酒と仕事と若造とベテラン
「そいで、その宇宙エリマキトカゲは結局?」
「ニュースでも発表されたように、国連の職員さんが引き取っていきましたよ。どこの施設に収容されるかは秘密ですけど」
夕方、仕事が終わった僕は、小料理屋竜胆に来ていた。
市役所の食堂で昼食を済ませて課に戻ったころには、もう国連の職員によって宇宙エリマキトカゲ個体AとBは移送されていて。
今回は宇宙エリマキトカゲ個体Bがあまり暴れなかったお蔭で、家屋の倒壊等の被害はほとんどない。避難指示に従った市民の皆様にも、宇宙エリマキトカゲ関連での怪我人などなどはゼロ。
キビツヒコが出動する事案でもここまで被害が少ないのは結構珍しい。
それはそれでキビツヒコの出動命令は正しかったのか、大袈裟ではなかったっていう検証が必要になる。
とはいえ今回もキビツヒコの出動は妥当だったとなるはずだ。
だって宇宙エリマキトカゲ個体Bが飢餓状態で行動不能になっていなければ、もっというと宇宙エリマキトカゲ個体Aが箕輪先輩にビビッて大人しくならなかったら、宇宙エリマキトカゲ二匹に四季島市は蹂躙されることになってたんだから。
諸々事後処理のプロセスを説明して十七時。規定通りの時間に見学が終了、お約束どおり萌木さんを購買に連れて行って六十分の一スケールキビツヒコHGを紹介したよ。
けど彼女が買ったのはHGでもデフォルメされた二頭身のぷにっとしたフィギュアだからプギュアと呼ばれるものでもなく、ぬいぐるみのキビツヒコだった。キビツヒコのぬいぐるみだからキビぬい。
そして僕は彼女を見送ったあと、見学のほう報告書を書き上げて退勤して、ここ。
「そんで萌木さんはどんな感じよ?」
ことっと僕の前にキビナゴの南蛮漬けが置かれる。
今日は僕的には責任ある大仕事をやり遂げた感があるので、いつものように定食じゃなく豪華に数品頼んで楽しむことにした。
片眉をひょいっと器用に上げて、誉さんが聞いて来る。
「話した感じでは現場を怖いとは思わなかったみたいですね。まあ、今回は比較的穏やかでしたし」
「そら良かったな。ほしい人材なんだろ?」
「ええ、まあ」
萌木さんは見学の終わりに、公務員というか地域包括不可思議現象対策課採用試験の概要を熱心に訊ねてきた。
勿論それには答えたし、何だったら採用試験用問題集で参考になる出版社も教えて。
彼女は実技だけでも受かるだろうけど、念には念を入れての対策だ。
その前に亡命申請が通るだろうから、異世界移民講習会の受講もある。一年くらい世界に馴染むことを優先する人もいるなかで実に意欲的だ。
同僚になったら心強いだろう。だけど……。
「今まで毒親とかブラック企業とか搾取されまくって来たんです。ちょっとくらいゆっくりしていいんじゃないですかね?」
ぽつりと本音が出てしまった。
すっと山かけマグロの小鉢が出て来て、僕が顔を上げるとジト目の誉さんと苦笑いの竜崎さんの顔がある。
「え? なんです?」
「や、アンタあの人のこと哀れんでんの?」
「へ? 哀れむ? いいえ?」
結構に不満そうな誉さんの声に、驚いて首を振る。
萌木さんを哀れむ?
そんなことはない。
ただ大変な目に遭ってきたんだから、ちょっとゆっくりしても罰は当たらないと思うだけだ。
そう言えば、竜崎さんが「まあまあ」と僕と誉さんの間に割って入る。
「萌木さんはね、多分自分を固めたいんだと思うよ」
「自分を固める?」
「ああ。この世界と自分が生きていた場所は違う。今までの環境から解放されて自由になった。でもだからってすぐに自分が変わる訳じゃない。変わりたいんだけど、すぐには出来ない。だから動いて、変わった事実を固めたいんだと思う。俺もここにきてそうだったから」
竜崎さんが言うには、彼もこの世界に来て最初はそうだったらしい。
誉さんに「自由に生きろ、お前を誰も縛り付けたりしない」って言われて、でもそれまでがそれまでだったから何をしていいかも正直解らなかったそうだ。
もしかしたらこれは都合のいい夢で、目が覚めたら自分はまた勇者で処刑を待つばかりなんじゃないかって、夢を見て飛び起きる日もあったとか。
だからこの世界が幻じゃない、自分の世界は、自分は変わったんだと確信したいために色んな事をやった。
勉強もそうだし、こっちの常識とか生活習慣になれるのもそう。
誉さんのお母様にくっ付いて家の手伝いをしたり、お父さんと草野球チームに入ったり。
その全てをただひたすら誉さんは「いいんじゃね?」と肯定して、見守り、寄り添ってくれたそうな。
「こいつ何事も全力投球だから、放置だと倒れるまで無理すんだよ。だから付き合ったほうが早かったんだ」
「そうやってこちらに馴染んでいくごとに不安が薄れていったんだ。それに凄く楽しかったし。お蔭で料理人になって店を持ちたいって思うようになった。それも誉が叶えてくれた」
「俺はなんもしてねぇ」
ぶすっとそっぽを向く誉さんだけど、竜崎さんはニコニコしてる。
これはあれだ、ツンデレってやつだ。
誉さんは全方向ツンツンしてるけど、竜崎さんにはデレる。
別に誰に対しても不愛想って言うんじゃない、けど八方美人でもない。その特別を作らない感じの人が、竜崎さんだけには直接間接問わず世話焼きを発揮する。
これ、萌木さん的には萌えじゃないかな? 今度会ったら話してみようか?
そんなことを考えていると、誉さんが腕組みしつつむすっと口を開く。
「とにかく、やりたいようにやらせてやれよ。所詮他人だ、彼女の心の中のことは彼女が決めないと前に進まない。お節介焼くより、顔色だけ気ぃつけてやんな。何処の世界でも身体が資本ってのは真理だ。倒れる前に心底から心配してるから、無理すんなって声掛けてやれよ。それぐらいしか他人にゃできない」
「……そう、ですね」
そう、他人なんだ。
僕は役目上、萌木さんと関わったに過ぎない。
これまでも研修とかで異世界からやってきた人と関わったことはある。
だけど萌木さん以上に気にかかる人はいなかった。
だって皆なんか助かったことに安心して、これからのことはゆっくり考えますねって感じで、僕が心配しなくても自分で折り合ってるように見えたんだ。
萌木さんみたいに、何とか早く自立しようとしてる人なんか初めてで。
「僕、結局他人事としてしか、皆さんのこと見てなかったのかな……」
僕が上辺しか見ていなかったから気づかなかっただけで、本当は皆、萌木さんのように自分の置かれた環境に慣れて、今の自分を固めようとしていたのかもしれない。
だとしたら僕の仕事は随分お粗末だったろう。
自分の人間としても職業人としての浅さも恥ずかしくなって、顔を伏せる。
するとポンっと目のまえにお猪口が置かれて、あれよあれよとお酒が注がれた。
「まあ、あんたまだ職員になって間もないんだろ? そういうこともあるさ。何事も経験だな」
「だけど、誉さん達と似たような年ですよ? なのに上辺しか見れてない……」
「年はな。だけど相談ボランティア歴は俺らの方が長いぜ? なんせ高校のときからやってんだから、年季が違うわ」
まあ、吞みな。
注がれた酒を勧められる。
でも僕一応公務員だから、奢りとかってちょっとマズい。竜崎さんや誉さんには仕事でお世話になることが多いし。
迷っているとニコッと竜崎さんが笑う。
「大丈夫だよ、誉が奢ったりするわけないから。しっかり伝票にそのお酒ついてる」
「ですよねー」
「おう、ちゃんと巻き上げてやるから心配するな」
でも伝票に付ける酒の銘柄は間違うかもしれない。
前に竜崎さんがそうやって笑ってたのを、不意に思い出した。
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