番外編 佐竹茜の辟易
病院の検査を終え家に帰り着いた佐竹茜は、四日ぶりの自室のベッドで寝転がる。
なんとはなしに傷ひとつない両手を眺めていると、とある高校生の顔が思い浮かんだ。
「うあああああああぁぁ……」
真っ赤な顔を枕に埋め、ジタバタと足を動かす茜。
あの日、ダンジョン化が起きた日の出来事が頭から離れない。気が付けば徹のことを考えてしまう自分に気づいて、茜は強い羞恥心を覚えていた。
「徹君、かっこよかったなぁ」
一頻り悶えた茜はポツリと呟く。
徹の容姿に関してではなく、行動に対して『かっこいい』と茜は思っていた。
自分と同じように恐怖で震えているのに、それでも行動して小部屋から連れ出してくれた徹。
助けたい感情を飲み込んで、自分を優先しようとしてくれた徹。
思わず抱きついてしまった自分を受け入れ慰めてくれた徹。
様々な徹の姿を思い出して、ハッと我に返る。
「なんで私、あの時抱きついちゃったのー!?」
くぐもった叫びを上げる茜は、今更ながらはしたないことをしてしまったと後悔する。しかし、徹の温もりと背中を擦る手の感触を思い出して、自分が笑みを浮かべていることに気付いていなかった。
「シルヴィアさんもかっこよかったな……」
金髪碧眼の凛々しい美少女を思い出してため息をつく。
胸の大きさは勝っているけど、その他は完敗。そんなことを思った茜は母にお洒落を教わる決意を抱いた。
「ってなんで私、シルヴィアさんに張り合ってるの……?」
負けたくない、なんてことを茜はあまり思ったことがなかった。というのも、茜が他人を見下していたわけではなく、現状に満足していたからだ。
慣れない感情に茜は悶々とする。
茜が眠れたのは、それから数時間経った頃だった。
二週間ぶりに再開した鷺白中学校には、以前とは少し違う空気が流れていた。
それもそのはず。なにせ地球は、ダンジョンが現れるファンタジーな世界に変貌してしまったのだから。
時刻は昼、給食の時間。
茜は朝からずっと、いつもとは違った形で注目を浴びていることに気付いていた。
見られるだけなら慣れている。だから茜は何も言わず放置していたのだが、ついに動き出すクラスメイトがいた。
くっつけた机の前に座る、普段あまり会話しない少女が口を開く。
「ねぇねぇ、茜ちゃんがダンジョン化に巻き込まれたのって本当?」
「あ、あんた、茜の気持ち考えなさいよ!」
しんと静まり返る教室。あからさまに聞き耳を立てるクラスメイトたちに茜が苦笑すると、右隣に座る親友の少女が勘違いしたのか代わりに怒りを剥き出しにする。
「美優ちゃん、私は大丈夫……花子さん、その話は誰から聞いたのかな?」
「えっ、えーと……確か、田中君から聞いた気がする」
「お、俺!?」
ニッコリと笑みを浮かべる茜から目を逸した花子。
少し離れた席で驚く田中に茜が顔を向けると、少年は照れた様子で話し始めた。
「あー、俺も拓海……三組の友達から聞いたんだけど、三組の斎藤君と久我山君が桐生さんとあか……佐竹さんと一緒にダンジョン化に巻き込まれたって言ってたらしいんだ、よ?」
「そうなんだ……教えてくれてありがとう、田中くん」
「お、おう!」
田中の言う三人は茜と遊びに行った友達で合っている。つまり、彼の言ったことは信憑性が高かった。
自分を心配する美優に微笑んだ後、茜は花子に言う。
「確かに私はダンジョン化に巻き込まれたよ」
「やっぱり!? ダンジョンの話──」
「そこで、ゴブリンに殺された人を見たんだ」
『っ!?』
花子の言葉を遮った茜の発言に教室が凍りつく。親友を怖がらせることは不本意だった茜だが、これ以上追求されるのは嫌だった。そのためにどうすればいいか考えた結果、聞きづらい空気を作ることにしたのだ。
流石に良くないと思ったのか、教師が立ち上がるのを見て茜は続ける。
「だからごめんね、ダンジョンの話はまだしたくないんだ……」
「……ご、ごめん、茜ちゃん……」
「ううん、気にしないで花子ちゃん」
悪気はなかったのだろう。花子が涙を浮かべて謝る。
儚げな笑みを浮かべる茜を見たクラスメイトたちはそれ以降、茜がいる時はダンジョンの話題を極力控えるようになった。
「茜!」
放課後、家に帰ろうと廊下を歩いていた茜が名前を呼ばれて振り返る。
自分の前で立ち止まった少年に怒りを抑えて、茜は要件を聞く。
「……何? 斎藤くん」
「いや、たまたま見かけたから話しかけただけだ。病院で会って以来だけど、体調とか大丈夫か?」
「……大丈夫だよ。じゃあね」
「あ、ちょっ、待てよ!」
スタスタと歩き出す茜を呼び止める慎太郎に辟易しながら、茜は足を止める。
無言で冷ややかな目を向ける茜にたじろいだ慎太郎が話を続けた。
「俺がチートに目覚めた話、覚えてるか?」
「……超肉体、だっけ?」
ダンジョンから脱出した後、病院で再開を果たした茜、慎太郎、勇斗、杏里の四人は何度か話を交えている。その結果、茜と三人は微妙な関係になっているのだが、そのことに慎太郎は気付いていなかった。
「そうそれ! 茜にも見せてあげたかったんだけど、なぜか使えないんだよなー。
茜って頭いいじゃん? だから何かわからないかなって思ってさ!」
「わからない。じゃあね」
「ちょ、ちょっと、どうしたんだよ茜! なんか変だぞ!? 何かあったんなら言えよ、俺が力になるから!」
その言葉に我慢の限界を迎えた茜が慎太郎を睨む。
「あなたとは絶交する。今後、私に話しかけないで。
あと、ダンジョンのこと言いふらすの止めてくれない? 迷惑だから」
「な、絶交って……どうしてだよ。俺なにもしてなくね!? それに俺は言いふらしてねーし、茜なんか勘違いしてないか!?」
「……」
慎太郎を無視してその場を去る茜。
幼稚園の頃から茜と付き合いがある慎太郎だったが、こんなにも冷たい態度を取る茜を初めて見た。
呆然と茜を見送った慎太郎は、少しだけ湧いた不安を飲み込んで部活へと向かった。




