第十四話 新たなるダンジョン
ダンジョン化に巻き込まれ生還した人はテレビやネットでは生還者と呼ばれている。
ダンジョンができた当初は勝手な憶測が広まっていたが、今は落ち着きを見せていた。
『化け物染みた身体能力を得た』『異世界の病原菌を地球に運んだ』『モンスターと入れ替わってる』
だから生還者は危険だ、と言って隔離やダンジョンへ追い返せと主張していた一部の過激な人を俺は恨んでいる。
不安だったのはわかるけど、死にかけた俺たちに言うことじゃないだろう。それに、病院の検査や警察の事情聴取で判明したことは即ニュースで取り上げられていたのだ。責めるのも疑うのも見当違いだ。
そういう出来事があったから、俺は自分が生還者であることを隠している。
それに、バレたら根掘り葉掘り聞かれるだろうからな。
「……」
零れそうになるあくびを堪える。
昼休み明けの授業が数学とか、完全に眠らせにきてると思う。今グラウンドで体育を受けてるクラスが羨ましいな。
そんなことを考えながら俺は問題を解いていく。
しばらくノートに書き込む音だけが教室を満たしていた。
──?
風が唸るような音が聞こえた。
段々大きくなっていく音は窓の外から聞こえる。
まさかと思い窓に駆け寄ると、信じられない光景が見えた。
グラウンドの真ん中にポツンと浮かぶ黒い点。
それに吸い寄せられるボールや木、そして人。
空間が捻れたように歪み──やがて、全てを飲み込んだ黒い点が門の形へと変わった。
「嘘……だろ……?」
掠れた声が漏れる。
今見た光景は動画で見たダンジョン化と同じ。つまり、これから先どこにいっても、ダンジョン化の恐怖が付きまとうことを意味していた。
ざわざわと騒がしくなる教室。どこかから甲高い悲鳴が聞こえた。
「皆さん落ち着いて! 慌てず騒がず、廊下に並んでください!」
いち早く我に返った先生が避難誘導を始める。
その直後、二人の男子が教室を走って出ていった。
「ちょ、ちょっと待って勇翔! 生死!」
「はぁ、相変わらず無鉄砲ね」
慌てて廊下に出て呼び止めた女子の声を二人は聞かなかったらしい。廊下に出たもう一人の女子が溜息をつく。
「ほんと、仕方ないわね……ゆき、あなたは警察と異空間門庁に連絡してここで待ってなさい。私は馬鹿二人を連れ戻してくるから」
「え? ちょ、ちょっと! 待ってよひめ!」
背中まで伸びたストレートヘアを靡かせて、ため息をついた少女──松本ひめが二人を追いかけに行く。
ショートヘアがよく似合うスポーツ少女──高橋雪子が少し逡巡した末、スマホを耳に当てながら松本を追いかけた。
他校にすら有名な四人組を呆然と眺めていた俺たち。
我に返った先生が誘導を再開したのは、彼ら四人──正確に言うと三人──が信頼厚い優等生だからだろう。
「……」
男子二人──本庄勇翔と田中生死はなぜ飛び出していったのか。
それが無性に気になった。
──はぁ、相変わらず無鉄砲ね。
松本さんの言葉が頭に浮かぶ。
「佐藤くんも早く並んで!」
「……はい」
あの日、ショッピングセンターがダンジョンと化したあのとき。
俺が気付かなかっただけで、あの四人はショッピングセンターにいたのかもしれない。そして、自力か救助かはわからないけど彼らは生還した。
本庄君は正義感に溢れる人だ、人のために自分を犠牲にできる優しい人だ。そんなことを女子が語っているのを俺はよく耳にしていた。
だからだろう、彼らがダンジョンに向かっているなんて妄想が頭から離れないのは。
「先生」
「っ、どうしました?」
浮足立つ生徒を宥めて忙しそうにしてる先生に俺は声をかける。
少し苛立った顔をする先生に申し訳なく思いつつ、俺はある質問をした。
「そ、それは……違います。変なこと言ってないで静かに並んでてください」
「わかりました、すみません」
そう答えた先生が教室に誰か残っていないか確認しに戻る。
俺はその隙に列から抜け出した。
廊下に並んでいた他クラスの生徒の奇異な目を受けながら、俺は玄関まで向かう。
階段を降り、一年生の列を横切り、玄関にある俺の靴を履く。その途中で先生や生徒に呼び止められたけど、無視してここまでやってきた。
スマホを取り出して連絡帳を開く。
母さんの欄をタップし電話をかけながらグラウンドに向かって走った。
もしかしたら、学校はダンジョン化に巻き込まれた生徒の情報をダンジョン庁や警察から受け取ってるかもしれない。そう思った俺は、先生にこう質問した。
『今教室を出た本庄君たちは生還者ですか?』
俺の質問を聞いた先生は驚いた後に、しまった、というような顔をしてるように見えた。
恐らく聞かれても黙秘しろと言われてるだろう。そして、聞いた人が同じ生還者の俺だったから、自分のあからさまな反応で俺にバレてしまったと思ったのかもしれない。
もしかしたら違うかもしれないけど、俺にはそう見えて仕方なかった。
馬鹿なことをしてる自覚はある。無謀だし愚かだし浅はかだと自分でも思っている。
全て俺の勘違いかもしれないし、俺がダンジョンに入ったってなんの意味もないかもしれない……それでも、俺は見て見ぬふりをすることができなかった。
『もしもし、どうしたの徹?』
「母さんごめん! 俺、今からダンジョンに入る!」
『はあ!? 何言ってるの!? 今どこにいるの!?』
「学校のグラウンドがダンジョンになったんだ! いっぱい生徒が飲み込まれた!」
『っ、馬鹿なことは止めなさい徹! あなたが──』
「ほんとにごめん……」
電話を切る。
母さんの必死な声が耳に残って離れない。今すぐ立ち止まりたくなるけど、迷いを振り切って走り続ける。
シルヴィアに助けを求めることも、みんなと一緒に避難することも考えた。俺は物語の主人公じゃないのだから、大人に任せて大人しくするのが正しいはずだ。
だけど、そう思うたびに茜の姿が脳裏をよぎる。
あの日、俺が最初の部屋で蹲ったままだったら茜は死んでいたかもしれない。今、俺が立ち止まってしまったら誰かが死んでしまうかもしれない。
そう思うと、俺は居ても立っても居られなくなってしまうのだ。
「はぁ、ふぅ……」
ダンジョンゲートの前に立つ。修行のおかげか思いの外早く息が整った。
恐怖も不安も体の震えもある。だけど、あの日ほどじゃない。
「──絶対、生きて帰る!」
ダンジョンの先に広がる平原に向かって、俺は足を踏み入れた。




