第十五話 修行の成果
新たにできたダンジョンは木が多めに生えた平原のような場所だった。
地面は草の絨毯に覆われ、雲ひとつない青空がどこまでも広がっている。疎らに生えた木はそこまで大きくないから、ゴブリンダンジョンよりも人を見つけやすい。だが逆に言うと、モンスターから見つかりやすい地形ともいえた。
ポツンと建つゲートの周囲を歩きながら注意深く観察する。
見える範囲には人もモンスターもいない。目印になりそうな物もなかった。やっぱり、ゲートから離れて探索する必要がある。
問題は山積みだけど、このまま立っていても仕方ない。探索しながら考えることにした。
木の上や裏にモンスターが潜んでいないか警戒しながら歩く。
このダンジョンにはどんなタイプのモンスターがいるのだろうか? ゴブリンのような人型だったら戦いやすいけど、獣型だったらかなりキツイ。
人を見つけたらどうする? 一人一人ゲートまで送るか、ある程度人が集まってからゲートに向かうか……そもそも、目印もなしにゲートの位置を把握しながら探索できる気がしない。辿り着けるかわからないけど、人を見つけたらとりあえずゲートを目指すことにしよう。
モンスターを見つけたら戦うか逃げるか……『肉体強化』はまだ使えないし、モンスターに見つかりやすいこの場所で戦うと増援が現れる可能性が高い。戦闘は極力避けた方が良さそうだ。
「やっぱり持ってくるべきだったな……」
銃刀法違反で捕まっちゃうからと、学校に持ってこなかった長剣を思い出す。
予備の武器として収納指輪にしまっていた数打物の一つを、シルヴィアは俺に護身用としてくれていた。
今は俺の部屋に置いてある。こんなことになるなら、多少無理があっても竹刀袋か何かで偽装して持ってくればよかった……
「っ! あれは……」
かなり遠くに人影が見えた気がして小走りで近づく。
すると、その大きな獣耳で音を拾っていたのか人影──モンスターが俺を待ち構えていた。
人狼、というよりは人犬といった風貌のモンスター、コボルト。
動画で何度も見たコボルトと同じで、毛に覆われた体はゴブリンのように小さく、手には木の棍棒が握られていた。
こいつが他のダンジョンと同じコボルトならかなり運がいい。ネットの情報によると、コボルトはゴブリンと同じ身体能力かつ武器は棍棒しか持たない。索敵能力が高いため戦闘が長引くと援軍が続々と現れること以外は、警戒する必要のない雑魚モンスターと書かれていた。
つまり、逃げに徹するか戦闘に手こずらない程度の力を持っていれば、ダンジョン化に巻き込まれた生徒たちも生き残れるということだった。
『ワンッ!』
俺は吠えるコボルトに向かって直進する。
向かい撃とうと棍棒を振りかぶるコボルトをよく見て、俺は振り下ろされる瞬間に右へと跳んだ。
「はァ!!」
『ウォン!?』
俺は少し前のめりになったコボルトの顔面を殴る。
ふらついたコボルトの棍棒を両手で掴み引っ張りながらお腹を蹴ると、驚くほど簡単に棍棒を奪い取れた。
「ふッ!」
『ギャン!?』
奪った棍棒を振り下ろして頭を砕く。
数え切れないほど長剣を素振りしたからか、一度の振り下ろしで仕留めた感触があった。
ビクンッ、と一度大きく震えたコボルトの全身が粒子化する。
コボルトが残した小さな緑魔石を見て、俺は一息ついた。
「うっ、気持ち悪い……」
吐き気を堪える。
久しぶりに生き物を殺したせいか、敵意むき出しとはいえ犬の顔を持っているせいか気分が悪くなった。
「はぁ、ふぅ……行こう」
魔石を拾って深呼吸をする。
これから先もダンジョンに入るのだから、こんなことで立ち止まるわけにはいかない。
俺は気合を入れ直して探索を続けた。
俺は今回、切り札というべき『召喚』を使うつもりはない。召喚についてほとんど何も知らないからだ。
人限定なのか、物も召喚されるのか。
人が召喚されるとしても、シルヴィアみたいに怪我を負ってる可能性もあれば、悪人を召喚してしまう可能性だってある。
だから、俺とシルヴィアは万全の状態で召喚をしようと決めていた。
「早く溜まってくれ……」
ダンジョンに入ってから、魔力が体の内に溜まっていくのを感じている。
この魔力がいっぱいになれば、体が勝手に肉体強化を発動するはずだ。
何度も訓練したが、俺はまだ肉体強化の任意発動に成功したことがない。シルヴィアにとって初めての出来事らしく、珍しく困惑していた。
魔力操作の才能を持つ人はほとんどが任意発動できる。俺はまだ肉体強化の感覚を知らないから発動できないのではないかとシルヴィアは考察していた。
「ッ!」
『グルゥァ!?』
二体いたコボルトの最後の一体を倒す。
青い魔石と赤い魔石を拾い、少し乱れた呼吸を整えた。
戦闘はこれで三回目。倒したコボルトの数は四体、スライムの数が一体だ。
丸っこい形の粘り気のある液体モンスター、スライム。
魔法に弱いこのモンスターは中心にある核を壊さない限り倒せない。だけど、核と切り離された体は粘性を失って消え去るから棍棒でも倒すことができた。
しかし、棍棒だとちまちま削るしかなくて時間がかかってしまう。それに棍棒の持ち主を倒してしまうと棍棒がなくなってしまうため、コボルトを一体残した状態でスライムと戦う必要があった。
武器がなければスライムには勝てない。手を突っ込んで核を潰すことはできるだろうけど、じわじわと獲物を溶かすらしいスライムに手を突っ込む勇気はなかった。
「はぁ、厄介だ……」
最初は戦闘を避けるつもりだったけど、コボルトの索敵能力が思ったよりも優秀なせいですぐに見つかってしまう。それにくわえて、このダンジョンはスライムも出現する。別種のモンスターがほかにもいるかもしれないし、個人的にはゴブリンダンジョンの方がやりやすかった。
それにしても、
「シルヴィアってほんとに凄いな……」
修行の成果を実感し改めて思った。
以前とは見違えるほど体力も筋力もついて、戦闘にも余裕がある。死物狂いで頑張ったとはいえ、たった二週間程度の修行でここまで変われるとは思ってなかった。
それもこれも、全てシルヴィアのおかげだ。
強くてかっこよくて可愛くて教え上手の師匠に改めて感謝の念を送った。
気を取り直して、代わり映えしない平原を進む。
知ってたことだけど、ダンジョンはやっぱり広い。まだ探索し始めて十分しか経ってないけど、誰かの悲鳴すら聞こえない。
ここはゴブリンダンジョンとは違って声のする方向がわかりやすいはず。だから、誰かの声が聞こえればすぐに向かうつもりなんだけど……
「いやあああぁぁ!!」
「っ!?」
前方から甲高い悲鳴が聞こえて心臓が跳ねる。
声が聞こえた方向に全力で走ると、前方に複数の人型が見えた。
『グルルルゥゥ!』
『ワンワンッ!』
「こ、こないでえぇぇぇ!!」
「ひっ……!」
二体のコボルトに追われ脇目振らず右へと走っている女子生徒二人。
これ以上叫びながら移動されると別のモンスターを呼んでしまう。俺の方に来てもらうために声を張り上げた。
「こっちだ! こっちに来るんだ!!」
俺の言葉を聞いてこっちに向かってくる二人と二体。
「戦うから少し離れてて!」
「え!? な、なんで!?」
「逃げないの!?」
逃げるどころか戦おうとしてる俺に困惑する二人とすれ違う。
このまま逃げ続けるのか立ち止まるのかわからないけど、今は戦闘に集中する。
『ワンッ!』
『グルゥ!!』
一体目の振り下ろしを右にステップして避ける。
二体目の横薙ぎをバックステップで避けコボルトの顔を殴った。
「くっ」
手の痛みを我慢して棍棒を奪い取る──失敗。一体目がもう一度振り下ろしてくるため避ける。
『ギャン!?』
『ワフ!?』
「うわぁ……」
一体目の振り下ろしが二体目の肩に直撃し、片方は転がり片方は動揺する。
その隙を俺は見逃さず、動揺してるコボルトにタックル。地面に落ちてた棍棒を拾って振り下ろした。
一体、二体とコボルトにとどめを刺して周囲を警戒する。
……援軍はなさそうだ。一息ついてから魔石を拾い、恐る恐る近づいてくる二人に優しく声をかける。
「怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です……」
「ありがとう。助かったわ」
軽く自己紹介をすると、二人共三年三組で年上だった。
体育の授業を受けていたクラスは三年の三組と四組だったらしく、例に漏れずダンジョンに吸い込まれた瞬間の記憶はなかった。
「偶然ミヤと会えて、一緒に救助が来るまで隠れてたの」
「あのコボルトに見つかった時は正直終わったと思ったわ……だから本当にありがとう」
「いえ、二人が無事で良かったです」
もう一度感謝してくる社木花さんと田中宮子さんを見て、あのとき勇気を出してほんとに良かったと思う。
他の人を探しながらゲートを目指しましょう、と俺が言うと二人は頷いた。
「そういえば、徹君コボルトを簡単に倒してたけど、何か武術でも習ってるの?」
「あ、それは確かに気になるわね」
しばらく歩くと、長いポニーテールを靡かせた社木さんが聞いてくる。
俺は少し考えて、嘘を交えることにした。
「一月前から剣道やってます」
「えー! うそー!? 一ヶ月だけであんだけ強くなったの!?」
「剣道の前は何も習ってなかったのかしら?」
「何もしてなかったですね」
俺の言葉に驚く二人が感心してくれてるのを見て、とても嬉しくなる。
修行、頑張ってきて良かった……
「あ、見て! あそこに人が!」
社木さんが指差す方を見ると確かに何人かいて、俺たちに気付いたのか手を降ってくる。
人と出会うペースが早いな。ゴブリンダンジョンの時と大違いだ。
「行きましょう!」
「うん!」
「ええ!」
こちらに向かってくる集団を見て、俺たちも歩き始めた。




