第五話 召喚
探索しながら茜の能力──身体強化と名付けた──を検証した結果、わかったことが三つある。
一つは、手指を動かすように自然に発動できること。
もう一つは、常に維持し続けることができること。消耗する感覚もないらしい。
そして最後に、強化は肉体だけでなく知覚にも影響し、強化度合いが超人的なことだ。
シンプルかつ強力で、デメリットも今のところ見つかってない。創作あるあるだけど、強すぎる能力には欠点や代償が付き物だから、俺は茜をかなり心配していた。
今のところ体の不調や違和感はないと言っていた茜。だけど俺は、能力の使用は必要最低限にして欲しいと頼んでいる。後々寿命を削っていましたとか、記憶を消費していましたとか判明したら立ち直れない自信があった。
「茜、本当に違和感とかない? なんか忘れてる気がしてたりしない?」
「徹くんはホントに心配性ですね。安心してください、何かあったらちゃんと伝えますから」
大人びた雰囲気に戻っているものの、どこか表情が明るい茜がジト目を俺に向ける。
流石にしつこかったか……これ以上呆れられたくないし、茜の様子に注意を払う程度でとどめておこう。
それにしても、
「──チート、かぁ」
思わず呟いてしまった俺を見て茜が首を傾げる。
「ああいや、茜の『身体強化』がチートにしろ才能にしろ、俺も能力に目覚めたいなって思って」
「なるほど……もし能力がなくても安心してください。徹くんは私が守ります」
「ん? ああ、そうじゃなくて──」
言葉足らずな俺の言葉を『能力がなくて不安』だと茜に勘違いされた気がして、『茜に負担をかけてしまうのが嫌』なのだと俺は補足しようとする。
その言葉を遮るように、前方から聞き慣れない音がした。
ガシャン、ガシャンと硬質な音が段々と大きくなっていく。頭に浮かんだのは、鎧を装備して歩くキャラの音だ。
腰みの一丁のゴブリンはこんな音を鳴らさない。転移した人もそうだろう。
現地の冒険者か、新手のモンスターか。どちらにしろ、いつでも逃げられるように身構えておくべきだ。
息を呑んで通路の奥を凝視していると、全身鎧を纏った人が現れる。
遠目で見てもわかるくらい大柄だ。意味もなくギャアギャア喚いてないし、ゴブリンじゃない可能性が高い。
そう思った直後、そいつは俺たちに向かって走り出した。
「っ!? 逃げよう!!」
「う、うん!」
ガシャンガシャンガシャン、と金属が擦れる不快な音を鳴らす謎の騎士から全力で逃げる。
ヘルムで顔が見えなかったせいで中身がモンスターか人間かわからなかったけど、声もかけずに追いかけてくるのだから敵だと思った方がいいだろう。一応、大声で話しかけているが言葉が通じてる様子はない。
「はぁはぁはぁっ」
「徹くん! このままじゃ追いつかれちゃう!!」
「くそっ、戦うしかっ、ないか!」
ぜぇぜぇと荒い呼吸を整えながら振り向くと、重そうな鎧を纏っているのに俺よりも速く走る謎騎士の姿があった。
接敵まで十秒もないだろう。足を引っ張ってしまった茜への謝罪を飲み込んで、どう戦えば勝てるか必死に考える。
「俺たちはモンスターじゃない!! 話がしたいから立ち止まってくれ!!」
「……」
走る速度をそのままに無言で距離を詰めてくる謎騎士。
明らかに言葉が通じてない。もう敵だと思わないと駄目だ!
『ッ!?』
十歩くらいの距離になった途端加速する謎騎士に息を飲む。
背中に背負っていた長剣を抜き放ち、振りかぶる姿が辛うじて見えた。
「うわあああああ!?」
全力で横に飛び込む。
キンッ、と硬質な音が通路に響いた。
「徹くん逃げて!!」
茜の切羽詰まった声。起き上がり視線を向けると、茜が謎騎士と戦っていた。
謎騎士の剣を躱し、隙を見て鎧を殴る茜。しかし、人が殴ったとは思えない音が響いているがダメージが入ってる様子はない。それどころか、茜の手から血が出ているように見えた。
「何か……何か俺に、できることはないのか……?」
俺が割って入ったところで一秒で死ぬだろう。何をやっても余計なことにしかならないはずだ。
茜の言葉通り俺は逃げるのが最善で、もしかしたら、俺が逃げたのを見て茜も逃げ出すつもりなのかもしれない。むしろそう考える方が自然で、だとしたら俺はさっさと逃げるべきだ。
だけど──
「──本当に、逃げ切れるのか……?」
俺が逃げ切れるのか、ではなく。
茜が逃げ切れるのか。そんな疑問が頭を過る。
謎騎士の急加速は間違いなく茜の全力よりも速かった。それに、全力で戦っている茜は体力を消耗し息が上がっているように見える。そんな状態で、やつから逃げ切れるとは到底思えなかった。
「どうすればいい!? どうすれば茜を助けられる!?」
こうして考えている間にも、茜は傷つき消耗している。俺のために命をかけている茜が死ぬ姿なんて、死んでも見たくなかった。
「……」
身を挺して謎騎士の隙を作り茜に逃げてもらう、という考えは最初からあった。
茜が俺を置いて逃げてくれる気がしなかったし、痛みを想像して二の足を踏んでいたけど……もう、こうするしかない。
茜の戦う姿を見て気持ちを奮い立たせた。
──これ、あげる。
「え?」
突然、茜とは違う女の子の声が聞こえた気がした。
周囲を見渡しても誰もいない。死ぬのが怖すぎて幻聴でも聞いてしまったのだろうか。
……ふと、体の中を魔力が満たしている感覚を覚える。
俺は何故か、それを動かせることを知っていた。
手足を動かすように無意識に。
魔力を操作して魔法陣を描く。
地面に浮かび上がった魔法陣が青の燐光を撒き散らし、俺の魔力を根こそぎ吸い取っていった。
「──これは、一体……?」
青い光が収まった魔法陣の上に立つ少女。
目を逸らしていなかったというのに、その少女がいつ現れたのか全くわからなかった。
まるでゲームから抜け出してきたかのような、派手で露出の多い鎧を纏った少女。大きなリボンで結ばれたポニーテールは金色に輝き、見開かれた碧眼は宝石のように美しい。その手には身の丈ほどもありそうな長剣が握られていた。
ひと目見た印象は姫騎士……正確に言うと、死に際の姫騎士だった。
全身が傷だらけで血まみれ。辛うじて鎧の形を保っているものの、修理に出しても元には戻らないと確信できるくらいにはボロボロだ。
立っているのが奇妙に見えるレベルの怪我を負っているのに、少女は驚くほど強い意思が籠もった目を俺に向けてくる。
「あなたが……いえ、先に彼女を助けるべきですね」
魔力が枯渇して動けなくなり地面にうつ伏せで倒れている俺から視線を逸し、戦闘を止めてこちらの様子を伺っていた茜と謎騎士の方へと歩み始める。
「魔力の残量に余裕はありませんが……仕方ありません」
怪我しているとは思えないほど軽やかに歩く姫騎士に謎騎士が身構えた瞬間──謎騎士の首が飛んだ。
「は?」
「え……?」
俺と茜の呆気にとられた声が通路に響く。
ガシャリ、と音を鳴らして倒れた謎騎士の首から粒子が溢れ出していた。
はぁ、と気怠げな声とともに長剣を背中の鞘に収める姫騎士が、粒子化が始まった謎騎士を一瞥もせずに茜の元へと歩み始める。
少し怯えた表情で一歩下がった茜を見て、苦笑を浮かべた姫騎士が立ち止まって口を開いた。
「怪我は大丈夫ですか?」
「あ、はい……止まってるので大丈夫、です」
「そうですか。それはよかった」
「……あ、あの! さっきは、怖がってしまってすみません! それと、助けてくれてありがとうございました!!」
「気にしないでください。力なき者を救うのも、聖騎士の使命ですから」
そう言って儚く笑った姫騎士──聖騎士を名乗った少女が俺に向かってくる。
俺は何とか立ち上がろうとするけど、糸が切れたように体が動かない。
「魔力欠乏を起こしているのですから、無理して体を動かすのは得策ではありませんよ」
「ま、魔力、欠乏……?」
「……もしかして、知らないのですか?」
「は、い」
舌足らずな俺の言葉を聞いて、驚いた表情を浮かべる聖騎士少女の名前を聞く。
「失礼しました……私はシルヴィア。シルヴィア・ノビルズです。カルゼア王国の聖騎士団に所属していました」
「お、俺は、徹。佐藤徹、です……」
「よろしくお願いします、トオル。私のことはシルヴィアと呼んでください」




