第七話 生還
門から少し離れ、俺たちは顔を合わせる。シルヴィアさんが俺と茜の表情を訝しげに見ていた。
カラカラの口を開く。
「ここは多分異世界じゃない、日本だ」
「そうですね。あの文字は間違いなく漢字でした」
「確かニホンというのは、二人の住んでいる国ですよね? なぜ難しい顔をしているのですか?」
「それは……日本では、武器を持ってたら警察に捕まってしまうんだ。それに、国籍がない異世界人のシルヴィアをどう扱うかわからない……」
「随分と奇妙な国ですね……そういうことでしたら、この剣はしまっておきましょう」
シルヴィアさんはそういって、鞘に収まった長剣を背中から外す。そして、長剣が幻のように消えた。
『え?』
またしても俺と茜の声が重なる。驚いている俺たちに困惑したシルヴィアさんが、ああ、と呟いた。
「収納指輪を見たことがないのですね。限度はありますが、これの中に物をしまっておけるのです。魔力がある限り自由に出し入れ可能なので、とても便利ですよ」
シルヴィアさんはそう言って、小さな青い宝石がついた指輪を見せてくれる。一見普通の指輪に見えるけど、性能はゲームでいうアイテムボックスだ。売ればとんでもない金額になるだろう。
俺は指輪から視線を外して話を戻す。
「これで武器の問題は解決したけど、異世界人だと正直に言うべきか否か……」
「外国人のフリをするのはどうですか?」
「それだと、不法滞在してることになっちゃうと思う。俺も詳しいわけじゃないから、もしかしたら大丈夫かもしれないけど……万が一にも逮捕されて欲しくないし、やっぱり正直に言うしかないか」
自分が犯した罪の重さに目眩がする。
シルヴィアさんに今すぐ土下座して謝りたいけど、俺が今すべきことは最善を考えることだ。
状況が落ち着いたら誠心誠意謝ろう。そして、俺の一生をかけてシルヴィアさんに贖罪し続けよう。
そんなことを考えている俺にシルヴィアさんが言う。
「色々問題があるのはわかりましたが、このままダンジョンに潜むという選択肢はあまり取りたくありません。ニホンは法律に厳しいみたいですが、大人しく従えば問題ないですよね? それとも、何か非常識な法律があったり治安が悪かったりするのですか?」
「いや、シルヴィアさんの基準はわからないけど、俺は日本の法律はまともだと思ってる。治安もいいし、シルヴィアさんほど強い人もいない。だけど銃が……目に見えない速さで飛ぶ矢を連続で撃つ武器があって、警察や自衛隊が持ってるんだ。日本がそんなことするとは思えないけど、もしシルヴィアさんを無理やり監禁しようとしても抗えないんだ」
俺の言葉を聞いてシルヴィアさんが考え込む。
少しして、シルヴィアさんが口を開いた。
「二人の懸念はわかりました。それを踏まえた上で、私も外に出ます」
「……わかりました。もし、乱暴されそうになったら自分を最優先して下さい」
「……ええ、もちろんです」
なぜか一瞬キョトンとしたシルヴィアさんが苦笑を浮かべて答える。
本当はもっと細かく話し合いたかったけど、俺も茜も体力の限界で、涼しい顔をしているシルヴィアさんだって重症だ。
そもそも、門の先に警察がいないかもしれない。そう考えると、さっさと外に出るべきだと思った。
「……行こう」
頷く二人と一緒に俺は門へと向かった。
松明が照らす薄暗いダンジョンの通路。
無様に這いつくばる俺の目の前で、謎騎士と茜が一方的な戦いを繰り広げていた。
──逃げてくれッ! お願いだから逃げてくれ、茜!!
俺の声は届かない。謎騎士が剣を振るたびに、茜が鎧を殴るたびにどんどん茜が傷ついていく。
無力感に苛まれ、自分への怒りで頭がおかしくなりそうだ。それでも俺は、傍観することしかできなかった。
気が付くと、俺はシルヴィアさんの死体の前で膝をついていた。
シルヴィアさんの体には無数の切り傷と殴られた跡があり、ボロボロの服には武田と書かれた名札がついている。
茜が死んだのも、シルヴィアさんが死んだのも、全て俺のせいだ。
俺が弱いから、茜は俺を逃がすために死んだ。
俺に力がないから、シルヴィアさんを異世界から拉致して死なせた。
俺が努力しなかったから。俺が馬鹿だから。俺が意気地なしだから……
強くなりたいと、心底思った。
──気が付くと、ベッドの上で体を起こしていた。
心臓がバクバク鳴っている。怖い夢を見ていた気がするけど、内容はさっぱり思い出せなかった。
グショグショに濡れて張り付いた服が気持ち悪いと思った瞬間──誰かに抱きしめられる。
「大丈夫、大丈夫よ……徹」
「安心しろ徹、ここは病院だ……お前は助かったんだ」
抱きしめて背中を擦ってくれるお母さんと、頭を撫でてくれるお父さんが泣いている。一瞬困惑するけど、徐々に昨日の記憶が蘇ってきた。
「あ、茜は!? シルヴィアさんは大丈夫!?」
門の先にいた警察に保護され、一緒に救急車で運ばれた二人がとにかく心配だった。
そんな俺の剣幕に困惑したお父さんが言う。
「徹と一緒に保護された子たちなら無事だ。二人とも朝に目覚めて事情聴取を受けたらしくてな、警察から話を聞かせてもらったんだ。だから、徹がどれだけ辛かったか、ある程度知ってるつもりだ……よく頑張ったな、徹。お前は俺の誇りだ」
「年下の女の子を守って無事に帰ってきてくれた……本当に立派よ、徹……」
二人が無事なことに胸を撫で下ろし、褒められたことに困惑する。
二人はどんな説明をしたんだ? 俺は守られていただけで何もできなかった。それどころか、茜の足を引っ張ってシルヴィアさんを拉致ったクズ野郎なのに……
訂正しようとしたけど、両親の表情を見て思い直す。今真実を言ったところで二人を悲しませるだけだし、これから努力して変わっていけばいいはずだ。
茜を守れるくらい強くなって、シルヴィアを故郷に返す。絶対に成し遂げたい目標ができた。
「あ……」
ふと、体の力が抜けて視界が滲む。
気が緩んだのか、涙が溢れて止まらない。堪えないと、と一瞬思ったけどもう我慢する必要がないことに気付いた。
お母さんが俺をギュッと強く抱きしめる。お父さんがもう一度頭を撫でてくれた。
生きて帰ってきてくれてありがとう。無事で本当に良かった。そんな言葉を聞くたびに、俺は胸がいっぱいになった。
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