殺した彼氏の背中でチェスをしたらチェックメイトって言われた
ドアを開けると、そこには怖い顔をしたエミコがいた。
「おはよ、エミコ」
「……おはよう」
「ささ、中へ入って」
ソファにエミコを座らせ、私は紅茶を用意する。エミコは、キッチンの前で死んでいるユウトを、食い入るように見ていた。
「本当に殺したのね、ミリカ」
紅茶がテーブルに置かれるのと同時に、エミコが話を切り出した。
「うん、仕方なかったもん。ユウトったら、隠れてたくさんの女と付き合った挙句、別れようなんて言うから」
「それで、私に死体の処理を手伝ってほしいというわけ?」
「生物学科のエミコなら、何かいい考えがあると思ってね」
エミコは黙っていた。
「チェック柄の服が好きだったよね、ユウト」
二人で、ユウトのほうを見る。背中はまっ平らで、白と黒の正方形が規則正しく並んでいた。
「ねえ、エミコ。私たち高校の時、チェスやってたよね」
「そうだけど」
「ユウトの背中でさ、チェスでもやってみない? こんなことをする経験、二度とないと思うよ」
ユウトの背中は硬くて冷たく、チェスをするのに持ってこいだった。私は黒、エミコは白で、ゲームを始めることにした。
「ミリカ、あなたおかしいわ」
「え?」
私たちは駒を動かしながら、盤上で会話をする。今の盤面は、私が若干優勢だ。
「前々から変だとは思ってたけど、ここまでとはね」
「どうしたのよ、改まって」
「ユウト君と付き合っていると聞いて、ずっと不安だったわ」
エミコが厳しい手を指してきた。
しかし、私はそれよりも奇妙なものを感じた。ユウトの背中が、動いた気がする。
「ユウト『君』ね、やっぱりあなたも……」
見間違いだ。私は、エミコの指した手に対応した。
「ユウト君を一番わかっているのは私よ。何度もユウト君に言ったわ、すぐにミリカと別れるようにって」
エミコは粘り強く指している。しかし、もう盤面はひっくり返らない状況だ。間違いなく、私が勝つ。
またユウトの背中が動いた。
「ふ、ふうん。じゃあこれでアンタの目論見は、外れてしまったというわけね」
「いや、これで目論見通りよ」
ユウトが動いている、いやちがう、動いてない。幻覚だ。動くはずがない。私がどうかしてるんだ。
「私がいる生物学研究所でね、面白いものを見つけたのよ。よもや、人を不死者にするウイルスが、現実にあるなんてね」
私は震えて、勝利を決める最後の駒を、どうしても動かせなかった。
「チェックメイトよ、ミリカ。さあ起きて、ユウト君」
盤面は、ひっくり返された。
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