第一話 変革
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高校から自転車で五分の場所にある大きなショッピングセンター。その三階にあるゲームショップに俺は予約していたゲームを買いに来ていた。
せっかく来たのだからと店内を見て回っていると、中学生四人組の一人と目が合う。
──うわ、めちゃくちゃ可愛い……。
その子は四人の中でも特に小柄で、黄島中学の制服を着ていなかったら小学生と間違えていただろう。サラサラな黒髪をツーサイドアップにしていて愛らしい顔によく合っている。そんな幼い容姿とは裏腹に、大きな胸が存在を主張していた。
もしかしたら、アイドルなのかもしれない。
「ぁっ」
少女のか細い声を聞いて我に返る。不安げな顔の少女に気付いたのか、隣りにいる少年が俺のことをキッと睨んできた。
慌てて頭を下げる。
「怖がらせちゃってごめん……!」
そう言ってすぐにレジに向かう。顔を上げた時に見えた、なにか言いたげな少年ときょとんとした少女の顔が頭から離れない。罪悪感と羞恥心が募るばかりだ。
さっさと買って帰ろう、とレジの近くで予約チケットが入った財布を取り出す──
──その瞬間、世界が変わった。
「は、え?」
シンとした空気に自分の間の抜けた声が反響する。目の前に広がる光景は、一言で言うならダンジョンの小部屋だ。
石畳の床に石レンガの壁、松明が壁に取り付けられ木製の扉が一つある。ゲームでよく見る背景そのものだった。
震える膝に耐えかねて尻餅をつくと、固くて冷たい感触がお尻と手に伝わってくる。
「夢じゃ、ない……?」
手から伝わる感触は現実だ。
恐らく、俺は異世界転移してしまった。
「は、はは、まじかよ……」
オタクなら一度は妄想するだろうファンタジーな状況に乾いた笑いが零れる。
どうせなら、召喚の方にしてほしかった。
こういう時、主人公はどうするのだろうか。過去に見た作品を必死に思い出してみる。
確か……精神を落ち着かせるために深呼吸していた気がする。
「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」
深く息を吸って、吐く。何度か繰り返すと少し冷静になれた気がする。
とはいっても体は震えるし背中は冷や汗でビショビショ、心臓が早鐘を打って気持ち悪い。主人公のようにはいかなかった。
ふと、今の状況と似たような場面で怯えて動けなかったキャラクターのことを思い出す。あの時は情けないと馬鹿にしていたけど……今の俺の方が情けなかった。
何も行動しなかったあのキャラは犬のモンスターに殺されて死んだ。俺もこのまま動かなかったらあのキャラのように殺されだろう。そんなの、絶対に嫌だ。
「異世界モノを思い出せ……何をすべきか考えろ。」
恐怖と不安で頭がクラクラするけど、口に出せばなんとかまともに思考できる。相変わらず声も体も震えているけど、動かなければ死んでしまう。
立ち上がって方針を決める。
「まずはこの小部屋を調べながら、チートとかステータスがあるか確認する。ゲーム売り場にいた人たちもいるかもしれないし、早めに探索しないといけないか」
チートやステータス、魔力の存在は異世界モノの定番だ。どれか一つあるだけでも生存率はぐんと上がるだろう。瞑想したり、魔法を唱えたり、ステータスと口に出すのは恥ずかしいけど、今はそんなこと言ってる場合じゃなかった。
「最悪だ……」
小部屋の探索と能力の検証を始めて約十分。最悪なことに、何一つ得るものがなかった。
考えないようにしていたけど、やっぱり俺は巻き込まれたモブポジションなのかもしれない。主人公が置かれている状況の過酷さを読者に伝えるための、モンスターに殺されるためだけに存在する役だ。
もちろん本気で思っているわけじゃないけど、帰宅部でインドア派な俺がチートなしで生き残れるわけがない。モブのようにあっさり死ぬ未来しか見えなかった。
ふざけるな、と口に出す気力もない。絶望的な状況に早くも心が折れかけていた。
「……行くしか、ないよな」
木製の取っ手を握る。
チートがあろうがなかろうが、この場で蹲り続けるわけにはいかなかった。
俺は最初、この場所をダンジョンのようだと思った。だけど、異世界の要塞や城の部屋である可能性に思い当たらなかったわけじゃない。それでもこの建物がダンジョンで、モンスターがいることを前提に考えていたのは、もしかしたら本能が警鐘を鳴らしていたからなのかもしれなかった。
迷路のようにいくつも別れ道や十字路があるこの場所が城だとは思えない。そして、俺を襲ってきた言葉が通じない人型が人間なわけもなかった。
「──はぁ、はぁ、はぁっ」
『ギャ、ギャ、ギャ!』
走る。がむしゃらに走る。何度も転んだせいで体のあちこちが痛いけど、立ち止まったら殺される。
──普段から、体鍛えとけば良かった……!
逃げ出したのはついさっきだというのに、もう息切れを起こしている自分が情けない。普段からランニングをしていれば、小学生並に足が遅いこのモンスターを簡単に撒けただろう。もし武術を習っていたら、モンスターが短剣を持っているからといって逃げだしてしまうこともなかった……はずだ。
後悔先に立たず。生き残れたら体を鍛えようと決意する。
「刃物に、勝てるわけ、ないだろっ」
『ギャ、ギャギャ!』
小学生並の矮躯に緑色の皮膚、腰みの以外は何も身に着けていないその姿はゲームの『ゴブリン』そのもの。足が非常に遅く体力もないコイツは正しく雑魚モンスターと言っていいだろう。
だけど、本物の短剣を持っているのだ。
当たり前だけど刺されたら死ぬ。それにもし、この世界の治療技術が低かったらちょっとした怪我でも病気になって死ぬだろう。
逃げた俺は何も間違っていないはずだ。
それでも、戦わなければ未来はない。このままゴブリンを引き連れて逃げたところで別のモンスターに出くわすだろうし、もし運良く誰かと出会えても、その人がチートに目覚めていなかったら巻き込んで殺してしまうことになる。
だから、俺がするべき行動は一対一で戦える今の内に倒すこと。誰かを巻き込む可能性に思い至ってやっと、俺は覚悟を決めることができた。
「高校生が、小学生に、負けるわけないよなぁ!!」
『ギャギャ!』
立ち止まって振り返ると、俺と同じくらいヘトヘトなゴブリンの姿が見える。
……こんな情けないモンスターから逃げ切れなかった事実に、怒りより先に不甲斐なさを感じた。
「ちくしょおおおぉ!!」
『ギャギャ!?』
ゴブリンに向かって走り出す。今まで逃げていた情けない獲物の反撃に驚いたのか、転びそうになるゴブリン──チャンスだ!
「ああああああぁぁ!!」
『ギャッ』
教科書が入った重い鞄をゴブリンにぶつける。悲鳴を上げて倒れたゴブリンが落とした短剣を拾って、そのまま胸に突き刺した。
骨にぶつかったのかあまり深くは刺さらなかったけど、血の代わりにドバドバと光の粒子が溢れている。悲鳴も上げず痙攣していたゴブリンはやがて動かなくなり、全身を粒子化させて消えていった。
地面に落ちた小さな宝石を呆然と眺める。
「し、死ぬかと思った……」
じわじわと生きている実感が湧いてくる。
もし、このダンジョンにいるモンスターが今のゴブリンと同じスペックなら、誰かと協力すれば生き残れるかもしれない。ずっと心にあった諦観が希望に変わるのを感じた。
「急いで他の人を探さそう」
ゴブリンの代わりに落ちた宝石を拾う。
これは……魔石だろうか? 見た目は透明感のある青色の宝石でサファイアという単語が頭に浮かぶ。だけど俺は宝石や鉱石に全く詳しくないため、これがサファイアなのかどうか判別つかない。ゴブリンが落としたから魔石と呼ぶことにした。
それにしても、と心の中で呟く。
初めて虫以外の生き物、それも人型の生き物? を殺したけど、意外と大丈夫みたいだ。罪悪感と嫌悪感、そして高揚感を感じているものの恐怖心の方が何倍も強い。ゴブリンには申し訳ないけど、それでいいと思った。
殺さなければ殺される、そんな状況で罪悪感の方が勝る聖人君子よりも、生き残るために殺すと断言できる狩人に俺はならないといけないのだから。
「あ、短剣……」
俺の命を救ってくれた武器を探すが、ゴブリンと同じように消えたのかどこにも落ちていない。残念だ……。
こんなゲームみたいな場所なんだ、どこかに魔法の武器が入った宝箱があってもおかしくない……なんてことを考えて自分を元気付けた俺は、ポケットに魔石を入れて歩きだした。




