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「いやああああ!!!!」
絶叫というよりも断末魔に近いような、魂を削る叫び声が屋敷に響き渡る。
執務室にいたカエルレウム公爵はその声に弾かれたように立ち上がった。扉の外に控えていた執事を伴い、屋敷の廊下を駆けて行くと、途中息子に出くわした。
二人で声の主の部屋まで辿り着くと、扉は開け放たれており、数名の侍女がおろおろと中の様子を見ている。
室内は闇がおり、卓上のランプが室内を頼りなげに照らしている。天蓋付きのベッドに身を寄せる二人の姿が浮かび上がる。
一人は身を震わせ歯の根が合わないようでがちがちと鳴らしている。彼女の専属侍女がその身を抱きしめて言葉をかけていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい! こんな、なんでわたし……迷惑かけてごめんなさい!」
「謝らなくていいんです! 迷惑ではありません! 怖い夢みたんですよね? 大丈夫です! 私がずっとついております!」
「ごめ、ごめんなさい!」
その後も室内にやってきた父母や兄の姿を見て、またも謝罪を繰り返す娘。悪夢をみて絶叫し、みんなに迷惑をかけてごめんなさいと繰り返す娘。
ハーライトが病床から意識を取り戻した日から、幾度となく同じような夜が繰り返されている。
「お父様、ごめ、ごめんなさい! ゆるして……」
狂ったように震え泣き続ける娘の姿に胸が締め付けられる。
「ハーライト。わたしの愛しい天使。大丈夫だ。お父様がついてる。眠りなさい」
そっと娘の頭を撫でると、顔を歪めながら彼女はゆるゆると眠りに落ちていく。しばらく頭を撫で続け、寝息が落ち着き始める。
その姿にようやく安堵の息を吐けるが、同時に胸を占める怒りが熱を持ち始めていく。
「あなた、今晩はわたしがハーライトについていますわ」
妻が涙を堪えた表情で隣に立った。娘が心配ではあるが、こみ上げてくる怒りを彼女は察知したようだ。
まだ眉間に皺を寄せたままの娘の寝顔を一瞥して、息子に視線を向けた。
「……ダイオ、話がある」
「はい、お義父さま」
執務室に戻り、執事が脇に控えたのを横目で見ながら重い溜息をつく。
「すまないが、冬の休みが明けたら、王立学園に編入してもらえないか」
「……」
「ことが落ち着いたら、今通う学園にもう一度戻すと約束する。一年卒業が遅れてしまうが……」
息子は魔法大国ジェムに留学中だ。義理の息子とはいえ、実子である娘を優先しているような発言に聞こえたかもしれない。しかし、彼は首肯し強い眼差しをこちらに向けた。
「私もそうしたいと思っておりました」
「すまない、ダイオ」
「……ハーライトのことですよね」
ダイオは眉間に深い皺を寄せる。
「何があったらあの状態にまで追い詰められるのか……。王太子の不実の話は耳に挟んでおりました。でも、あの取り乱す姿は異常です。まるで何か怯えることがあったかのようです」
「それは同じことを考えていた。大体婚約者がありながら、ハーライトの尊厳を無視するような行動自体が信じられない」
「……お義父さま。ハーライトは日記をつけています。読まれたことは?」
息子の言葉に驚いて言葉に詰まる。
「それは知らなかったが……え、読んだのか?」
「読みました。のちのち本人には謝罪します」
「いや、鍵とか」
「壊しました」
「……そうか……」
息子が無表情で告げる姿を見て、高ぶっていた心が落ち着いてきた。もしかしたら自分以上に怒り狂っているのは息子かもしれないと思ったのだ。