午後:面談業務、ただし……。
明日も同じ時間に投稿します。
僕の午後からの業務は面談から始まった。
役所だ、色んな困りごとを抱えた人がやって来る。
僕が今日面談するのは、一週間前に不当召喚で別の世界からまた別の異世界へと召喚され、保護された地球人さんだった。
地域包括不可思議現象対策課の一角に用意された部屋の中、プライバシーへの配慮のための衝立で囲った面談所の中で彼女は小さく座っている。
出来るだけ穏やかに、彼女に声をかけた。
「萌木さん、こちらには慣れましたか?」
「あー、はい。文明っていうか、その、機械と魔術? が入り混じってるとかは違うけど、大体は私のいた『日本』に似てるんで」
「そうですか。たしか地図も国名も同じなんでしたっけ?」
「はい。何もかも同じで、でも四季島市っていう市があったかは分からないし、何より魔法とか妖精とかいなかったですし」
そこが戸惑うのだと、萌木さんは大きなため息を吐いた。
栗色のセミロングの髪に、桜色の小さな唇。伏せた目には憂いがありありと浮かび、その美貌を引き立てていた。なるほど、聖女と言われても納得できる。
彼女が不当に召喚された世界では、魔王が復活すると封印の聖女が異世界から現れて、自分達を助けてくれるという伝承があったそうだ。
今回も魔王が現れたから、異世界の聖女に救いを求めたとか。
けれどその世界にとって幸か不幸か、萌木さんだけでなく四季島市民も召喚されてしまったのだ。
彼方の世界では二人も聖女が応えてくれたと大騒ぎで、喜び勇んで「是非魔王を倒してほしい」と都合のいい御託を並べたと聞く。
けれど四季島市民、いや、こちらの世界の人々はこういうときに採るべき行動を幼少期から教え込まれていた。
それ即ち、「不当に異世界に拉致された場合は、お住いの市役所の地域包括不可思議現象対策課に連絡しましょう」だ。
物心ついたときから政府の政策として配布されている、ブザーが鳴ると同時にお住いの市の地域包括不可思議現象対策課に通報が直で繋がる防犯ブザーのピンを、彼女は躊躇なく引き抜いた。
そして十分経たないうちに、四季島市民である女性が不当に召喚拉致された世界を特定し、課長以下数人の手練れで王城を占拠して。
四季島市民である女性を保護すると同時に、異世界、いや並行世界の日本から不当召喚された萌木さんも保護したのだった。
それから一週間、彼女もようやく気分が落ち着いて来たらしい。
彼女に関しては不当召喚側に送還の手立てがあれば良かったものの、そういった技術はなく。
あちら側の「日本」にしても彼女の話を聞く限り逆召喚の手段がないとのことだったので、とりあえず四季島市役所・地域包括不可思議現象対策課にて保護することになったのだ。
「召喚拉致された後、どうなるのか心配でしたけど、保護施設の皆さん、皆親切にしてくださって」
「萌木さんには今回の件、何の落ち度もありませんからね。ただひたすら被害に遭われただけです。そういう方に怖い思いをさせるなんてとんでもない」
「ありがとうございます。あの、でも、自分が安全だからだと思うんですけど、向こうの世界もどうなったのかなって気にはなるんです。魔王が現れて、凄く困ってるって感じだったし」
なるほど、聖女召喚とは言い得て妙だ。彼女は自分を元の世界から強制的に連れ去った人間達にも同情してやれる人なのだから。
伏せた目に浮かんだ憂いは、自分だけのことじゃなかったらしい。
その心根に敬意を表して、少しだけ彼女に事情を説明することにした 。
萌木さん達を不当に拉致し、自分達の世界のために搾取しようとしていた異世界の王族に関しては、然るべき賠償を請求し、こちらの世界から人権教育のための人材派遣が決定している。
魔王に関しては彼らが賠償責任を果たしたのち、こちら側が助力して聖女の存在が無くてもその討伐が可能な手段を講じるそうだ。
そんな話を聞いて、萌木さんは憂う表情のまま首を傾げる。
「倒せるんですか、魔王?」
「そうですね、日本は世界でも実績がかなりありますから」
「実績、ですか?」
萌木さんの顔から憂いは消えて、唖然とした気配が浮かんだ。
召喚されて保護された人って、皆こういう顔するんだよなー。なんか呆気にとられた猫みたいな表情。
僕にとっては見慣れた表情なので、特に気にせず話を続ける。
「はい。召喚拉致を感知、或いは通報を受けられるシステムが構築される以前は、世界各地で不当召喚の被害者が出ていまして。日本からもかなりの数の人々が攫われては、異世界から戻って来るということが多々ありました。その中でも日本人はかなりの割合で異世界救済を果たしていることが確認されていまして」
「ちょっと理解が追い付かないです。そんな滅亡に瀕する世界が多いんですか!?」
「そうですねぇ、年間……千人くらいは世界を救っているというデーターもありますね。その後こちらに帰ってるか、そのまま向こうに移住してしまうかは分かれますけど」
「わぉ」
口元に手を当てた萌木さんの目が点になっている。
実際日本は、異世界関係なくてもやれ身の丈五メートルはある牛鬼を一人で倒した侍がいたとか、やれ首が八つある巨大蛇を魔術と剣術を駆使して倒した豪族の王がいたとか。
そういう英雄伝説が、古今絶えたことがない。
現代に至っても各地方の地域包括不可思議現象対策課では、どこぞの邪神の脳天を弓型魔術レールガンでぶち抜いたとか、木刀一本で巨大宇宙生物をきゅっと鳴かせたという伝説が日々作られ続けている。
因みに前者は僕の上司である花珠 真珠・ヴァレンチノ課長がちょっと前にやったことで、後者は今朝箕輪先輩がやったことだ。
僕は両方の現場にいて、かく乱やらをやらされていたんだよなぁ。ああいう任務さえなきゃ、ここはブリリアントピュアホワイト職場なのに。
そんなとりとめのないことを考えながら、萌木さんの聞き取りから得られた情報や、彼女の様子を端末に打ち込んでいく。
「なんというか、本当に地形とか政治形態とかそっくり同じなのに、全然違うんですね……」
彼女の声に涙が混じって震える。握り込まれた手は、膝の上で小刻みに震えていた。
生活していた基盤全てのある場所から、強制的に並行世界に飛ばされて、保護され似ているところはあれど生まれ故郷とはまるで違う土地にいる。それがどれほどの精神的な不安を招いているのか。考えただけでも苦しくなる。
だから不当召喚、召喚拉致は撲滅しなきゃいけないんだ。
この地域包括不可思議現象対策課は、その辺りの役目も担っている。
彼女のような人を出してはいけない。
やる気は薄いけど、目の前に困ってる人、苦しめられている人がいるとなれば、僕だって思うところは出てくる。
けれどそういう決意より先に、泣いている彼女をどうにかしないと。
ポケットから鼻をかんでも痛くならないポケットティッシュを取り出すと、それを彼女のほうにそっと差し出した。
けれど。
「やったー!!」
「へ?」
萌木さんはぎゅっとに握った両手を、膝から勢いよく天へと突きあげた。
「いやー、マジで異世界召喚だったわぁ! 聖女って言われたときは使い潰されて死ぬのかと思ったけど、マジでラッキー!!」
「え、えっと?」
「いや、本当に助かりました!」
満面の笑顔で萌木さんは僕の手を取った。
彼女の説明によると、萌木さんは元の世界ではブラック企業社畜・毒親・搾取子という三重苦だったそうな。
サービス残業は労働規定を超える二百五十時間超、疲れ果てて家に帰れば毒親に搾取される。そんな生活に嫌気がさしていた一週間前、運命の召喚拉致が起ったそうだ。
「向こうからは呼び戻されたりしないんですよね!? あと移住希望出せば受け入れてくれるんですよね!?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、移住希望します! すぐに手続してください! ひゃっふー!! 異世界、さいこー!」
どういうことだ、並行世界・日本。
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