第二話 生存者
足音が通路に響く。
限界まで抑えてこれだ、隠密行動なんてできるはずがない。けれど幸いなことに、ゴブリンは頻繁に鳴いてくれるから見つかる前に退避することができていた。
「情けないなぁ」
狩人にならないといけない、なんてカッコつけたことを考えていたくせに、俺は恐怖心に打ち勝てないでいた。
遭遇したゴブリンが全て二体以上だったから仕方ないとは思う。帰宅部でインドア派な俺に複数同時に相手取る力はない。
それに、いくらゴブリンのスペックが小学生並だからといって、必ず短剣や木の棍棒など何かしらの近接武器を持っている相手に無傷で勝てるとは思えなかった。
回復手段なんて持っていないし、生き残って町に辿り着いたとしても、この世界の治療技術が低ければ詰みだ。
それでも、戦闘を避けられない場面は必ず訪れる。だから戦闘経験を積まないといけないし、もしかしたら、モンスターを倒すと経験値を得られる法則があるかもしれない。いい加減、覚悟を決めて戦うべきだ。
『ギャギャ』
「!?」
十字路を左に曲がろうとしたタイミングで前方からゴブリンの鳴き声が聞こえてくる。
足音は一体分のように聞こえ、どんどん大きくなっている。この十字路の角に隠れて奇襲すれば、簡単に倒すことができるかもしれない。
不安と恐怖で荒くなりそうな息を抑えてゴブリンを待つ。
目の前に現れたゴブリンは、俺がいる道とは逆の方に顔を向けていた。
「はぁッ!」
『ギャ!?』
俺の全力の体当たりを受けてゴブリンが軽く吹き飛ぶ。
ゴブリンが落とした木の棍棒を急いで拾い、頭を狙って振るった。
三回、四回と殴るたびに悲鳴を上げて痙攣するゴブリン。もう一度、と振りかぶったところでゴブリンと棍棒が粒子となって消え去った。
「はぁ、はぁ、ふぅ……あれ? 色が違う」
息を整えて魔石を拾うと、色が青ではなく緑だった。
もしかしたら、魔力には水や風のような属性があるのかもしれない。赤や茶色の魔石とかもありそうだ。
早鐘を打っていた心臓が少し落ち着いたから歩きだす。
ふと、時間が気になってスマホを見ると、十六時二十五分と表示されていた。ここに転移したタイミングが十六時くらい。まだ二十分しか探索していないことに驚く。
疲労的には三時間くらい経ってる気分だ。
「少し、休憩しよう……」
丁度木の扉を見つけたためその部屋で休むことにする。
ゆっくりと扉を開いて中を確認すると、
──誰かいる!?
部屋の隅で蹲っていた少女と目が合い一瞬硬直する。
よく見ると、ゲームショップで見惚れてしまった中学生の女の子だった。
部屋に入って扉を閉め、驚いた表情で顔を上げる彼女に声をかける。
「……ゲームショップで目があったんだけど、覚えてる?」
「……は、はい。覚えてます」
「あの時は不躾な目を向けちゃってごめん。できるだけ小声で話したいんだけど、近くによっても大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
ありがとう、と言って少女から少し離れた位置に座る。できるだけ優しい声音を意識したのが功を奏したのか、警戒されてるけど嫌悪感は感じない。
俺は話を続ける。
「俺の名前は佐藤徹、芝紫高校の二年生。ゲームとかアニメとかが好きで、今の状況を異世界転移だと思ってる。君の名前は?」
「私は、佐竹茜です。中学一年生です。名前は好きなように呼んでください」
「じゃあ、佐竹さんって呼ばせてもらうね。俺のことも好きなように呼んで」
「それでは、佐藤さんと」
佐竹さんが一呼吸おいて続ける。
「私もアニメやネット小説が好きで……今の状況を異世界モノや現代ファンタジーモノ、SFのようなものだと考えていました」
「現代ファンタジーとSF……あ、地球にダンジョンができた可能性か……!」
「はい。どれも突拍子もないですが」
「俺、異世界転移だとずっと思い込んでたよ。佐竹さんは凄いね」
「……考える時間だけはあったので」
そう言って表情を曇らせた佐竹さんを見て自分の失言を悟り、どうにかこうにか言葉を捻り出す。
「あー、こんな状況でパニックになってないだけ凄いよ。それに外はモンスターがいるんだ。外に出るのが正しいとも限らない」
「……そうですね、ありがとうございます」
そう言って少し笑みを浮かべる佐竹さん。
彼女は恐らく、部屋にずっといたのだろう。そして、部屋の外を探索した俺を見て自分を情けなく思った……そんな風に推測を立ててみたけど、あながち的外れでもなさそうだ。
内心でホッと息をつき、本題に入る。
「外には危険なモンスターがいる。まだゴブリンしか見てないけど、他のモンスターがいないとは思えない。
この建物自体迷宮みたいに入り組んでて、左右に別れた道や十字路、扉のない広間とここみたいな小部屋がいくつもあった……罠とか宝箱とかは見てないけど、多分ゲームのダンジョンと同じような場所だと思っていいはずだ」
「……私も扉越しにゴブリンを見ました。すぐにドアを閉めたのでちゃんと見れなかったですけど、緑色の肌と小さな体が特徴ですよね?」
「うん。倒すと光の粒子になって消えて、この宝石を落とすんだ。俺は魔石って呼んでるんだけど」
「これが……ますますゲーム染みてますね」
手早く観察した佐竹さんが『ありがとうございました』と言って魔石を返してくる。
「俺はもう少し休んだら探索を再開するよ……佐竹さんは、どうする?」
「私は……」
目を瞑る佐竹さん。
十秒ほどで目を開いた佐竹さんが口を開く。
「危険になったら見捨ててくださってかまいません……私も、一緒に行ってもいいですか……?」
「うん、いいよ。俺に佐竹さんを守る力なんてないけど、それでもいいなら一緒に行こう」
頷いた佐竹さんが右手を差し出してくる。
その小さな手を握ると、俺と同じように手が震えているのがわかった。
「佐藤さん、これからよろしくお願いします……!」
「こちらこそよろしくね、佐竹さん」
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