46「荒野のルール」の巻
『武器屋のおじさん』ことニコラス・アズラエル(38歳独身・結婚歴なし)は、経営する武器店に客が来ないので朝刊を読みふけっていた。
「……えーと、なになに」
【…全員が『杖使い』なことで知られる冒険者小隊、『マンマミーア団』の首領ゴンタ・クレス氏(29)が昨夜未明に変わり果てた姿で発見された。発見者によると、氏は全裸に剥かれた状態で路上に放置され、身体中に拷問を受けた痕跡があった。下半身、特に肛門周りを重点的に太くて硬い『鈍器のようなモノ』で責められたような痕跡があり…】
「ったぁ〜!世の中物騒だね!!」
【…関係者筋によると、母親思いな氏は自身の稼ぎのほとんどを母親の口座へ毎月仕送りしており…】
「へぇ!人は見かけによらないもんだ」
【…氏の父親は15年前の鉱山での落盤事故から命がけで部下達を救出し、自身の尊い生命を犠牲にした『リッパー・クレス』氏であり…】
「……この事故知ってる。……息子さんだったんだ」
【…母、マリア・クレス氏は『息子は、誰がなんと言おうと、私にとって立派な息子です。そして、仲間思いな優しい子です。病院にいる息子のためにも二度とこのようなことが起こらないように、この島の住民として、ひとりの母親として、関係者の皆様にお願いを申し上げます。そして、犯人さん。あなたにも母親がお在りでしょう。どうか、お母様を悲しませないであげてください』と、本誌記者に涙ながらに語り…】
「……このお母さん、可哀想……」
【…ゴンタ・クレス氏が収容されている病院関係者によると『氏は、肉体的なケガは比較的軽いものの、精神的にまだ立ち直れておりません。主治医の判断により取材は今後一切お断りさせて頂きます』とのことで、氏の受けた精神的なダメージは計り知れないものと…】
「よっぽど酷い拷問されたんだな。……何されたんだろ」
【…当局は、事件の直前にクレス氏らと酒場で言い争っていた女性の似顔絵を各所へ配布し…】
「……なんか、この『似顔絵の女』どっかで見たことあるような。……まあ、気のせいか。こんな凶悪犯の知り合いはさすがにいねえし……」
その時。
カランカランと武器屋の扉が開いて、一人の年配の冒険者の客が入ってきた。
『武器屋アズラエル』、本日始めての客だ。
「……いらっしゃい」
武器屋のおじさんは店に入ってきた客に声をかけると、読んでいた朝刊をカウンターの上に置いて接客を始める。
武器屋のおじさんは頭の中だけで、こう思った。
……被害者の身内の方々には気の毒だが、ワルサ島では酒場でのいさかいなど日常茶飯事だ。みんな結局、誰かの不幸よりも自分の幸福の方が重要なんだ……
……この俺も含めてな……
頭の中で、この事件に対する自分なりの気持ちの落とし所を見つけた武器屋のおじさんは、それきり事件のことを考えるのを止めて、自分の生活のために自分の仕事を始めた。
それが、この荒野にほど近い町で生きる者達にとっての、暗黙のルールだった。
(口笛とギターでフェードアウト)
♫ぴっぴ〜…ぴぃぅいぅいぃ…ぴっぴ〜ぴぅいううぅ、
ぴっぴ〜…ぴぃぅいぅいぃ…ぴぃぅうぃ…ぴぅいううぅ…♫
……ジャン!
続く…
好きな新聞は『冴羽獠がショットガン隠したやつ』です。




