今日も今日とて出動です。
SFな世界で起こる物語です。
お付き合いくださると幸いです。
次話も投稿しております。
真上を飛ぶヘリコプターの音が五月蝿い。
『染谷、お前下からいけるか?』
耳元のインカムから聞こえてくる先輩の声は、疑問系ではあるけど『行けよ?』っていう圧が凄い。
頭上というか、斜め上。ビルにしてみれば五階以上十階未満の体長の、なんか良く解らん、巨大なエリマキトカゲっぽい何かがギャオギャオ鳴いている。
奴が腕を振る度に、そこいらの建物に当たって、コンクリートの壁や窓のガラスが壊れて破片が落ちてきた。
こんなもん、どうしろと?
そうは思っても、どうにかするのが自分が選んだお仕事だ。
課長による謎生物への退去勧告は既に終わっている。
応えを返す知能がないのか、わざと無視をしてるのかは知らないが、巨大なエリマキトカゲからは暴れる以外にリアクションがなかった。
よってお国が出した答えは、速やかな近隣住民の安全確保と危険生物の排除。ただし、命は極力取らない方向で。
無茶苦茶だ。生け捕りするのは殺すより難しいんだから。
でも仕方ない。犠牲が出る可能性が高くならない限りは、一応不殺がモットー。清く正しく美しい公務員は本当にツラいよ。
メタリックグリーンのバイクを走らせて、巨大エリマキトカゲの足元に滑り込む。
「姐さん、頼むよ」
ぽんぽんと車体を軽く叩けば、バイクが咆哮を上げた。メタリックのボディーは無機物から、まるで爬虫類のそれに変わる。
だけじゃなく前輪は前肢へ、後輪は後肢に変化して、ハンドルやらは頭部へと変わり、シート部分は蝙蝠のような羽に。
おとぎ話やゲームでお馴染みのドラゴンと名付けられた生き物がゆらゆらと空を飛ぶ。
「なんだい、あの不格好なトカゲは?」
「えぇっと、お馴染みの宇宙からの招かれざるお客さん」
「その招かれざる客が前に出たのは、一ヶ月くらい前じゃなかったい?」
「あー、それくらい。けど、あれは宇宙から来たやつじゃなくて、テイマーが異世界から違法召喚した邪神だから、これとはちょっと違うかな?」
「招かれざる客なのには変わりないじゃないか」
「報告書のテンプレが違うんだよ、マーテル」
肩をすくめるとドラゴンのマーテルが「はんっ」と鼻で笑う。
たしかにドラゴンには、宇宙怪獣も異世界の違法召喚邪神も変わりないんだろう。
僕だってこんな仕事してなきゃ、区別なんか解らなかったさ。
ああ、嫌になる。
腰に付けた警棒を取り出すと、脱落防止の握り手に付いた紐を手首に通した。
グリップを握って空を切るように振れば、シャキッと勢い良く三十センチほどに伸ばす。
単なる特殊警棒ってやつじゃない。
魔力を通すとある程度の装甲すら破壊出来るのだ。
さて。
「身体強化、防御力向上、加速……と」
呟くと体内にあった魔力が練り上げられて、細胞の一つ一つの強度が上がっていく。
本当にもう嫌だ。
けどこの職場、お給料良いし、訳のわかんない生物の相手しなきゃいけない以外は全然ホワイトなんだよなぁ。
肺から空気を全て出してしまうが如く、大きくため息をつく。
その間にも巨大エリマキトカゲは、チョロチョロする僕や姐さんを踏みつけるべく足を動かしたり、頭上を五月蝿く飛び回るハエのようなヘリコプターを狙ってトゲを飛ばす。
生物的にトゲを飛ばせるような器官は見当たらないのにも関わらず、だ。
パンパンと破裂音が連続する。
空の上からだから、先輩が麻酔銃をぶちこんだ音だろう。
あれは先月の違法召喚邪神もほんの少しだけど寝かせた実績のある弾だ。
けどヒットしてるっぽい様子はあるのに、一向にエリマキトカゲは倒れない。
「先輩、ダメっすか?」
『おー、効いてないみたいだな』
「因みに僕らがダメだったら、これどうなるんで?」
『課長が雷上動で脳天ぶち抜くか、課長補佐がキビツヒコで出動』
思わず天を仰ぐ。
課長の雷上動とは、弓型の魔術レールガンで、違法召喚邪神もこれで元の世界にお帰り願った。
キビツヒコってのは課長補佐がマスターの、科学と魔術を融合した魔道科学技術で作られた巨大人型機動兵器。つまり巨大ロボだ。
どちらも異世界の滅亡も救えるような代物。そんなものをホイホイお出しされたって困る。
「あー、もー!」
がしがしと頭を掻けば、インカムからため息が聞こえてくる。
『染谷、足元撹乱』
「アイサー!」
巨大なエリマキトカゲが、こちらを踏むために足を上げたのを見計らって、残った片足に強化を施した警棒を強かに叩きつける。
痛みに怒りの鳴き声を上げるエリマキトカゲの鼻っ面に、マーテルが炎のブレスをお見舞いするのが見えた。
その隙にヘリコプターから、飛び降りる人影が見えて。
裂帛の気合いが、インカムを通して僕の鼓膜を破くが如くに聞こえてきた。
個人に配布されている端末のキーボードを叩いて、書類を印刷。手近なプリンターから出てくる書類を取り上げると、ざっと目を通す。
モニターで確認しているのに、それでさえ誤字脱字は発生するからだ。書類を作成した人間の不注意ならばいいけれど、書類を扱う部署にはつきものの怪異のせいという場合もある。
もしそっちが出たら、その部署は一日その怪異を追い回し、退治するまで通常業務が出来なくなるのだ。たたひたすらに面倒くさい。
今のところ、誤字は見当たらない。
A4用のテンプレに必要箇所は記載、漏れなし。脱字も誤字も無し。
確認して書類作成者と報告者の名前の欄に「染谷遥」と自筆でサインを入れた。書類は原則として「作成者」・「報告者」の欄は手書き。手書きが出来ない場合は印鑑を押す。
やっと終わった。
エリマキトカゲ退治は、先輩が空中のヘリコプターから飛び降りて、かの生物の脳天に木刀を叩きつけて気絶させたことで決着を迎えた。
倒れる巨大エリマキトカゲを、僕とマーテルの魔術でやんわり受け止めて。
辺りの建物や色々に被害が出ないように、こういう時には巨大生物安置所となる近くの大きな公園へ移動させた。
その間被害の状況確認と、避難民の避難勧告の解除、巨大エリマキトカゲの破壊行為で家屋や財産を破損させられた人の対応等々。課の人達総出でやっていたそうだ。
僕と先輩は気絶させた巨大エリマキトカゲを、お国の保護機関が迎えに来るまでマニュアルに則って待機。
そして引き渡しが終了後、こうしてデスクに戻って来て報告書を書いている訳だ。
先輩は昨日からの夜勤明けだから、報告書は次の日勤の時に提出するよう課長に言われて帰ったけど。
それにしても今回我らが四季島市はどのくらいの被害を被ったんだろう?
被災された人たちの当座の家は、既に土木課が仮設住宅を準備したそうだ。
それに伴いうちの課から調査員を派遣して、被災証明の発行手続きも完了している。後は個々で入っている保険の状況にもよるだろうけれど、概ね明日からの生活を脅かされる感じにはなっていないはずだ。
日本はどこもかしこも怪獣に襲われた経験のない自治体はない。その経験が活かされていると言えばそんなんだけど、そんなことには本来慣れないほうがいいんだ。
大きくため息を吐くと、僕は席から立ち上がり課長のデスクへ。
出来上がった書類の提出に行くと、課長が綺麗な顔に薄く笑みを浮かべて書類を受け取ってくれた。ざっとその場で目を通すと、その場でサインを入れて僕にそれを返す。
「被害は君達の連携で小さくて済みました。よくやってくれました」
「はぁ」
「配属されて一年、この課にはもう慣れましたか?」
「えぇっと……はい。大丈夫だと思います」
「そうですか。まあ、慣れてもらうより他は無いんですけどね。四季島市役所・地域包括不可思議現象対策課は、四季島市市民の安全とよりよい生活を守る盾であり剣ですから」
「そうですねー……」
とは口から出るけど、僕は僕の命が最優先だ。だって僕が死んだら僕が絶滅するじゃないか。
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