と、状況の映像記録とかを提出してくれたらそれでいいんだ。
破損した施設の修理と、今後の事故防止対策の実施が行われれば、僕らの仕事はそこまで。不正や癒着への追及は、議員さんや市民団体の皆さん、必要があれば警察にお出まし願いたい。
という訳で、ことの次第を課長にご報告。
すると課長が箕輪先輩を呼んだ。
「箕輪君、ここのダンジョンを見て来てもらえますか?」
「あー、奴さん達勝手に修復処理してなかったことにするかもしれませんもんね」
「ええ。ダンジョン専門のモグリの業者がいないではないですからね。写真と動画を撮っておいてください。あと進入禁止の結界と進入禁止のイエローテープを入り口に張っておいてもらえますか?」
「了解です。明後日ここのダンジョン、訓練使用許可取った団体がいたはずですけど……」
「そっちは染谷君が対応してください。連絡を入れて、違うダンジョンか日延べしてもらうように」
「はい」
箕輪先輩が茶髪をかき上げて、課から出ていく。
その背中を見送ってからデスクに戻って僕は明後日使えるダンジョン施設を見繕い、訓練許可を申請していた団体……をパソコンで検索して電話をかける。
受付の人から施設利用の関係者さんを電話口にお願いすると、すぐに変わってもらえた。
そこの職員さんは声の感じからして女性だろうけど、若い印象がある。
「明後日のダンジョン利用の件について」といえば、朗らかな雰囲気で「お伺いします」と返された。
なのでダンジョン施設がちょっとした人災で使用が厳しい状況になってしまったことを告げる。すると「少々お待ちください」と、電話が保留にされた。
彼女も状況を相談しないといけない上司がいるんだろう。長くなるようならかけ直しになるかもしれないな。
五分ほどまった待った頃だろうか?
保留のメロディーがぷつりと途切れ、さっき対応してくれた職員さんが戻ってきた。
『あの、その施設以外で明後日使えるダンジョンはありますか?』
「はい。明後日申請を出されていたのは南の自然ダンジョンですけど、東にある人工スポーツダンジョンであれば空いてますので使用可能です」
『スポーツダンジョンですか。分りました、そちらを代りに使用させてください』
「承知しました。手続きに関してはこちらで振替使用ということでしておきますので」
『はい、よろしくお願いします』
話が通じる団体さんで良かった。
同じような団体でも、こうも差があるとどっと疲れる。
溜息を吐きつつ、僕は施設使用許可の処理を急いだ。
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