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 授業が終わり、ルビー、サファイアとランチを楽しんでいると義兄が不機嫌そうに踵を鳴らしながらやってきた。


「お義兄さま、どうなさいましたか」


 彼は礼をとろうとする友人二人を手で止めて、ハーライトの隣に腰かける。


「どいつもこいつも調子のいい奴らばかりだな。ああ、苛々する」


 珍しく言葉遣いも荒い。

 周囲に視線を向けると、令嬢たちが義兄を見て頬を染め黄色い悲鳴を上げている。

 なるほど。

 みんなこの美形に夢中になったようだ。

 義兄は王立学園ではなくジェム王国の学園に留学していた。社交界にも殆ど顔を出さないので、筆頭公爵家の公子と接する機会など今までなかっただろう。


「ふふ、おもてになるんですね。ジェム国の学園でも同じだったのではございませんか」


 からかうように訪ねると義兄は楽しそうに答える。


「ハーライト、君がそんなこと言うなんて初めてじゃないか。気になるかい? 兄の女性関係が」

「そうですね。少しは気になりますわ」

「残念ながら恋にうつつを抜かす暇などなかったよ」


 義兄はわざとらしく肩を竦めて見せる。ルビーは不思議そうに首を傾げた。


「確か留学していらしたジェム国の学園は、学業以外に魔法を学ぶのですよね? ダイオプサイト様は魔法をお使いになられるんですか?」


 ルビーの好奇心を乗せた瞳に、義兄は笑う。


「落第しない程度には使えるよ。でも勉強との両立は大変で、それこそ時間なんて全く足りない毎日だったんだ」

「まあ、大変ですのね。ではこちらの学園では退屈でしょう」

「とんでもない。こうやってルビー嬢やサファイア嬢、愛しい妹とも楽しく食事が出来るからね」


 歯の浮くようなセリフを笑顔で吐くが、義兄は冗談めかして言うのでサファイアが吹き出して笑ってしまった。笑い上戸は大変そうである。彼女につられて四人は笑い始めた。

 義兄とこうやって会話をする日がくるとは思いもしなかった。

 過去でも、そのような経験はない。

 仲が悪いと言うよりも義兄に興味がなかった。

 でも変わったのはわたしだ。いや、変わろうとしている。そうしていたら、次第に優しい人たちが笑顔を向けてくれるようになっただけだ。

 今までの自分が恥ずかしい存在に思えてきて嫌になる。


「ハーライト、どうした?」


 黙り込んでしまったせいで、体調が悪いと誤解させてしまったようだ。義兄が不安そうに顔を覗き込んでいる。

 きっとわたしが気付かなかっただけで、過去でも義兄はわたしの心配をしてくれていたのだろう。

 会話すら拒否していたわたしに苛立ちながらも、それでも、きっと。


「いえ、なんか幸せだなと……」


 わたしの言葉を聞き、三人は笑みを深めた。


「ハーライトさま、これからもこうして過ごすんですよ」

「ええ、毎日一緒に幸せに過ごしましょう」


 義兄は何も言わず眉を落としハーライトの頭を撫でる。まるで父のようだ。


「これから、たくさん話をしていこう。言葉にしないと相手には伝わらないからな」


 そう諭すように告げ、義兄は柔らかく笑んだ。




 玉座に腰かけ、眉間の皺を深くしたルフス国の王は、眼前に立つ息子を見て重々しくため息をついた。


「お前の話は伝わってきていた。しかし、学園生活を送る中での些細な戯れだと思っていた。まさかハーライト嬢をぞんざいに扱っていたなんて。この婚約がどういう意味を持つのか理解が出来ていなかったわけじゃないだろう」


「返す言葉もありません」


「王族の結婚が持つ意味は、恋愛だのと私情を挟んで行われるものではない。人の上に立とうというならば、支えてくれる民を支えなくてはならない。それらも理解出来ていなかったのならば、王太子としてお前を立てることは出来ない」


「どうしてもカエルレウム公爵令嬢でなくてはならないのですか? 彼女も高位の伯爵家です」


「そういう段階の話ではないんだ。女神に愛されていないこの土地が年々弱ってきていることが分からないのか。国内の求心力を高めたとしても、国を建てる地盤がもたない。目に見えない力に頼らず、生きてきた我々には到底理解が出来ないだろう。しかし現に他国との差は歴然だ。目に見えないだけで女神は存在し、そしてこの国は女神に嫌われている」


「目に見えない女神を信じるなんて理解できません」


「アゲート、理解が及ばぬのならお前を廃嫡として、王太子の座は第二王子に渡すことにする。自分の欲を優先し、何が最良か意地だけ通して見極められぬ者など、王にはなれぬ」


 口を噤んでしまった息子に、王は渋面を作る。


「ならば自分自身でどうにかしてみせろ。婚約破棄まで一か月の猶予をもらってある」

「え、猶予ですか?」

「条件が一つ付けられている。お前と話をしたいそうだ」

「は……?」


「日時は追って伝令が来ることになっているが、ジェム国側がお前との対話を望んでいる。本来なら王太子であるお前を国外に出すわけにはいかないが、我が国の国境沿いまで赴いてくださるそうだ。国境を越えたすぐのジェム国の領土である街で十五分だけ話をしてこい」


「ちょ、ちょっとお待ちください。相手は誰ですか」

「ジェム国女王アメトリン陛下だ」

「わざわざ陛下が国境沿いまでお越しになるんですか!」

「それほどのことだということだ。だから、国境沿いとはいえお前を国外に出すことを許可したんだ」

「し、しかし」


「いいか。必ず話をしてこい。お前は忘れているようだが、かの国にとって我が国は取るに足らない隣国なんだ。ハーライト嬢の母君はアメトリン陛下の最愛の娘であり、次期王位継承者だった方だ。娘の意思を尊重し公爵家に嫁がせ、我が国と同盟を結んでくれているだけだ。ハーライト嬢がこの国に見切りをつけたら、すぐかの国は去るぞ」


「それほど下手(したて)に出ないといけないのですか」


 国王は長い溜息をついた。


「女神の寵愛を取り戻し、魔法を手にできなくてはこの国は終わりだ」

「……女神の寵愛を取り戻せばいいんですね? そうすれば、婚約破棄は成立すると」

「アゲート、余計なことはするなよ」

「承知しております」

「話は以上だ」


 ルフス国王は息子の姿を視界から外し、その場を去った。側近もそれに続き、残されたのは王太子一人だ。

 誰もいなくなった玉座をアゲートは赤い瞳で睨みつける。


「……絶対に王にならないといけない……」

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