若き地域包括不可思議現象対策課職員の悩み
次の更新は来週の水曜日です。
落ち込んでたって朝は来る。
今日も今日とて僕は出勤、ただし夜勤なので遅出だ。
テレビのニュースでは昨日の宇宙エリマキトカゲ個体ABの被害がかなり少なかったことや、住民の避難が想定より早く終わったこと、宇宙エリマキトカゲが逃げ出したのは彼らのステルス能力がかなり高かったことが原因だとかを告げている。
住民の避難が想定より早いっていったって、大幅に早かったってわけでもない。
偶々市の小学校が合同で音楽祭を開いていたので、全ての小学校の教師で転移魔術が使える教師たちが協力したから、或るいは老人施設に慰問に来ていた歌手がヒーリングソングでご老人を落ち着かせて、歩ける人の筋力を魔術で向上させて避難速度を速めたからとか、そういう偶然が滅茶苦茶重なったかららしい。
つまり全ては偶然。だから避難にかかる想定時間を短縮することも、人員を削減させることも出来ないってことだ。
こんなに早く発表が来るってことは、課長が滅茶苦茶動いたんだろう。
議員さんは自分達の間に不祥事が起こると、市民の皆さんの怒りの矛先を変えるために役所の粗探しを始める。
役人は税金の無駄遣いをしてるっていうふうに持っていくのが一番手っ取り早いからね。
四季島市議会もちょっと前に議員さんが公費で海外に視察に行ったんだけど、その視察がまるで海外旅行みたいだったってことで市民団体から追及されてる。
その矛先を変えるための粗探しの最中だったから、課長がそれを阻止するために情報をさっさと纏めて市の会見に間に合わせたってとこかな。
ニュースではキビツヒコの出動に対して、国連の宇宙生物保護局から「要請通り無傷での捕獲に感謝する」っていうコメントがでたとも言ってる。
これで地域包括不可思議現象対策課に手出しは出来ないって寸法だ。
市長の株も支持率も上がるだろうし、暫くはうちの課は静かかな。
今の市長は地域包括不可思議現象対策課出身だ。
課長が活躍した大発生のときにはもう議員をやってたんだけど、花珠課長に指揮を任せて一兵卒として戦い抜いた経歴を持つ。
そのときの活躍を知る世代からの支持が滅茶苦茶高いんだよね。
課長にいわせると、市長は「食えないお人」らしい。この宇宙エリマキトカゲの件も自分の権力基盤を固めるのに有効にお使いになるんだろう。
パンにマーガリンをぬって、その上にスクランブルエッグを乗せたオープンサンドを齧る。
ニュースは四季島市の話題から芸能に代わり、やれ不倫したの泥沼だの、当事者以外にはどうでもいいような話題を垂れ流す。
朝から見たい話題でもないけど、何処かの惑星国家と惑星国家が戦争状態に入ったとかよりは余程いい。
見るともなしにぼんやりとキャスターの声を聞いていると、画面が切り替わる。
白い猫の背中に、コウモリの羽が生えた生き物—―ケットシーの赤ん坊が動物園で生まれたそうだ。ケットシーは妖精種といわれる生物で、レッドデータに記載されている。
なのでその数を増やすのが急務とされているけれど、繁殖に成功している動物園は少ないはずだ。日本では都会の動物園でなく、山間部にある地方の動物園が一件だけ繁殖に成功している。
いつか長い休みをとれたら、観に行こうかな?
今はまだ仕事に慣れるのに精一杯だ。
スクランブルエッグを乗せたパンをすっかり腹に収めると、お供のカフェオレも飲んでしまう。
独り暮らしだから食べた物は自分で片付けないと、誰も片付けてくれない。
皿とコップを纏めてシンクに持っていくと、さっさと洗うべく蛇口をひねる。
面倒だからって後回しにすると、皿っていうのはドンドン増えていく。増えすぎて手に負えなくなると、今度は家の中がごみ屋敷みたいになるんだ。
学生のときにその連鎖は体験してるから、面倒くさくても一々片付けておかないと。
食器洗剤を付けたスポンジで皿の汚れを落としていると、ニュースの話題がまた変わった。
流石ワンルーム、水を出していてもニュースキャスターの声が全然届く。
『昨日見つかった女性の変死体は、DNA鑑定の結果、四季島市で行方不明になったと届け出があった女性と判明。女性は駅前のホテルから出かける姿が監視カメラに残っていて、警察はこの後に事件に巻き込まれたものとして、女性の足取りを追って捜査が行われています。なお女性は異能を保持していて、ヘイトクライムの可能性も視野に……』
ヘイトクライム。
差別に基づく犯罪だ。
あまり聞きたくない単語が耳に入って来て、僕はこめかみを揉む。
別に僕ら異能者だって望んで能力を持って生まれたわけじゃない。
その能力を使って悪いことをする奴もいれば、一般の人にマウントを取るやつだっているのはたしかだ。だけど大半の異能保持者は、この力が誰かを守れるなら使ってもいいけど、出来れば使わなくていいくらいにしか思ってない。だってこの力があるから奇異の目で見られたりするんだ。
大きく息を吐く。
相手の立場に立って物事を考えるっていうのは、口にするほど簡単なことじゃない。
僕だって異能を持たない人のことを想像できるかといえば、答えは否だ。同じ異能持ちの萌木さんのことも考えられなかったくらいなんだから。
洗い終わった食器を水切り籠に置くと、かけてあるタオルで手を拭く。
落ち込んでる場合じゃない。
気持ちを切り替えると、再び僕はテレビの前へ。
先ほどの話題をももう少し詳しく聞けないかと思ったのだけれど、話題は今日の運勢占いにシフトしていた。
占いはいつも基本的に当たらない。
統計学だから「概ねこうだよ」ってだけで、その概ねの中に僕が中々入らないだけだ。当たる人もままいるんだろう。
リモコンで違う局の番組に変えると、先ほどの「ヘイトクライム」かもしれない殺人事件の話題が丁度始まるところだった。
殺害された女性の身元は既に分かっているけれど、ご遺族の意向で名前を伏せられている。彼女の持っていた異能に関しても、だ。
珍しい異能の持ち主であれば、そこから個人の特定が出来てしまう。
なお警察がヘイトクライムの可能性を視野に入れて捜査しているのは、彼女が異能者だったことが大部分を占めるそうだ。
というか能力者が害された場合はセオリーとして個人的な怨恨と並行して、ヘイトクライムの可能性を必ず視野に入れて行うのだ。
となると、地域包括不可思議現象対策課にも警察から情報照会が来るだろう。
被害者と同じ能力者が他にいるのか、否かとか。
いうて実は僕も異能持ちとしては結構珍しい部類に入るから、ヘイトクライムがある度に警察から「気を付けてね?」っていう連絡があったりする。
花珠課長も結構珍しい能力をお持ちだそうで、やっぱり警察の人が来るたびに「余計なお世話だとは思いますが」って前置きして気を付けるよう言われてるそうだ。
世知辛いな。
口の中が苦い気がする。
もう一度大きなため息を吐くと、「辛気臭い」と足元の影から声がかけられた。
「朝から嫌なニュースを聞いたもんだから」
「人間だけじゃないけど、自分と違う物を受け入れられないヤツは一定いるものさ」
影の中から頭だけだしたマーテルが、慰めているつもりなのか鼻で笑う。
メタリックな光沢の鱗が、部屋に入ってくる朝陽に照らされて鮮やかだ。
「でもまだヘイトクライムとは決まった訳じゃないし」
悪あがきするような僕の言葉に、マーテル姐さんがまた鼻を鳴らした。
「そう思うんなら、なおさらその辛気臭い顔はおやめ。信じるなら顔を上げて胸を張るんだよ」
そうだな。
姐さんの言う通りだ。
悪意を抱く人間なんかごく一部で、大多数の人達はこちらに関心もない代わりに悪意もないんだから。
お読みいただいてありがとうございました。
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