哀、戦士……。
次の更新は来週の水曜日です。
キビツヒコと呼ばれているそれは、元はといえば遺跡からの出土品。
日本には古くから巨大な怪異やらモンスターが出て来ては、人やそれ以外の住人達を困らせてきた。
それに対抗するために陰陽道やら呪術やら鬼道やら現在では魔術と大きく括られている術や、色んな戦闘技能を生み出し継承してきた。
中でも鬼道と巨大な攻城兵器のような能力を持たせたカラクリ人形技術を融合させたものを、鬼道戦士と呼ぶ。
この鬼道戦士がキビツヒコの大元で。
「え? 出土品使っちゃうんですか? 文化財的に保護するんでなく?」
「いえ、普通の鬼道戦士ならそうするんですけど……」
出来ないというか、しない方がいい事情が存在した。
それが「キビツヒコ」が「キビツヒコ」という名前を付けられた所以なのだけれど。
「話せばかなり長い話になりますが」
「はい。一応確認しますけど、そのお話は一般教養の部類なんですね?」
「そうです。幼稚園児の読む絵本売り上げ年間一位になったこともあるくらいメジャーな話です」
「わぁ」
萌木さんの目が遠い。
萌木さんの住んでいた日本´(ダッシュ)には、巨大兵器はなかったのかな……。
まあでも、鬼道戦士みたいなものはなくても、ゴーレムとかホムンクルスとかがある場合もあるしな。
話を「キビツヒコ」に戻す。
キビツヒコには意思のようなものがあったのだ。
太古、キビツヒコが製造された時代には温羅という、人間に害をなす存在があったという。これも歴史家によって色んな説が提唱されていて、「魔族の中の有角族の中でも特に凶悪な一族がそう名乗って、人間やエルフや獣人達を搾取していたんでは?」っていうのが今のところ一番有力な説だ。
それでこの温羅という存在、かなり巨大だったそうで対抗するにも小さな人間の力ではどうしようもなかった。
そこで当時の獣人やエルフが鬼道を提供し、ドワーフがからくり人形部分を担当。そうして鬼道戦士は作り出された。
「……あれ、人間は何を提供したんです? あ、操縦者が人間?」
「はい。でもそれだけじゃなくて、ですね」
「?」
「魂を」
「え?」
「鬼道戦士は機体と人間の魂を融合させて、初めて完成するんです」
「!?」
かっと萌木さんの目が大きく見開かれる。
そりゃそうだろう。
いかに魔術や異能がなく、怪獣やら怪異のいない世界の人だって、魂を無機物に融合させるっていうのがどんなことなのか、察しがつくはずだ。
勿論そんな技術は今では禁呪として封印されているし、使おうものなら問答無用で無期刑を食らう。いや、裁判はあるけど無期刑よりは情状酌量しても軽くはならない。
ただこれには理由もある。
魔術は等価交換が原則。無機物に意思を宿らせるには、魂を用意しないといけない。そして融合実験自体はエルフもドワーフも人間も魔族も獣人もやるにはやってるんだ。でも無機物に魂として宿れたのは人間しかいなかった。だから人間が魂を捧げることになったのだ。
裏を返せば温羅という存在は、そんな悍ましくも強い意志をもってあたらねばならないほどの、あらゆる種族にとって危険だったということだろう。
で。
「キビツヒコには吉備津彦さんという人の魂が現存してまして……」
「え、えー……」
「温羅を倒したあと、自分に搭乗していた妹さんに、ご自身の処分を依頼されたそうです。ほら、過ぎたる力は身を亡ぼすっていうじゃないですか? 温羅を倒した後、誰がその鬼道戦士を所有するかで、揉めそうな気配があったんだそうです。なので自分は温羅を倒す最終決戦で破壊されたことにしてほしいって」
「そんな……」
萌木さんの顔が悲し気に歪む。
でもこれって、いつの時代も繰り返されてきたことだし、現に今の世界でも起こってる。
だってABC兵器が国際的に禁止されたら、そこに呪術だので手を加えた兵器を作ったクソ馬鹿はいるし、鬼道戦士を小型量産化するのに子どもに虐待を繰り返した外道畜生もいるんだ。
過ぎたる力は、滅びを呼ぶ。真理だ。
だけど、話には続きがある。
「でも妹さんは、命をかけて自分達を守ってくれたお兄さんの機体を壊すなんて出来ませんでした。それに戦いがこれで終わりとも思わなかった。なので厳重に封印をかけて、お兄さんをとある遺跡に封印したんです。それが四季島市にあったわけなんですけど、うっかり現在の搭乗者である長嶋課長補佐のお祖父さんが、吉備津彦さんを起こしちゃったそうで」
「うわぁ……。っていうか、うっかり?」
小首を傾げた萌木さんに頷く。
そう、うっかり。
もう本当にうっかりとしか言えないと、長嶋課長補佐は遠くを見る目で語ってくれた。
長嶋課長補佐のお祖父さん、史跡見学が趣味。ついでに発掘調査が出来るだけのスキルと資格をお持ちだった。なので趣味の遺跡発掘ボランティアに参加して、キビツヒコを掘り当てたのだ。
その際なんとキビツヒコの鼻先にうっかり躓いて、そこを蹴り飛ばした感じになっちゃったらしく。その鼻先への衝撃がキビツヒコの封印解除の鍵だったそうで、千年余の時を超えてキビツヒコを目覚めさせてしまったのだ。
「あー……えー……?」
「で、すったもんだありまして。目覚めた吉備津彦さんは四季島市の市民権を得る代わりに、現在の魔道科学で鬼道戦士の機体を改修と補修を行い、巨大ロボ・キビツヒコとして地域包括不可思議現象対策課で活動してもらっている、という」
「それは……なんというか……」
物凄く複雑な表情の萌木さんの目には、同じくらい複雑な表情の僕が映っている。
ただ、これにはいい側面もあって。
吉備津彦さんの協力のお蔭で、近年鬼道戦士と融合した人の魂をある程度分離できるようになってきたのだ。鬼道の縛りがまだ強すぎて、機体から完全解放はできない。しかし、何か依り代があればキビツヒコの機体から吉備津彦さんの魂をそこに移せるようになった。なので魔術と錬金術と科学を駆使してつくったホムンクルスの身体に吉備津彦さんの魂を移して、普段は人間として生活なさっているのだ。
でもまだこの技術は制約があって、長時間並びに長距離、吉備津彦さんはキビツヒコの機体から離れられない。
ゆくゆくは機体から完全に吉備津彦さんの魂を切り離すため、いまも研究は続いている。
何故か?
日本の各地に鬼道戦士が眠っているという情報があるし、中には目覚めている物もあるそうだ。彼らを解放してあげたい。
そう考える人が沢山いるから。
長嶋課長補佐はお祖父さんからその願いを引き継いで、搭乗者としても研究者としても地域包括不可思議現象対策課に所属している。
「そんなこともあるんですね……」
「はい」
「え? でも、魂は今人間の生活を送ってるんですよね?」
「ええ、はい。吉備津彦さんのホムンクルス体は、キビツヒコの出動要請が出てるので研究室で寝てると思います。それで魂はキビツヒコの本体で長嶋課長と一緒にいるかと」
鬼道戦士は魂が入ってないと上手く動かせない。
それは魔道科学で補強しても無理なんだそうな。これはその改修で魔導言語プログラミング導入に関わった誉さんが言ってた。機体の魔術回路が人の魂を基盤として作られているから、がっちりと吉備津彦さんの魂に鬼道が食い込んでいるそうな。
無理に引き離すと吉備津彦さんの魂が破壊される仕組みになっているとか。逆にいうと、吉備津彦さんの魂が破壊されない限り、自動修復装置が稼働して無限に戦える。
「これ作ったヤツ、悪辣だし悪趣味だし超外道だと思う」とは、誉さんの言だ。
誰かを守るために誰かを人柱にする。
鬼道戦士は温羅の存在と共に歴史の彼方に消えていった。
それはこのグロテスクさに、当時の人も気が付いたからかもしれない。
お読みいただいてありがとうございました。
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