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第三話 残虐なゴブリン



 今思うと、俺は相当運が良かった。転移した部屋はモンスターがいなかったし、初戦闘はゴブリン一匹。しかも、あれだけ叫んでいたのにモンスターの増援もなかった。

 帰宅部でオタクな一般高校生がここまで生き残れたのも、佐竹さんと合流できたのも間違いなく幸運だったからだろう。


 だけど、その幸運も長くは続かなかったみたいだ。


『ギャハ!』

『ギャギャギャ!』


 道の角に隠れ、息を殺して様子を伺う。松明に照らされた通路の先にはゴブリンが二体いて、俺たちに背中を向ける形で()()を蹴っていた。


 ゴクリ、と唾を飲み込む音が耳を打つ。


 佐竹さんの戦闘能力は見た目相応だろう。つまり、奴らとは一対二で戦う必要がある。

 奴らは隙だらけだから奇襲できるけど、失敗すれば二体相手に正面戦闘しなければならない。


 ……無理だ。勝てたとしても怪我を負う未来しか見えない。ここは引き返すべきだ。

 そう思っても、足が地面に張り付いたように動けない。俺はゴブリンが蹴っている()から目を逸らすことができなかった。

 倒れ伏す男性。うめき声一つ上げていないのは、きっと気絶しているからだと思いたい。


──助けないと……!


 馬鹿な考えが頭に浮かぶ。命をかけて他人を救う必要なんてないはずだ。

 ましてや、俺の横には佐竹さんがいる。彼女を巻き込んでやることでは絶対ない。それなのにどうして、俺は逃げ方ではなく奴らを倒す方法を考えているのか。


 横を見ると、佐竹さんは口に手を当てて泣きそうになっていた。

 目と目が合い、逃げる決心がつく。だけど、俺が言うよりも先に佐竹さんが口を開いた。


「助けましょう」

「……え?」

「私には、佐藤さんがあの人を助けたいと思っているように見えますが……違いますか?」

「助けたいよ……だけど──」

「なら助けましょう。どのみち戦うことになるのなら、逃げたって意味ないです」

「そう、だけど……」


 涙を浮かべ怯えているのに、佐竹さんの目は力強い意思を宿している。


「佐藤さんが来てくれなければ、私はいずれゴブリンに見つかって死んでました。だから、ここで死んでも納得できます。

 ……私がいるせいで佐藤さんの行動が縛られるのは嫌なんです」

「……わかった。助けよう」


 俺の言葉を聞いて微笑みを浮かべる佐竹さん。薄々思っていたことだけど、外見は小学生のように幼いのに精神性は俺よりも大人びていた。


 このまま、何歳も年下の女の子に不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。それにいつの間にか、ここに来てからずっとあった体の震えが治まっている。

 覚悟が決め、口を開いた。


「自分を第一に考える、危ないと思ったら逃げる。この二つは絶対に守ってくれ」

「わかりました」

「よし、行こう……!」


 頷きあい、魔石を一つ取り出してゆっくりと歩く。


 足音を極力抑え、ギリギリまで距離を詰める。興奮しているからかゴブリンの耳が悪いからなのか、想像以上に近づけた。

 魔石をゴブリンの正面目掛けて山なりに投げる。コツンと音が響き、ゴブリンが身構えた。


「っ!」

『ギャギャッ!?』

『ギャ?』


 木の棍棒を持つゴブリンに鞄を投げ、その隙に左側にいるゴブリンの腕に組み付く。混乱しているおかげか短剣を持つ手は緩んでいて、想像以上に簡単に短剣を奪い取れた。


 首を斬り付けて距離を取る。棍棒ゴブリンを見ると、佐竹さんが注意を引いてくれていた。


 すぐに終わらせようと正面のゴブリンを見ると、思った以上に深手だったのか首を抑えて倒れている。これなら、先にもう一体を倒したほうがいいはずだ。


「はぁッ!」

『ギッ』


 俺がゴブリンの背中を取ろうとしていることに気づいた佐竹さんが、ゴブリンに向かって走り出す。

 迎え撃つように木の棍棒を振りかぶったゴブリンの背中は隙だらけだ。体当りするように短剣を突き刺すと、ほどなくして二体のゴブリンは消え去った。


「はぁ、はぁ……だ、大丈夫ですか!?」


 危ない真似をした佐竹さんへの言葉を飲み込んで、倒れ伏す男性に駆け寄る。


 斬り付けられ、殴られた男性の体は血まみれで、触れるとビックリするくらい冷たい。ゴブリンが殺した後も死体で遊んでいたことに気づいて、心底怒りと恐怖が湧いた。


「ぅ、おえっ」


 吐きそうになるのを必死に抑える。

 手遅れかもと身構えていたのに、それでも一瞬頭が真っ白になった。


 少しして、胸に付いた名札に気付く。

 服がボロボロでわかりずらいけど、多分ショッピングセンターの店員さんだ。両手を合わせて目を瞑った。


「……武田さん。どうか安らかに」


 立ち上がって振り返ると、悲痛な表情を浮かべた佐竹さんが声を殺して泣いていた。

 抱きついてきた佐竹さんを抱きしめ返して、何とか心の整理をする。


 俺も佐竹さんも、ショックから立ち直るのに時間がかかりそうだった。



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