13「吐き気を催す邪悪とは…!」の巻
「やめろ!その娘達を傷付けるな!」
オレは、身をよじって鎖の拘束を逃れようとするが、動けば動く程鎖はオレの皮膚に食い込み肉を刳ろうとする。
「…よしなさい、本当に体がちぎれるわよ」
静かな声でオレに警告しながら、魔女は、この娘達を傷付ける気はないわ、と言葉を続ける。
魔女に額を押さえられた幼なじみ二人の身体の痙攣が収まり、二人は再び安らかな寝息を立て始めた。
「…二人には偽りの記憶を植え付けさせてもらった。私について余計なことを、だれかに話さないようにね。もし私のことをだれかに話したら、この二人には死んでもらう」
言葉の後半はオレに向けて言ったものだ。
オレは黙って頷く。この魔女は、興味のない対象には容赦をしない性格のようだ。黙って従うより他に道はない。
「…この二人には、ダンジョンの落とし穴に落ちてあなた共々私に助けられた、そういう記憶を作って植え付けた。それはいいわね?」
この言葉にも、オレは黙って頷く。魔女は相変わらず冷たい目でオレを見ている。
魔女は『人の記憶を自由に操作』できるらしい。
そんな魔術聞いたこともない。それに、魔女が使った『二つの対象に同時に、同一の魔術をかける』という技術もオレは聞いたこともなかった。
魔術というものは基本的には『単体に対して効果を及ぼす』ものだ。女魔術師として高位の血筋に生まれたラッテの『探知』でさえ、自分自身という『単体』に掛けた自己感覚強化魔術である。
見たこともない魔術を次々と使いながらも、魔女は少しも疲弊した様子を見せない。魔女の持つ底知れない力に対して、オレは心の底から戦慄する。
そんなオレの様子をよそに、魔女はラッテの衣服をしばらく指先で抓んで、植物の繊維で出来てるのね…原始的、とつぶやいた後、パチンッ!とその指先を鳴らす。すると、一瞬にして魔女の仮面と獣骨のハイヒールが消え去り、魔女の体には濃い紫色の魔術師のローブが代わりに出現する。
こんな魔術もオレは聞いたことがない。
魔女と、オレ達現生人類との間には呆れるほどに技術的な懸絶があるようだ。
魔女は、声も出せないオレに対して向かい合い言葉を続ける。
「…今後あなたには、私の言うことに黙って従ってもらう。私に逆らえば、…そうね」
魔女は少し考えてから言葉を続けた。
「…落とし穴に落ちてこの娘達が気絶している間に、気絶したこの娘達に対してあなたがあらん限りに自らの欲望の限りを尽くした、という話をでっち上げてこの娘達に言う。
むしろ、そういう記憶を作って植え付ける」
は…?
「そして、偶然その現場を目撃してしまった私のことも手籠めにしたあなたは、『ヘヘ…黙ってりゃ悪いようにはしねえよ…』と生臭い息を吐きながらゲスな言葉を私に投げかけ、私のことを肉体的にも精神的にも責め苛み支配した上で自分のパーティーに魔術師兼自分専用肉奴隷として勧誘した。
そういうことにする。
もし、あなたが私に逆らえば、ね」
「おい…」
思わずオレは声を発する。
なにを言うとるのだ、こいつは。
「私にはそういうことができる。私を受け入れるか、大切な幼なじみの女の子を私に殺された上に一生追われる人生を送るか、どちらか選びなさい」
二択にもなんにもなっていない。オレは魔女を受け入れざるを得なかった。オレは魔女に向かって首肯し、受け入れる…と小声でつぶやいた。
おそらく一生つきまとうであろう恐ろしい契約の内容に、オレの背中を冷たい汗が流れ落ちる。
「久しぶりの外の世界を見てみたいわ」
オレに対してニッコリと微笑みながら、『サキュバス』は無邪気な言葉を発した。
古代の悪神、恐ろしい魔女とは思えないような、明るい魅力的な年上の女性の笑顔だった。
続く…
・好きな魔女は『ロビン』です。




