何でもありと言えば、そう。
次の更新は来週の水曜日です。
避難する市民の誘導は整然と完了。
日本人はこういうとき粛々とこちらの指示に従ってくれる人がほとんどなので、大した混乱はいつも起こらない。
こういうのはお国柄みたいで、萌木さんがいた世界でもそうだとか。
苦しいのはみんな同じ、自分だけ優遇されようなんて思っては駄目。そういう教育が行届いているともいえる。
というか、自分だけが良ければいいっていう行動をとると、大概酷いめに遭うのがお約束と化してるっていうのも理由かもしれない。
英雄譚に事欠かない日本は、非常時に自分を優先させた誰かの失敗談、それも命を失ったりするような逸話にも事欠かないからだろう。
特にこの四季島市は今なら幼稚園生でも、以前に起こったかなりひどかったスタンピードで「自分さえよければいい」という典型的な行動をとって、刑務所の中で余命を数えている人間がいるのを知っているので。
避難自体は予定してたよりほんの少し早く終了。
避難計画が正しく作られていた証拠だけど、これで「もっと早くできないのか?」とか「もう少し人員を減らしても上手く稼働できるだろう」なんて言い出す議員さんとかが出ないといいけどね。
それはそれとして。
僕と萌木さんは、宇宙エリマキトカゲを誘導する場所として指定された市営運動場の近くのビルに来ていた。
非常時用の法律でこの辺りのビルは臨時接収されている。
なるべく近隣の建物を壊させないようにするのが僕らの仕事なんだけど、ダメな時はダメだ。だからそういうときは政府から建て直しのための補助金が出るし、災害用の保険が各種保険会社から出てて、加入しておくことが自社ビルを建てる時の必須条件となっている。
そんな法律的な説明をしつつ、宇宙エリマキトカゲの到着を待つ。
状況はインカムから流れてくるようになっているから、逐次情報は萌木さんにも伝えている。
「凄いんですね。もう市民の皆さんの避難と収容が終わったなんて」
「まあ、慣れもありますので」
「慣れるくらいそういうことが起こるってことですね?」
「……萌木さんもそのうち慣れると思いますよ」
「そうですね。ここで暮していくんだし、仕事も地域……えぇっと」
「地域包括不可思議現象対策課、ですね」
「はい。地域包括不可思議現象対策課でお仕事するなら、猶更ですよね」
萌木さんの噛み締めるような言葉に、僕は答えない。
そりゃ萌木さんのような能力者に来てもらったら助かる。助かるけど……。
何とも言えなくて少し目線を逸らすと、僕の影がにゅっと形を変えた。そして色濃くなったそこからドラゴンが顔を出した。
「遥、今日はアタシは出ないでいいのかい?」
「へぁ!?」
地面の僕の影からいきなり出てきた爬虫類っぽい顔に驚いて、萌木さんが悲鳴を上げる。ああ、彼女にはマーテル姐さんのことは言ってなかった。
とりあえず姐さんに「今日は出動命令出てないよ」と告げれば、マーテル姐さんはつまらなそうに「そうかい」とだけ答えて、また僕の影の中に引っ込む。
「あ、あの!? あれ!?」
「ああ、僕のパートナーのドラゴンです。僕と契約して、召喚獣になってくれてるんです」
「えぇーっ!? この世界、ドラゴンまでいるんですか!? 凄い!」
萌木さんが両手をブンブン興奮して振り回す。けど怖いほうの興奮じゃなくて、興味津々な感じ。
そういえば萌木さんのいた「日本」は、魔術だの精霊だのエルフだのは皆空想上のこととされていると聞いた。ドラゴンだってそうなんだろう。まあ、こっちだってドラゴンは流石に珍しい。
凄い凄いと言ってくれる萌木さんだけど、ふとその声が止まる。
どうしたのかと思って首を少し曲げると、萌木さんがはにかんだ。
「すいません、はしゃいじゃって……」
「ああ、いえ。皆さんそういう反応をなさいますよ」
「え? ドラゴン、その辺りにゴロゴロいるんじゃないんですか?」
「あー、絶滅危惧種とかではないですけど、街中にゴロゴロいるような生き物でもないですね」
「そうなんですか……」
ちょっとがっかりした感じ。
もしかしてあれか? 気軽に触れる生き物だと思っちゃったのか……。
これは一応こちらの常識内の情報を話しておいた方がいいだろう。僕は「萌木さん」と呼びかけた。
「はい」
「ドラゴンはたしかに魔物の一種とされていますが、彼らは普段精霊界という薄皮一枚隔てた世界に住んでいて、中々こちらに出てくるようなことは無いんです。極まれに召喚魔術の使い手の喚起に応えてくれることはありますけど」
「じゃあ、あのドラゴンは染谷さんが召喚なさったんですか?」
「いいえ。彼女はちょっと特別な事情がありまして」
にこっと笑う。これは「これ以上は話せません」という合図だ。暗黙の了解が通じるということは素晴らしい。萌木さんは「そうなんですね」と言ったきり、事情は追求しなかった。
代りに。
「その、私も望めば召喚魔術とか使えるようになりますか?」
凄く真面目な顔で問われる。
彼女は治癒術取扱者資格甲種の実技に即通りそうな魔術適性と、アンデッドへの高い攻撃適性はあった。けど召喚魔術適性に関しては然程高くなかったはず……。
でも召喚魔術というのは適性の高い低いだけで、出来る出来ないが決まるものでもない。
正直に話すと、萌木さんが疑問符を顔に貼り付けた。
「えぇっと、適性が低くても召喚魔術が使えることもあれば、高くても召喚魔術が使えない場合があるという……?」
「はい。召喚魔術は召喚に応じてくれる存在がいて初めて成立する魔術なんです。なので適性があったとしても召喚に応じてくれる側がいないと使用できないし、反対に適性が低くても応じてくれる側がいれば使えるんです。究極、相手あっての話といいますか」
「ああ、要するに結婚したくても一人じゃできない、みたいな?」
「ビミョーな例えですが、極端に言えばそういうことです」
本当にビミョーな例えだけど。
因みに召喚魔術師は登録制になっており、必ず国に住所氏名と契約を交わした存在を明かしておかなくてはいけない。
召喚魔術を行使する際は最寄りの役所に届け出ないといけないし、それらをせずに召喚を行うこと自体が違法だ。だって悪気無く邪神呼び出すお馬鹿さんがいるんだもん。縛っとかないと何に使うやら。
ただ地域包括不可思議現象対策課、並びに軍隊・警察の職務行動の最中においてはこの限りでない。あとで報告書を書かされるけど、そこは国民の皆さんの生命と財産を守るためなので。
そんな話をしていると、インカムから僕に呼びかける声が聞こえてきた。
『染谷くーん、キビツヒコだすことになるからどこのビルにいるか教えてー?』
きゃるんとした華やかな女性の声に、僕は眉を僅かに上げる。
「長嶋課長補佐? キビツヒコ出すんですか?」
声の主は長嶋課長補佐で、花珠課長の後輩にして四季島市の切り札その二だ。
その一の課長は切り札っていうより最終兵器だけどね。
萌木さんに聞こえないように小さな声で尋ねると、向こうからは全く焦りの無い声が返って来た。
『うん。さっき宇宙航空管理局から連絡あって、何か宇宙エリマキトカゲの二匹目がこっちに向かってるっぽいって。どっちも相手にするのは流石に箕輪君やら猪田さんがいても難しいだろうから』
「え? じゃあ、僕もそっちにいきましょうか?」
『うぅん。一匹目は箕輪君の顔見て大人しくなったみたいだから、大丈夫。それより期待の新人さん候補ひっつかんで離さないで!』
「あ、はい」
長嶋課長補佐も、萌木さんに期待してるんだろう。それに下手に彼女だけを避難させるよりは、僕と一緒に行動しているほうが危なくない。それにこの世界に対する不安感や疑問を、実際目の当たりにしつつ、都度説明していく方がきっと馴染むのを早められるだろう。
こてりと首を傾げて僕を見ている萌木さんに、にこっと笑顔を作る。
「キビツヒコが出るそうなんで、それも見学しますか? 巨大ロボなんですけど」
巨大ロボって単語に、萌木さんの目が点になった。
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