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 暖炉の薪が爆ぜる。その音に顔を持ち上げた。

 ぼんやりと窓の外を眺めていたが、意識が部屋の中に戻ってくるような感覚になる。

 肩に垂らした長い濃茶色の髪先をいじりながら再び思案に戻る。

 あれから何度も考えたが、やはり過去に戻ってきたようだ。

 そんな不思議なことがありえるのだろうか。それが可能に出来るものはなんだろう。


「やはり魔法かしら……」


 我がルフス国では魔法が廃れて久しい。精霊や妖精が存在することは知っているが、見た者は少なく、ましてや魔法を操る者はほぼいない。

 他国には魔法技術が盛んな国も存在し、世界的にみても失われた技術ではないが、この国で目にする機会は少ない。高位の貴族で魔力を保持している可能性のある人物は、他国に留学しその力を伸ばすことも可能だが、身分が低い者では不可能だ。

 この国の人間は、大体が魔力を感じずに埋もれさせているのかもしれない。


 魔法が廃れた原因は一つ。この国は女神に嫌われている。

 世界は唯一神により創造され、神に愛された人間が各国を治めている。しかしルフス国は過去に女神の怒りに触れ、何の恩恵も受けられていないのだ。

 魔法の便利さを補うように科学が発展しつつあるが、その技術や頭脳を育てる資金が追い付いていない。

 そこで隣国である魔法大国ジェムと協力関係を結び、少しでも女神との関係を改善し、魔法技術を導入しようと画策しているところだった。

 その第一歩として決定したのが、ハーライト=ジェム=カエルレウム公爵令嬢と王太子アゲート=ルフス殿下との縁組みだ。

 わたしの母は魔法大国ジェムの王女だった。父と恋仲になり多くの反対を押し切って結婚した。

 長い間、隣国でありながら関係を絶っていたのだが、王女の産んだ子にジェム国王家の名を冠することを条件に輿入れし同盟関係を結ぶことになったのだ。そして数年後、国力の衰退を感じていた王家が魔法の力を取り入れるため目をつけたのが、王太子と年の近いハーライトの存在だった。

 しかし、婚約者である当の王太子は、王立学院二年目にして別の女に入れあげるという状況。


「はあ」


 思わず重い溜息が出てしまった。

 よく考えたら責を負うのは王家である。それなのにどうしてあんなことをしてしまったのか。

 時が戻る前の愚かな自分の行動に頭が痛くなる。自分で思っているよりも、わたしという女は愚かであったようだ。

 パーティで癇癪を起こし、誰の目から見ても愚かな気狂いの女に見えたであろう。

 それが例え王太子の不実のせいだとしても。


「お嬢さま、失礼致します」


 窓際の椅子に腰かけたまま、わたしは扉へ顔を向ける。

 侍女が花束を持って入室する姿につい眉間に皺が寄ってしまう。


「王太子殿下からの贈り物が届きました。どういたしましょう」


 わたしが意識を取り戻し、その知らせが王城に届いてからの一週間、毎日花が送られてくる。

 桃色や橙色。淡い白い色。ひらひらとした花弁が華やかな大きな花束。


(……当たり障りのない、贈答用の花ばかりね)


 つい眉を顰めると、花束を持っていた侍女が狼狽えている。

 短く嘆息して花束を受け取り中に添えられていた王家の封印がされた手紙を開く。毎日言葉は違うが、要約するとお加減いかがですか、と書かれている。

 何年も婚約者から貰う手紙は礼儀作法の教本に記されているような内容ばかりだった。

 そんなふうに冷たく接されても、婚約者であるうちは。結婚して子を授かれば。そんな未来を想像して彼に期待をしていたのだ。

 好きだった。

 どんな態度をとられ、どんな行動をとられようが彼を好きだったのだ。

 幼い頃に出会って見目麗しい王子様に恋をして。その思いをただずっと持ち続けてきただけなのだ。

 彼はそれを理解していたにも関わらず、あんな仕打ちをしたのだ。

 その結果、まさか殺そうとするなんて、彼も想像出来なかったのだろう。


「いつもみたいに燃やしておいて」


 手紙を花束に押し込み侍女に渡すと、彼女は想定内だったらしく困ったように眉を下げながら首肯した。

 再びノックの音がし入室を促すと、次は筆頭執事が頭を下げ笑んでいる。


「お嬢さま。ルビー侯爵令嬢さま、サファイア伯爵令嬢さまがお越しです。お約束はしていないですが、お加減がよろしければお見舞いをお伝えしたいとお申し出です」


「え、あの二人が?」

「どうなさいますか?」

「……そうね……」


 筆頭執事が告げたのは、幼い頃、王太子の婚約者候補だった令嬢の二人だ。

 様々な思惑により早々に婚約者はわたしに決まっていたが、顔なじみの令嬢たちだったこともあり、王立学園に入学後、わたしは彼女たちを部下のように従えて学園を闊歩していた。

 婚約者候補だったことに嫉妬したり、八つ当たりした。

 わたしの立場が上で逆らうことが出来ないことをいいことに、王太子が横恋慕した女に対しての嫌がらせにも付き合わせていた。

 彼女たちは本来、とても優しく気のいい令嬢たちだ。きっと本心では嫌だったに違いない。

 苦虫を潰したような表情のわたしを見て執事は口を開いた。


「お断りいたしましょうか?」

「いえ、行くわ。応接用のテラスに案内して」

「畏まりました」


 退室するタイミングを失った侍女と共に執事は恭しくお辞儀をして出て行く。

 時を遡る前、わたしが犯した罪の共犯として彼女達も咎を受けていた。

 本当はわたし一人で考え実行したことだったのに。彼女たちを庇う余裕なんてなかった。

 ぎゅっと固く瞼を閉じる。

 なんてことをしてしまったのだろう。何度後悔しても取り戻せないと思っていた過去を、わたしはまた得ている。

 次は同じ間違いをしたくない。

 脳裏に浮かんだのは、病に臥せていたわたしを心配してくれた家族の姿。

 彼女たちにも、彼女たちを愛している家族がいるのだ。それを壊してしまった。

 償いをしなくては。

 誰がわたしを過去に戻したのかは分からない。魔法かもしれないし、神さまかもしれない。

 彼女たちを、家族をわたしが幸せにする。

 それしか償いの方法が思い浮かばない。わたしは決意を固くして、視線を上に向けた。


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