決着はあっさり
次の更新は来週の水曜日です。
インカムから入ってくる情報によれば、猪田さんと箕輪先輩はキビツヒコと合流するみたいだ。
僕は結界を維持したうえで、萌木さんの護衛と見学を続行……の予定だったんだけど。
『接敵、十秒前、九、八……』
長嶋課長補佐のカウントダウンに、僕は慌てる。だって宇宙エリマキトカゲ個体Bの影も形もない。
こっちの動揺に気が付いたのか、長嶋課長補佐が『ああ』とインカム越しに呟いた。
『ええっとね、ステルス能力があるみたい。キビツヒコの温度センサーとマジックスキャンにははっきり姿が見えてる。空からくるよ!』
「マジでー!?」
悲鳴をあげる僕に、萌木さんは何か察したのかさっと表情を変える。
それからきっかり三秒後、ドォンッという重たいものが地表に接した音が聞こえたと同時に、今まで何も無かった空間に爬虫類の質量を持った皮膚がゆっくりと現れた。それはやがて襟のある二足歩行のトカゲの姿をくっきり浮かび上がらせて。
「えー……本当にエリマキトカゲだぁ……」
「ええ、はい。エリマキトカゲなんですよ」
宇宙エリマキトカゲ、何処から見ても巨大なエリマキトカゲでしかない。
戦闘能力的には特に強いわけではないが、あの長い尾っぽを叩きつけられるとビルは壊れるし人は死ぬ。
人間を強いて襲ったりはしないが、何せデカい。デカいというのはそれだけで脅威なのだ。
あっちにその気はなくても、うっかりで四季島市民や職員を殺せてしまう。
うっかりで殺される気はないけれど、うっかりで市民を殺させてもいけない。そういうことをした動物は、有無を言わせず殺処分なんだから。
双方に無益な死を作らないために、僕らはモンスターや怪獣に向かっていくんだ。
と、意気込んだものの。
『ぎゃ!? ちょ、ちょっと!?』
慌てる長嶋課長補佐の悲鳴と、目の前で急にひっくり返る巨大エリマキトカゲと。
あ、まずい。
重量がとんでもない大きさのものが倒壊すると、当然近くにある建物や地面には被害がでるわけで。
だけどそこはキビツヒコ。人間の知覚以上の反応速度で、倒れるエリマキトカゲを確保。ゆっくりと地面に横たえる。
『えぇ……、ちょっと、なにぃ? 染谷君、近くにいるんだよね?』
「い、います! いますよ! スキャンします!」
目と鼻の先くらいの近くにいたわけだから、目視だけでスキャンできる。
「スキャンって、染谷さんそんなこともできるんですか?」
萌木さんが話しかけてくるのにブンブン首を縦に振って肯定しつつ、僕は自分の目に魔術をかけた。
物体の成分から状態、健康情報、成育歴、そういった情報が一気に脳に流れ込んできてきて、一瞬酷いめまい眩暈に襲われる。
解析や分析の魔術を総称して鑑定と呼ぶけど、使い手はあまり多くない。
情報が一気に流れ込んで来くる気持ちの悪さや眩暈が嫌厭される理由だ。あとプライバシー問題で色々ややこしいってのも。
本当は鑑定する物体に触れた方が制度精度がいいんだけど、宇宙原生生物は直接触れないのが原則とされている。
人間に悪影響の未知のウイルスや微生物を持っている可能性があるし、逆に人間が彼らに害をもたらすウイルスや微生物を保持している可能性があるからだ。
そんな説明をすると、萌木さんは「なるほど」と手を打った。
彼女にはちょっと申し訳ないけどリアクションはせず、鑑定を進める。
「……っと、疲労度合いが結構高いな。睡眠もとれてない感じで、栄養状況も不良……」
うーん、と顎を擦る。
それからインカムに話しかけた。
「課長補佐、空腹による気絶です」
『あー……なるほど。密猟組織から脱走して飲まず食わずで逃げて来て、今ここ、みたいな?』
「多分」
『ひどいなぁ、もう。分った』
憤りの乗った課長補佐の声に同意だ。
密猟って言うだけでも大概なのに、その割に大事にしてやらないのは何なの?
胸の悪い話だ。
萌木さんにも同じ説明をすると、エリマキトカゲへの同情か眉が八の字に下がる。
とはいえ、エリマキトカゲが気絶してくれてよかったかもしれない。
少なくともこれで無益な戦闘はなくなって、エリマキトカゲが傷つくことも、吉備津彦さんや長嶋課長補佐が危ない目に遭うことはなくなったんだから。
見ているとキビツヒコのボディーが輝いて、元の……とはちょっと違うけど、穏やかな埴輪の姿に戻る。
ふるさと納税のキビツヒコプラモは、魔術を通せば戦闘形態に変形する仕組みになってるけど、人気があるのは埴輪のほうだ。
皆、あの穏やかな武人の姿が好きなんだろう。僕だってそうだ。出来れば埴輪のままでいてほしい。
「ロボット姿も恰好良いですけど、私は埴輪さんのほうが好きかな」
ぽつんと萌木さんが呟く。
「僕もですよ。帰りに購買に寄りましょうか? プラモデル売ってるんです。六十分の一スケールキビツヒコHGとか、百四十四分の一スケールとか。埴輪のほうが素体で、魔力を通すとロボット型になるんです」
「え? そうなんですか? どうしよう。組み立てられるかな?」
「組み立ててあるのも売ってますよ。そっちはデフォルメされた人形っぽい二頭身くらいのやつなんですけど」
「えー……じゃあ、見学の終わりにぜひ!」
「ええ、大丈夫ですよ」
ってなわけで、一応宇宙エリマキトカゲ騒動は、どうにかこうにかこれで決着がつくみたい。
インカムからは確保したエリマキトカゲの保護に、箕輪先輩や猪田さんと一緒に国連の宇宙生物保護局の職員さんが合流したようで、色々話が流れてくる。
どうもこの宇宙エリマキトカゲは、同種族内でのみテレパシーのような通信手段があるらしい。
そのテレパシーで最初に地球に来た個体Aが、密猟組織の施設を脱出した個体Bを呼び寄せた可能性があるそうだ。
「そんな『地球良いとこ一度はおいで!』みたいな……」
「迷惑と言えばそうですけど、でも貴重な個体ですし。それ以前に死ななくていい生物が死なずに助かって良かったかな……」
「それはそうですよね」
漏れ聞こえる情報を総合して、萌木さんに言える話をする。
彼女は困った顔をしていたけど、一つの命が助かったことに関しては柔く微笑む。
穏やかな雰囲気になったところで、通信が入った。課長からだ。
避難解除されてしばらく、漸く市民の皆さんにも無事にお帰りいただけたみたいだから、事後処理の話かな。
『そのまま萌木さんと食事をとってきなさい』
「え? でも、事後処理……」
『他の職員も順次食事に行かせます。帰ってから説明がてら、書類仕事の見学をしてもらうように。今、課内には見せられないものがありますし、国連の宇宙生物保護局職員に彼女を引き抜かれても困ります』
「あー……解りました。そのようにします」
『よろしく』
遮音の魔術をインカムの向こうからかけてあったようで、萌木さんの耳に課長の言葉は聞こえていないみたいだ。
僕の言葉を待っている彼女に、穏やかに話しかける。
「食事に行っていいそうです」
「え? でも、事後処理とかは……」
「国連の職員さん達と課長が詰めているそうなので、今課に戻っても仕事にならないみたいなので」
「対応で揉めてるとかですか?」
「いえ、そう言うんじゃなく。報告書に必要な書類の確認ですかね。僕らは県に提出するだけなんですけど、職員さんが資料として添付してほしいものがあるとかないとか。聞いておかないと後で何度も問い合わせがあったりして面倒臭い、じゃない、手間がかかる、じゃない、えぇっと……」
「ああ、時間がかかりますもんね」
「そういうことです」
お互い浮かべた爽やかな笑いに、ほんの少し不穏なものが混じる。
歯にぶ厚い衣を着せたり、猫を百匹くらい被ったり。
それは社会人に必要なスキルなのだ。
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