おいでませ、地域包括不可思議現象対策課。
次の更新は来週の水曜日です。
萌木さんの職業体験の申請をしてからかれこれ一週間ほどが経った。
地域包括不可思議現象対策課は正直に言うとなり手が足りない。
いや、四季島市の地域包括不可思議現象対策課に限っては、花珠課長が課長になって以来ずっと、募集定員を大きく上回る配属希望者があるんだけど、それでも欲しい技能・異能持ちは中々。
今現在集中的に募集しているのは萌木さんのような後方支援特化の技能・異能持ちだ。実は僕も後方支援枠で採用されたんだけど、僕はオールラウンダー型だったので。
後方支援だけじゃなく前線で戦うことも出来れば、戦線を維持しつつその場で自身含めた味方の回復に使えるっていうことで、嬉しくないけど重宝がられている。
因みに僕は治癒術取扱者資格丙種資格持ちだ。あらゆる状態異常を回復させられ、瀕死からある程度まで回復させられるけど、蘇生は無理っていう。
僕、わりと魔術というか精霊ちゃん達と相性がいいから、契約出来ない魔術ってなかった。だけど、こと蘇生系とはなんか相性が悪いっぽい。精霊ちゃんに言わせれば契約出来る資格はあるけど、取得に至ってないそうだ。その資格が何なのか、それに気が付くまでが資格取得への道みたい。
それはそれとして。
今日、萌木さんの職業体験が実施される。
本来ならもう少し許可が下りるのに時間がかかるんだけど、萌木さんが後方支援特化という、四季島市地域包括不可思議現象対策課が喉から手が出るほど欲しい人材だったため、課長が何をどうして滅茶苦茶頑張ったらしい。
そして就業時間の九時。
実際はもっと早いというか、地域包括不可思議現象対策課はその業務上二十四時間対応なので、九時五時以外にも早番遅番なんてのもある。
でも今日はお試しなので九時五時だ。
「おはようございます」
頭を下げると、萌木さんからも挨拶が返って来る。
地域包括不可思議現象対策課のあらましを花珠課長からオリエンテーションとして聞いた後、僕と課の仕事を見学する手筈だ。
まず市役所の中の地域包括不可思議現象対策課のフロアへ。
彼女は何度も地域包括不可思議現象対策課の相談室に訪問しているから、場所に関して今更説明する必要はない……こともない。
「普段おいで願っている相談室のある二階のワンフロアが全て地域包括不可思議現象対策課のオフィスとなっています」
「え? そうなんですか?」
「はい。実は今まで課で対処してきた事例の資料なんかがありまして」
現行事件の資料はデーターで残すことになってるんだけど、魔導コンピューターが導入されるまでに起こった事件の資料は基本手書きだ。当然紙媒体。
一応データーにして魔導コンピューターのネットワーク上に残す作業は進められてるんだけど、数が多すぎるし、何より次から次から資料が出てくるもんだから。
人海戦術っていっても、一旦事件が起こるとその人達だって前線後方の違いはあれど、対処に動員されるわけだし。
「それで広いんですか?」
「魔導コンピューターがかなり場所を取るのもありますが、封印指定されている武器なんかも置かれているんです」
「武器って……? それに封印指定、ですか?」
「はい。ほら、萌木さん達が不当召喚拉致された現場に乗り込んだとき、僕らは武装してたと思うんですが」
「ああ、そういえば」
廊下を歩きながら萌木さんに説明すれば、彼女はぽんっと手を打った。
それから「ん-?」と唸ってから、眉を八の字に曲げて口を開く。
「あの、体験させてくれって言っておいてなんですが、そういうことを私みたいな部外者に話していいんですか?」
「え? ああ、そうか……。萌木さんはまだこちらに来て間もないから慣れないでしょうが、地域包括不可思議現象対策課に封印指定の武器が置いてあるのは、幼稚園児でも知っている常識なんです」
「そうなんですか!?」
「はい」
そう、常識。
こちらでは不当召喚拉致に対する対策を大人から子どもが教えられるとき、セットで連絡をすれば必ずそのお住いの地域の地域包括不可思議現象対策課が助けに来てくれると教えられる。
その際に普段は役所の奥に厳重に封印されている武器を持って駆けつけてくるから安心してねっていうのも、大人は教えているのだ。
それだけじゃない、大人が聞かん坊の子どもを諫めるときに「お巡りさんに連れてってもらうよ!」と同じくらいの頻度で、「地域包括不可思議現象対策課の人が武器持ってお仕置きに来るよ!」とも言われる。僕も言われた。これ、異能持ちの子どもは結構怖がる。僕の経験談だ。
そういうことを説明すると、萌木さんの目が見開かれる。
「びっくりです。私のいた世界と似てるのに、武器が身近にあるなんて……」
「身近ではないですよ。一般市民は萌木さんの世界と同じく、刃物や凶器になる可能性のある物の所持は、法律で禁止されていますし。勿論人に危害を加える可能性のある異能に関しても、厳しく取り締まる法律はありますから。普段は僕ら課の人間も武器の携帯は許されていません」
「ははぁ」
「だからこそ地域包括不可思議現象対策課がある、とも言うんですが」
「え?」
また萌木さんがきょとんとする。
だって警察は自国の異能で犯罪を犯すの人間達の対処に忙しい。他の世界からの干渉にまで手を伸ばしていたら、警察官が軒並み過労死する。かといって一々軍隊を派遣するにも、法律とか何とか、侵攻になりはしないかとか、色々煩雑ですぐに動けない。
だから地方公務員として、他世界からのその地域に対する干渉や、その地域で見つかった遺跡の調査などなどを、その自治体単位で解決できるような部署を作ったわけだ。
説明に萌木さんが「なるほど」と小さく頷く。
「それで助けに来てくれたのが、警察でなく地域包括不可思議現象対策課の皆さんだったんですね」
「です。で、そのときに花珠課長が持っていた弓がそうですね。その他にもありますが、それはナイショということで」
「そうなんですね。でもそれって誰もが使えるんですか?」
「それも守秘義務があるんで、ご容赦ください」
にこっと笑えば、萌木さんはそれ以上武器に関しては聞いてこなかった。社会人経験がきちんとある人は、こういうところはとても話が分かる。
課長の武器が封印指定の弓っていうのを隠さないのは、四季島市では有名な話だからだ。だっていつかのスタンピードで、課長がそれを使っているのがテレビニュースで全国放送されたから。
隠しても仕方ない情報は隠さない。寧ろあのときの鬼神の如きと言い伝わるお働きの課長がいるってことを、四季島市は売りにしてるところがあるくらいだし。あの課長がいる限り、四季島市は安全ですよ~みたいな。
課長本人は「英雄待望論は人間を堕落させるんですがね」って、凄く嫌そうな顔をするから面白い。
実のところ僕の召喚魔術も封印指定なんだけど、マーテル姐さんの行動を掣肘する方が彼女の機嫌を損ねて大惨事になる。だから封印しないって方針を、課長が勝ち取ってくれた。代わりに僕はよほどのことがないと部署替えとか転職は出来ないことになっているけど。
因みに封印指定の武器は、誰でも彼でも使うことは出来ない。登録された人間だけが使用可能なんだけど、その登録方法がちょっと変わっている。
こちらが選ぶのでなく、武器の側が使う人間を選ぶのだ。なので武器が選んだ人間であれば誰でも使えるけど、武器に選ばれないと触ることも出来ない。それが正解だ。
相談室と資料室を通り過ぎ、課の窓口のカウンターから扉を開けて奥へと萌木さんを案内する。そこは事務用の机が並んでいて、普段は書類仕事をそこでするのだ。
そんな説明をしていると、机に備え付けてある電話がプルプルと鳴りだす。
すると机で書類を作っていた女性—―体調不良から復帰してバリバリ働く猪田さんが、その電話を受けた。それから暫く電話の内容を聞いていた猪田さんが、困惑を顔に浮かべる。
そして電話の保留ボタンを押すと、花珠課長へと顔を向けた。
「課長、あのー……」
「はい?」
「例の宇宙エリマキトカゲ、施設から逃げてどうもウチに向かってるっぽいって……」
ざわっと課の人々が揺れる。
何でやねん。
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