似ているようで全く違う物
次の更新は来週の水曜日です。
長嶋課長補佐も年齢の割に出世が早い。
それはとりもなおさずキビツヒコの出動回数が多いってことなんだよね。
四季島市だけでなく周辺の市町村から出動要請があって、四季島市から出向する回数も含めると年間片手の指じゃ足りないくらい出動してるからだ。
四季島以外で巨大ロボを所有しているのが三つほど県を跨いだところだから、それら地域をカバーするのに年間片手の指くらいで済んでるなら少ないほうかもしれない。
長嶋課長補佐の初陣は、花珠課長が指揮を執った伝説のスタンピードのときだ。
花珠課長は長嶋課長補佐の新人教育も担当していたそうで、その頃からの有能な上司部下コンビなわけだ。
「絆があるってことですね!?」
ぽうっと頬を僅かに染めて、萌木さんが食いついて来る。
長嶋課長補佐に自分達がいるビルの場所を報告すると、そこはどうもキビツヒコの進路のすぐ近くだったようでこのまま待機ってことになった。
萌木さんにも鬼道戦士を直接見てもらうために。
目を輝かせる萌木さんは「素敵」と、胸の前で手を祈るように組む。
「職場、お互い有能で信じられる絆を持つ部下と上司……! 素敵じゃないですか!」
「あー……そうですか?」
「そうですよ! ドラマみたいじゃないですか!」
ドラマといわれても、僕にはそれが日常なわけで。
特に感動もなく話を聞いていると、萌木さんは僕の感想にちょっと不満があったらしい。口をつんと尖らせた。
「信じられる仲間がいるって素晴らしいことじゃないですか。しかも背中を合わせて戦えるとか! 私が読んでた小説にもそういうの沢山ありましたよ!」
「いやぁ、そりゃあ、僕達地域包括不可思議現象対策課は皆仲間ですし。信用できない相手と組んだら、下手したら殉職ですから」
「あ、そうでした……。不謹慎でしたね、私。ごめんなさい」
「いえいえ、そんな謝られるようなことではありませんから」
実際テレビドラマでも地域包括不可思議現象対策課が舞台のバディものとかあるしね。
そう言って手を振る。
すると萌木さんがきょとんとして、尋ねてきた。
「え? 実際あるんですか、そういうドラマ」
「ありますよ。実在の地域包括不可思議現象対策課とはかけ離れた話だったりしますけど」
「どんなふうに?」
どんなふうにと改めて聞かれると、これが。
「例えば地域包括不可思議現象対策課の職員が常に封印指定武器を携行していたり、警告なしで不法召喚された召喚物に攻撃したり? それに殉職者が毎週のように出たり、殺人事件を捜査したり……」
「なんか、往年の刑事ドラマっぽい……!」
「そうなんですね? こちらも刑事ドラマありますけど、それも実態とはかなり違うって聞きますね。捜査協力したときに関わった警察の方が仰ってました」
「お、おう……」
萌木さんがちょっと引いてる。
僕達地域包括不可思議現象対策課は殺人事件の捜査とかしない。
それは警察の管轄だし、異能で行われた殺人であれば捜査協力はするけど逮捕権限とかはないから、僕達が犯人に行き当たっても出来ることは私人逮捕くらい。
だいたい殺人事件で捜査協力とか極々稀。
大概は盗品の鑑定……遺跡系ダンジョンからの盗掘品の可能性のチェックとか、登録指定のあるモンスターを登録せず不法に飼育してたとか、そういう職員に危険が少ないものだ。
不法召喚を行った召喚師にしたって、身柄確保した後は警察に引き渡してるしね。僕達が殺るのは説得に応じて帰還してくれない魔物や邪神やらだけで、基本的に人間の相手はしないんだよ。それは警察の仕事。
「熊とか、害獣の対応に市役所の人が駆り出されるのと同じ感じですか?」
「そうですね。単に熊や鹿、猪などの指定管理鳥獣ならば四季島市では生活環境部がやります。でも魔力を持った獣だと僕達地域包括不可思議現象対策課の管轄になりますね」
「なるほど……?」
基本的に市役所は害獣に対応しない。相談窓口があるだけだ。
けどこの「指定管理鳥獣」はその限りじゃない。
指定管理鳥獣ってのは放っておくと、農産物や人間その他の種族の生活に大きく影響を及ぼす鳥獣のこと。つまり熊やら鹿やら猪やら猿やら。
それに関してはお住いの市が猟友会等々と協力して対応に当たる。それこそ捕獲だの駆除だので職員が駆り出されるんだ。
だけどこれが魔力をもった獣、つまりモンスターになると僕達地域包括不可思議現象対策課のお仕事なわけだ。だって奴らに生半可な武器は通用しない。
僕達異能持ちだったり、魔術を使えたりする人間は、そういう生半可な武器では倒せない魔物と命がけで戦って、戦う力を持たない人間達に怖がられないように生きてきた訳だよ。
どんな力を持ってたって数の前には無効化される。そして異能者よりも何の力も持たない人たちのほうが数に勝るんだ。
若干遠い目をしてるのが萌木さんにバレないように、咳払いを一つ。
「そんな訳で、地域包括不可思議現象対策課の仕事は多岐に渡ります。泥臭いことも多いので、ドラマで見る程派手さはないですね」
「そうなんですね。今度そのドラマとかも見てみます。お勧めのタイトルあります?」
「え? えー、そうですね。『あぶない不可』とかですかね?」
「あぶない、ふか?」
僕が言った言葉を、持ってたメモ帳に萌木さんが記入する。
そんなメモしなきゃいけないような重要情報じゃないんだけどな。
因みに「あぶない不可」とは、とある市の地域包括不可思議現象対策課の職員二人のバディもので、不法召喚で人類が危機に陥りそうなものが呼ばれたり、不当召喚拉致の被害者を救出するために異世界の軍隊とドンパチしたりっていうハチャメチャが毎回繰り広げられるドラマだ。
毎度毎度用もないのに封印指定武器を持ち歩いていたり、いきなりそれをぶっ放したり、犯人の脳天に風穴明けても始末書で済んだりっていうデタラメすぎる内容ゆえに、完全なるエンターテインメント作品である。
嘘っぱちゆえに地域包括不可思議現象対策課職員でも楽しめるという評価と、それとは反対に噓っぱち過ぎて胃が痛くなるという評価に分かれるけどね。
現実にあり得ない話だから安心して僕は視られるけど、猪田さんは「あんなことして異能に対する法規制が強まったらどうしてくれるの!?」と思うと胃がキリキリして見ていられないそうだ。
それはいいとして。
「もうすぐですかね」
腕時計をみれば、あと少しでキビツヒコが僕と萌木さんがいるビルの上を通過していく。
他都市の鬼道戦士がどうかは記憶にないけど、四季島の鬼道戦士キビツヒコは空を飛べるように改装してある。これは先代操縦者の長嶋課長補佐のお父様の発案で、吉備津彦さんも「空を飛べるとかいいじゃん」ということでそうなった。
「『いいじゃん』って……」
「はい。吉備津彦さんは人間体であったころから空を飛んでみたかったそうで。飛行用ユニットを背負うことで、空中を高速で移動できる仕組みになってます」
「あー、なんか、アニメで見たことある! 背中に飛行機の羽というか飛行機背負うような!?」
「そんな感じですね」
ちょっと興奮気味の萌木さん。
もしかしてそういうアニメがお好きなんだろうか。
だとしたら今から飛んでくるものも結構お気に召すかもしれない。そうだったら見学が終わったら、萌木さんを市役所の売店に連れてってあげよう。
キビツヒコの六十分の一スケールのプラモデルが売ってるから。ふるさと納税でも評判いいんだよね、六十分の一スケールキビツヒコHG。百四十四分の一スケールもある。
キーンと遠くから大きなものが飛んでくる音が聞こえて、萌木さんがそちらに視線を移す。僕はといえば安全確保のために防御結界を張った。キビツヒコが飛んでくる時の風圧を防ぐために。
無風状態の透明なドームの上を大きな人形の物体が飛んでいくのを目の当たりにして、萌木さんが目をかっと見開く。
そして。
「え? 土偶?」
「惜しい、埴輪です」
赤茶色の土で出来た太古の鎧を身に着けた武人が、空を駆け抜けていく背中を見送った。
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