どこもかしこもイッパイアッテナ?
次の更新は来週の水曜日です。
殺さずに捕獲っていうのは結構難しい。
とはいえ一匹だけならうちは実績がある。
そしてその実績を持つ箕輪先輩が、先日捕獲し、今脱走して四季島に向かっている個体の捕獲に赴いているそうだ。
こういうときのセオリーは各個撃破。殺さないけど。
『こちら箕輪、宇宙エリマキトカゲ個体Aが完全に四季島市に踏み込んだんで対処します!』
『はいはーい、こちら長嶋。よろしく~。個体Bは四季島到着までまだかかりそうだから頑張って~。作戦は命大事に』
『りょっす!』
インカムからは忙しなく状況が流れてくる。
聞こえるように設定し直したから、今の会話は萌木さんにも聞こえているんだけど、彼女はふわっと瞬きした。
「あの、そのエリマキトカゲ個体Aって保護施設にいたんですよね?」
「はい、そうですよ」
「どうやって脱走したんでしょう? それに他の自治体とか、協力してくれないんですか?」
もっともな疑問だよ。
だけど簡単な話でもある。
「保護施設って山奥か、海のど真ん中の孤島にあるんですよ。過疎地域なので税収が少ないんですね。税収が少ないから、保護施設を受け入れる代わりに予算が町村に下ります。でも人材は自前調達です」
「あー、あー、なるほど」
今回宇宙エリマキトカゲ個体Aの保護施設は海の上の住民二千人前後の小さい島にあった。
異能者も当然少ない。
そういう場所では住民の避難が何より優先で、脱走に対する責任はあるにしても、捕獲に携われなくてもそれに対しては致し方ないとされている。
今回は恐らく宇宙エリマキトカゲAの生態が、彼の保護施設で保護できる生物の想定を超えた能力を持っていたのが原因じゃないんだろうか。
初めて見た生物の能力を瞬時に計測できる能力や機械はあっても、相手が生物である限り予測を超えてくる。中には生体情報を隠蔽できる能力を持つ生物だっているんだから。
原因究明は必須、責任追及も必要。だけどあまりに厳しすぎると人心が委縮して、次は人災を生じる。
そういうわけで、あまり厳しい処分は今回考えられにくい。
あくまで、これが意図的に起こったことでなければ、だけど。
「意図的でなければ?」
「はい、意図的でなければ」
萌木さんにはまだ説明していなかったけれど、世の中には巨大生物を「神の御使い」と称して崇め奉るカルト宗教がある。
昔々、その宗教団体の信者が職員として保護施設に就職して、そこに保護されていた巨大生物を意図的に脱走させるというテロが海外であったのだ。
勿論そのカルト集団は海外では禁教扱いだし、宗教団体じゃなくテロ集団としてマークされている。日本でも公安の監視対象だし、年一で団体施設に立ち入り調査が行われているくらいだ。
おまけに二年に一回くらい、その団体が起こした事件の検証番組を何処かのテレビ局がやってる。事件を絶対に風化させないために。
さらに四季島市では季節ごとに、課長が不法召喚された邪神の脳天に雷上動で風穴を開けて差し上げる動画が公開されている。
四季島でアレなことしやがったら、脳天に風穴あけてやんよっていう?
まあ、季節ごとに動画が公開されるのは「春の不法召喚撲滅週間」だったり、「夏の不当召喚拉致を許さないキャンペーン」だったり、「秋の違法生物飼育取り締まり強化月間」だったり、「冬の異世界交流記念週間」だったり、そういうタイミングがあるからだけど。
そんな話をすると、萌木さんが興味深そうに頷いた。
「課長さん、お強いんですね……!」
「はい。日本全国の地域包括不可思議現象対策課課長の中で最強の呼び声も高い人です」
「とてもそんな荒事をするようには見えないのに……」
「ああ、解ります。課長、雰囲気がとてもノーブルなので」
そうなんだよ、あの人本当にノーブルでさ。
スリーピースのオーダーメイドスーツにピカピカに磨かれた革靴、アーチェリー用のグローブを付けて戦場に来たときは違和感半端ない。なのに戦闘を始めたら、背中がぞわぞわするくらい強者オーラが出るんだ。
その癖戦う課長の傍にいても汗の臭いも血の匂いもしないどころか、物凄く爽やかなシトラスの風を感じる。
なんというか、あれはもう同じ男性っていう生き物じゃない。そんな気さえしてくる。
「おモテになるんでしょうね……?」
「え? 萌木さん、興味ある感じです?」
うっかり出たって感じの萌木さんの呟きを、耳がしっかり捉えてしまった。
なのでこれまたうっかり返しちゃったんだけど、萌木さんはちょっと微妙な表情になる。
一瞬頭に「セクハラ」の四文字が浮かんだけど、それは萌木さん自身に粉砕された。
「や、ラノベとかアニメとか漫画の主人公みたいな人だと思ったもので」
「あー……、たしかに?」
「でも私としてはバディ萌えなので、その、失礼だと思いますが課長補佐さんとは単なる上司と部下の関係であってくれれば、と」
萌え、か。
萌木さんが住んでいた日本にも、そういう概念があるのか。
こっちと本当によく似ている。
妙なところに感心しながら、僕はわずかに頷いた。
「そういうことなら大丈夫ですよ、課長は既婚者ですので。お相手は長嶋課長補佐では勿論ないです」
「あ、そうなんですか! 良かった!」
個人情報は勝手に開示するのは本来なら良くないんだけど、地域包括不可思議現象対策課に萌木さんが勤務するようになれば自然に解ることだから。
戦場に出るときは別として、課長の左手の薬指には結婚指輪が常に煌めいている。
偶にその結婚指輪をものともせず課長にすり寄る人もいるけれど、課長は全く眼中に入れていない。仕事の邪魔をするなら、即座にその人の上司か人事に苦情がいく。
なので地域包括不可思議現象対策課に配属されると、まずそれとなく「課長は既婚者」って大きな釘を周囲がぶっ刺す。特に女性職員が積極的に。
まあ、課長が既婚者で喜んでる萌木さんには関係ない話か。
『っしゃ! 個体A確保!!』
インカムから大きな声が聞こえてきた。
箕輪先輩がどうやら宇宙エリマキトカゲ個体Aの捕獲に成功したみたい。
だけどインカムからは特に大きな音とか聞こえなかった。
前回箕輪先輩と宇宙エリマキトカゲ個体Aの捕獲をしたときと雲泥の差の静けさに、ちょっと疑問が湧く。
バラバラと上空ではヘリが飛んでいるけど、また前みたいにヘリから飛び降りて木刀で殴って気絶させたんだろうか?
僕と同じ疑問を持ったのか、長嶋課長補佐の質問が飛んだ。
『あれ? もう終わった?』
『っす。なんか俺に前回ぶん殴られたの覚えてたみたいで、木刀見せたら大人しくなったからその隙にグレイプニルで拘束して。後は魔術で眠らせてもらいました』
『あら、今回は保健所職員の睡眠魔術効いたの?』
『や、国連の宇宙生物保護局が丁度到着したんで』
『あらら、あちらさん動きが早いね』
一緒に状況を聞いている萌木さんは「グレイプニル?」「宇宙生物保護局?」と、聞き覚えの無い単語なのか、しきりに首を捻っている。
この辺りの説明は後でも大丈夫かな?
だってどうせまだ一匹、宇宙エリマキトカゲの保護が残ってるし。
『なんだったら個体Bの保護もやってくんないかな?』
『政府が睡眠魔術の行使以外の許可を下ろしてくんないんですって』
『マジか~。まあ、キビツヒコまで出してるしね。それで他所から来たお役人さんに活躍されたら、四季島市はともかく政府の立場がないからねぇ。しゃーない』
『俺もそっち行きますか? こっち猪田さんとか応援に来てくれたんで』
世知辛い公務員トークに、萌木さんが苦笑いしながら僕を見る。
うん、いや、できればこっち見ないでもろて。
お読みいただいてありがとうございました。
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