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第八話 情報収集

 


「……ありがとうお父さん、お母さん。もう落ち着いたよ」


 この年にもなって泣きじゃくってしまったことに羞恥を覚える。そんな俺の気持ちは二人にはお見通しなのか、生暖かい目を向けられてさらに恥ずかしくなった。


 ふと、今が何時か気になって二人に聞くと、昼の十五時十二分だと教えてくれる。

 自分がいつ眠ったのか覚えてないけど、十時間以上は確実に眠っていただろう。茜とシルヴィアさんは朝に起きたらしいのに……改めて自分の脆弱さを思い知った。


──絶対、体鍛えよう……


 グー、と俺のお腹の音がなる。それを聞いたお父さんが看護師さんに連絡をとってご飯の手配をしてくれた。




 病院食はマズイのかと思っていたけど、少し薄味なだけで結構美味しく感じた。昨日の昼から何も食べていないからかもしれない。


 空腹が満たされて人心地つく。すると、ダンジョンで考えないようにしていた疑問や興味が湧いてきた。

 ネットやニュースを確認したいけど、まずは飽きもせず俺を眺めていた二人に色々と聞くことにする。


「あのダンジョンについて、色々聞きたいんだけど……」

「ああ、気になるよな。先生が来るまで話そうか」


 お父さんが語った内容はニュースがメインだった。ネットは情報が錯綜しているらしく、信憑性が低いらしい。それに、自衛隊の調査で判明したことはニュースがいち早く取り上げてくれるのだとか。

 話をまとめると。


 世界中に現れたダンジョンはわかっているだけでも六百箇所以上。日本は三十箇所以上だ。ダンジョンが発生した場所は建物、生き物全てを飲みこんで更地にする。その範囲に規則性はないけど、更地の中心に門がポツリと建っているのは共通していた。


 『ダンジョン化』とネットで呼ばれているこの現象の発生数や巻き込まれた被害者数は、まだ正確なところはわかっていない。推定では、日本だけで千二百人以上の被害者が出ている。その内、保護された者の数は二百五十六人。多いのか少ないのかは意見が分かれているらしい。


 自衛隊の調査によると、ダンジョンは洞窟や遺跡、平原や森など様々な場所に繋がっている。そこには人を襲うモンスターが必ずいて、言葉が通じず、姿形はゲームやアニメのモンスターとほとんど変わらない。魔法のアイテムが入った宝箱や希少金属が出る鉱山なども見つかっていて、モンスターも門の外から出てこない。その吉報のおかげで、世界中の不安や恐怖で暗かった空気が払拭された。


 門はどうやっても破壊できず、ダンジョン内に何か物を設置しても人が離れると消えてしまう。日本では自衛隊や警察がダンジョンの前を封鎖していて、一般人は入ることができない。それに対して小さなデモが起きたり、陰謀論がでてきたりするのだから日本は変わらず平和だと思った。


「ダンジョンに入るとチート? とかいう超能力に目覚めるとか、異世界人を見たとか、信憑性の薄い情報もネットには上がっていたな」

「そ、そうなんだ」

「ああ。まあでも、ダンジョンなんてものが現れたんだから、何があってもおかしくないと思うがな」


 そう言って話を切り上げるお父さん。

 丁度そのタイミングでお医者さんが部屋に入ってきた。











 入院生活四日目の朝。

 今日で最後の検査が終わるから昼頃には家に帰れるらしい。この三日間は本当に大変だった。存在する全ての検査を受けた気分だ。


 国十割負担で検査を強制されたのは、ダンジョンから未知のウイルスや病気を持ち込んでいないかが問題になったからだ。

 その過程でいざこざや問題もあったけど、異例の速さで法案が可決されたらしい。ゾンビウイルスとか持ち込んでたら国が滅ぶのは当たり前だし、俺に不満はない。むしろ、ダンジョンに入った者は即射殺なんて国があるみたいだから日本に生まれてよかったとすら思った。


 検査の他にも警察や異空間門庁──ダンジョンの門自体はアナザーディメンションゲートと呼ぶらしい。急造された国の官公庁で、ネットではダンジョン庁としか呼ばれない──の事情聴取やマスコミの取材もあったけど、取材に関しては断ることができるため俺は断った。事情聴取で語った内容しか話せないし受ける意味がなかったのだ。


 シルヴィアさんがいる病室の前で立ち止まり、ノックする。

 どうぞ、とシルヴィアさんの声を聞いて扉を開いた。


「おはようございます、トオル」

「おはよう、シルヴィアさん」


 ポニーテールを下ろしたシルヴィアさんが俺を出迎えてくれる。

 腕や顔にあった傷は既にない。面会した警察官やダンジョン庁職員へのデモンストレーションを兼ねて回復魔法を使ったのだ。


「体調とか大丈夫ですか?」

「心配してくれてありがとうございます、問題ありません。トオルはどうですか?」

「俺も大丈夫です」

「そうですか、それは良かった」


 そう言って優しく微笑むシルヴィアさんに見惚れてしまい、慌てて目を逸らす。


 この四日間で茜とシルヴィアさんと何度か会っているけど、踏み込んだ話はまだしていない。長話できるほど時間もなく盗聴されている可能性を危惧したから、というのもあるがシルヴィアさんの面会には俺と茜も参加していて、最終的に俺の家にシルヴィアさんが住むことになったのが一番の理由だった。


 お父さんは最初、シルヴィアさんを家に住まわせることに反対だった。だけど、最終的にお母さんの取りなしと俺の土下座で折れてくれた。

 自分が最低なことをしている自覚はある。両親に嫌われるのは怖かったし、自分への嫌悪感で吐きそうだった。だけど、シルヴィアさんを元いた世界に帰すためにはこうするのが一番だと俺は思っていた。


 理由は二つ。


 一つは、シルヴィアさんがダンジョン庁に保護された場合、俺が二度と会えなくなるかもしれないから。俺の『召喚』がシルヴィアさんを帰す鍵になるかもしれないのに、会えなくなるのはマズイ。正直に言えば協力させてくれるかもしれないけど、そうなると俺たちが隠している話を全て明かす必要が出てくる。


 もう一つは、ダンジョン庁がシルヴィアさんをいつでも迎え入れてくれると言っていたからだ。ダンジョン庁に何の情報を明かし、どの情報を隠すかを一度三人で話し合う時間が欲しかった。


 面会の時を思い出す。


 明らかに、ダンジョン庁職員の男性はシルヴィアさんを強引に保護しようとしていた。異世界人はダンジョンを解明する重要な手がかりなのだから当たり前だ。

 日本のことを思うなら、全てを明かしてシルヴィアさんを送るべきだろう。俺の行動が世間にバレたら非国民と呼ばれるかもしれない。だけど、俺はシルヴィアさんを帰すためなら何だってするつもりだった。

 それに、十中八九気のせいだけど、シルヴィアさんが俺と離れたくなさそうな顔をしている気がしたのだ。今思い返すと頭から火が噴きそうなほど恥ずかしい妄想。だけど、その時の俺は居ても立っても居られず、シルヴィアさんに家に住まないかと提案してしまった。


 ……承諾してくれたのは俺の『召喚』が鍵だとシルヴィアさんも思っていたからだろう。もし断られてたら恥ずかしすぎて死んでたいから助かった。


「しかし、厄介になってしまって本当によろしいのですか?」

「全然大丈夫! お父さんもお母さんも、こんな可愛い娘が欲しかったんだ、とか言って喜んでたし!」

「……そう、ですか。すみません、ありがとうございます」


 申し訳無さそうなシルヴィアさんに余計なことを言ってしまう。

 似たようなやり取りを二回はしたけど、未だに気にしていたらしい。ダンジョンでも感じていたことだけど、シルヴィアさんは本当に生真面目な人だ。


 話が途切れて顔を見合わせる。


 ダンジョンでは余裕がなくてよく見てなかったけど、シルヴィアさんは本当に綺麗だ。

 身長は多分百六十前後。俺を軽々持ち上げたのが信じられないくらい体は細く、肌は透き通るように白い。背中まで伸びた金髪は身じろぎするだけでサラサラと揺れ、澄んだ青空のような碧眼はクールな印象を抱かせる。いつも浮かべている優しげな笑みに誰もが見惚れるだろう。茜ほどではないけど、病院服を盛り上げる胸は思わず見てしまうくらいには大きい──って、何を考えてるんだ俺は。


「す、すみません! 不躾な目を向けてしまって……」

「……!? あ、頭を上げてください!」

「え?」


 シルヴィアさんに頭を下げると、困惑の声が耳を打つ。

 訳がわからず顔をあげると、シルヴィアさんも訳がわからないといった表情だった。


 一つ呼吸を置いて冷静になったシルヴィアさんが言う。


「そのような視線は慣れていますし謝らないでください。あなたの清廉であろうとする態度を好ましいですが、悪人に見られてしまったら付け狙われますよ」

「せ、清廉? いや、俺はただ悪いことをしたから謝っただけで、別に清廉であろうとしたわけじゃ……」

「……これも文化の違いですか。やはり、早急にニホンのことを知る必要がありますね……今日は酒場で情報収集することにしましょう。トオル、あなたがよければ宝石商に案内していただきたいのですが」

「……」


 文化、常識の違いを肌で感じて頭を抱える。

 そんな俺を見て首を傾げるシルヴィアさんを見て、俺は何から説明すべきか頭を悩ませた。



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