1 狂言方
小説『陽炎座』で主観の位置を占める松崎という人物については、
「渠はあまい名を春狐と号して、福面女に、瓢箪男、般若の面、……三十五座の座附きで駆出しの狂言方であったから。」(四)
と書かれている。この「三十五座」というのは、実際どういうものだったのだろう。
『幻の絵馬』では、ヒロインの和歌子がエロ按摩に向かって、
「二十五座の座頭に出ねえな」
と啖呵を切る。
これは「三十五座神楽」、「二十五座神楽」などと、頭につく数字が一座のレパートリーの数を表した神楽(土地神楽、太神楽)のことらしい。どの地方にどのくらいの神楽があったのか、あるいは直木三十五のペンネームが直木三十一からだんだん増えて直木三十五になったように、座の数字が増えていったのか、なんてことは、私にはわからない。
仲田定之助『明治商売往来』の「太神楽」には、
「白衣に緋の袴をはいた巫女が神楽で幣帛を捧げたり、鈴を打ち鳴らして静かな舞をまうのをお神楽というが、また神社の境内や、街角にしつらえた舞台で、太鼓、笛、鉦などの陽気な馬鹿囃子につれて、素戔嗚尊、日本武尊、ひょっとこ、おかめの面をかむって、仕草おかしく踊る、いわゆる里神楽も一般にお神楽といっていた。」
……と、神事の舞の神楽とは別ものであることから語りはじめて、以後、そこで見た曲芸の思い出が記されている。要するに、ここでいわれている神楽は、神事との関係が薄れてしまった、大衆向けの芸能集団なのである。
この神楽のレパートリーを見ると、現在の寄席で「色物」と呼ばれている諸芸(落語、講談以外の手品、曲芸、紙切りなど)と近いものが多く、伝統芸能「太神楽」として今も演じられ続けている。また、掛け合い噺や茶番というのも見かけることからして、いまの漫才やコントの原型のようなものもあったようだ。
その、三十五座神楽の「座附きで駆出しの狂言方」が松崎だという。
狂言方というと、辞書には役者という意味が先に載っているけれど、歌舞伎をよく観る人なら、なんとなく、狂言作者(脚本家)ではないかなと解するだろう。
本文の書き方だとどちらにも取れそうな気がするが、松崎春狐の場合はおそらく、後者だろうと思われる。決め手があるわけではないのだが、自宅で机に向かっていたり、舞台というものに対して理屈が優った捉えかたをしたり、十六節冒頭で「俳優は人に知られないのを手際に……玉の曇を拭ったらしい」と、俳優を客観視するように考えたりしているのを読むと、役者ではなさそうだ。さらに二十一節では幕のなかの人が、「いろいろの魂を瓶に入れて持っている狂言方じゃ」と、狂言方ということばを制作側の意味で使っているのだから、狂言方は作家のことだと考えなければならないだろう。
三十五座神楽という大衆芸能の、専属で新人の狂言作者というのだから、今の世でたとえていえば、放送作家の下っ端のような立場なのかな、と想像している。