第四話 チートの目覚め?
俺たちが我に返ったのは同時だっただろう。
バッと離れてワタワタする佐竹さんの顔は真っ赤で、きっと俺の顔も同じくらい羞恥に染まってるはずだ。
心地よい温もりと柔らかな体の感触がまだ残っている気がする。早く冷静になれと自分に言い聞かせてるけど、ちっとも顔の熱は引いてくれなかった。
「も、もう大丈夫?」
「は、はい。大丈夫、です……」
「それは良かった……」
ぎこちない会話を終えた俺はゴブリンの魔石を拾いに行く。
青と赤の魔石をポケットに入れて戻ると、佐竹さんが胸に手を当てて深呼吸していた。
探索を再開することを告げると、佐竹さんがコクリと頷いた。
二人分の足音が響く通路。
一人で探索するのと危険度はそこまで変わらないはずなのに、自分でも驚くほど恐怖と不安が薄れているのを感じる。誰かと一緒にいる安心感が、想像以上に俺を落ち着かせてくれていた。
ダンジョン探索を再開してから少し。今のところモンスターと遭遇していない。
そのおかげで色々と話し合う時間があった俺たちの仲は、互いに名前呼びをするくらいには急速に縮まっていた……正確に言うと、名前呼びはタメ口をお願いした結果の副産物なのだけど。
ほんの少し砕けた口調の茜と話を続ける。
「この場所がダンジョンなら、次の階層に向かう階段と出口は必ずあると思う。
ゴブリンの強さ的にここは一階層だろうし、ボス部屋はないと思いたいな」
「階段や出口がどんな見た目か、このダンジョンが上と下どっちに伸びてるのかも気になりますね」
「確かに……扉とか門とか、魔法陣の可能性もあるか……」
作品によって多種多様な設定があるダンジョン。その中でも、罠と見分けがつかない転移魔法陣が出口だったら最悪だ。命がけのギャンブルなんて絶対にしたくない。
「これだけ探索して二人しか出会えなかったのは、このダンジョンが広すぎるせいなのか転移した人が一部だけだったのか……どちらにせよ、早く他の人を見つけたいね」
「……ですね」
ショッピングセンターに一緒に遊びに来ていた友達を心配してるのか、表情を曇らせる茜。
少しでも心を軽くしてあげたい、と思い知恵を絞っていると前方からゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。
『っ……!』
互いに顔を見合わせて身構える。
足音は恐らく二か三体分。一瞬の迷いを振り切って鞄を持ち直す。
俺たちは予め、三体までなら戦いそれ以上は逃げると話し合って決めていた。だから、もう心の準備はできている。
『ギャギャ!』
『ギャギャッ』
棍棒ゴブリンと短剣ゴブリンが通路の奥から歩いてくる。
目が悪いのだろう、まだこちらには気付いていない。
「茜は棍棒の気を引いてくれ。俺は短剣をやる」
「わかりましたっ」
ゴブリンが俺たちに気付いて走り出す。心臓が早鐘を打つけど体は震えていない。さっきみたいに落ち着いて戦えば絶対に勝てる!
「はぁッ!」
『ギャッ!?』
短剣を持つ手を狙って鞄を振る。
一回、二回と空振るけど怯えているのか反撃はない。三回目でやっと当たり、短剣が地面に転がる音が通路に響いた。
「うおおッ!!」
『ギャッ』
短剣が吹き飛んだ方向を見ていたゴブリンに体当たりをすると、軽く吹っ飛んで仰向けに倒れる。立ち上がろうとするゴブリンの首目掛けて思い切り足を踏み降ろした。
グキッ、と音がなりそうな感触を足に感じて怖気が走るけど、それを無視してもう一度踏み降ろす。
大きく痙攣したゴブリンが粒子化し始めるのを見て、茜の方に駆け出そうとして──
『グギャ!?』
「──え?」
──吹き飛んだゴブリンが横を通り過ぎていき、後ろから鈍い音が聞こえた。
俺の視線の先には手を突き出した茜が呆然と立っている。一瞬思考停止に陥るけど、ふと、とある単語が頭に浮かび上がった。
「もしかして、チートに目覚めたのか……?」
我に返って振り向くと、壁に激突したであろうゴブリンが粒子化していた。
もう一度振り向くと、腰を抜かしたのか女の子座りをした茜が縋るような目を俺に向けていた。
「だ、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
「……ちょっと頭が混乱してるから、何が起きたか教えてもらっても良い?」
わかりました、と震え声で答えた茜の説明をまとめると、
茜は最初、魔石を投げたり大声をかけたりして棍棒ゴブリンの気を引いていた。
俺が短剣ゴブリンに止めを刺そうとしていることに気付いた棍棒ゴブリンが、茜に背を向けて俺の方に走り出そうとした。
俺に呼びかけても反応がなく、慌ててゴブリンを追いかけようと全力で一歩踏み出したところ、距離が一瞬で縮まり勢いそのまま激突した。
動揺しながら何とか説明を終えた茜の背中を擦りながら考える。
やはり、茜は身体強化系の魔法か能力に目覚めたのだと思う。ゴブリンを倒したことがなかった茜がレベルアップしたとは考えづらいし、俺の身体能力は転移前と変わっていない。茜が特別なのか、俺がまだ目覚めてないだけなのかは定かでないけど、そういう風に考える方が自然な気がした。
俺の推測を聞いて、段々と落ち着きを取り戻していく茜が口を開く。
「……どういう原理かわからないですけど、そう考える方が自然ですよね。そう都合よくチートに目覚めるとは思ってなかったので、凄くびっくりしました……」
「俺も諦めてたから驚いたよ……だけど、これで他の人も生きてる可能性が高くなった」
「そうですね! ちょっぴり怖いですけど、これで徹くんに迷惑かけずに済みます!」
「迷惑なんて一度も思ってないけど、これで生存率がぐんと上がったのは確かだ。これからも一緒に頑張ろう!」
「はい!」
出会った時の印象とは打って変わり、明るい様子を見せる茜に嬉しくなる。
普段の彼女はこんな感じなのだろうか? 冷静で大人びた茜も魅力的だったけど、今の茜の方が俺は好きだ。
立ち上がって茜に手を差し出す。
しっかりと立つ茜の様子に変なところはない。俺は密かに安堵の息を吐きだした。
魔石を拾って二人で歩き出す。
「徹くん」
「ん?」
「背中、擦ってくれてありがとう!」
呼びかけられて振り向くと、茜が満面の笑みを浮かべていた。
そのお礼を聞いて、俺もゴブリンから助けてもらったお礼を伝え忘れていたことに気付く。
「こちらこそ、助けてくれてありがとう」
俺の言葉を聞いてはにかむ茜に思わず見惚れる。
ハッと我に返って目を逸らしても、俺の頭にはしばらく茜の表情が浮かんでいた。




