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 まだ寒さの厳しい薄暗い早朝。

 鉄道の終点、ルフス国の西の果てにあるフラックス伯爵領に到着した。


「さむっ!」

 ローブのフードを目深に被り、モルダは(うめ)いた。きょろきょろとあたりを見回している。

「ダイオ〜、さすがにどこも店が開いてないぞ〜。腹へった〜」

「食事はもう少し後にしろ。馬車は……まだ借りられないか?」

 義兄は駅舎を出てすぐの貸し馬車屋を見やるが、まだ店は開いていなさそうだ。


「仕方ない。歩こう」

 私は義兄の言葉に頷き返したが、モルダは眉を寄せている。

「予想通りの発言だけど、お前ら、ここからジェムの国境沿いまで歩くのは無理だぞ」


「モルダはどうやってルフス国に来たんですか?」


「今と同じ旅程だ。 国境の関所から乗り合い馬車が出てるんだ。それに乗ってこの駅まで来て、列車に乗り公爵家に向かった。まあ、こんな短期間で、二度も往復することになるとは思わなかったけどな」


 モルダはぶるりと身を震わせた。

 彼がそう言うのだから、歩いて国境沿いに向かうのは無謀なのかもしれない。


 義兄は地図を開いて方角を確認している。

「途中、馬車に乗れそうだったらそこで拾えばいい。店も開いていないし、少しでも進んでおいた方がいいだろう」

 三人でのんびり歩き始めると、太陽が昇り景色も大分明るくなってきた。

 駅の近くは比較的発展していたが、道なりに進んで行くと、次第に草原が広がり始めた。畑や林、村人たちの家が点在し、のどかな風景に癒やされる。

 

「おおい、店が減ってきたぞ~」

 モルダが嘆く。

「でも景色が良くて気持ちがいいですね」

 時折、農作業に向かう村人とすれ違うが、彼らも一様に人のよさそうな笑顔を向けてくれる。それが心地よさに拍車をかけていた。


「治安のよさそうな村だな。領主の管理がいいんだろう」


 モルダはそう褒めるが、その領主はフラックス伯爵なので、私は少々素直に褒められない。

 しかしモルダの言う通りだ。領地というのは治めている領主の性質が出やすい。辺境になると、一層その能力の高さを求められるものだ。


 視線の先一面に花畑が現れた。地平線を橙色に染めるその光景は、美しくもあり可愛らしくもある。


「うわあ、凄いですね!」

「これは圧巻だな!」

 何故かモルダまでも感心している。

「モルダは来るときに、一度見たんじゃないですか?」

「俺は移動中、ずっと寝ていたからな!」

「まあ、もったいない……」

 誇らしげに答えられてしまったが、こういうところが従兄らしい。


「そういえば、フラックス伯領は繊維染色業が盛んだよ。これは染料になる花かもしれないね」 

 義兄は屈んで小さな花に手を伸ばした。赤と橙が混ざる淡い色の花弁が華やかだ。


 ふと花に埋まるように、小さな石が積みあがっているのが見えた。

「お義兄さま、それはなんですか?」

「それ? ああ……なんだろう」

 花に周りを囲まれるように、手の平サイズの平たい石が積み上がっている。

「ペットのお墓か?」

 モルダは腰を曲げ、石を観察している。

「それにしては古い石に見えるね」

 二人は石には触れず、距離をとりながら積み上がる石を眺めた。


「それは慰霊碑だよ」


 突然の第三者の声にギョッとして振り返ると、小さな男の子が手に花を持ち立っている。

「おはよう! 観光客?」

「お、おはよう。君はこの村の子?」

 私が驚きながら返事をすると、彼は頷きながら義兄の隣に積み上がる石の前に屈む。

 花に埋もれ隠れていたが、傍らに花を供える瓶が置いてあったらしい。少年は枯れた花と持参した花を取り換えた。


「これは昔、この村で殺された沢山の魔法使いたちを祀っているんだよ」

 つい最近話題に上っていた事柄を少年に告げられて、三人は言葉を失う。

「村には魔女狩りで殺された魔法使いを弔うために、ここと、あっちとこっちにも慰霊碑があるよ。合計三つあるんだ」

 少年は指で方角を示してくれるが、あっちもこっちも景色が同じで混乱しそうだ。


「魔女狩りって、四百年くらい前の話だよね?」

「いつかは分からないけど、僕の家は代々ここを守ってるってお爺ちゃんが言ってたよ。向こうは牛乳屋さんが守ってるし、あっちはね」


 彼は熱心に説明してくれるが、どうやら代々守られている由緒正しい石碑だったらしい。

 少年は濡らした布で石碑を丁寧に拭き、そして踵を返した。


「じゃあね、お姉さんとお兄さん。壊したりしたらだめだよ!」

 少年は冗談めかしてそう告げると、来た道を駆けて行った。


 三人はしばし呆然としてしまう。嵐のような子供だった。

 私は花に囲まれた石碑の前に屈み、手を合わせる。


 こんな何百年も守られているのだ。当時の人々は、魔法使いたちの理不尽な死を悲しみ、密かに想いを寄せていたのだろう。

 小さな石碑がとても愛しいもののように思えてくる。

 そっと指先で石碑を撫でる。

 ちりちりとした刺激が指先に伝わり、咄嗟に手を離す。


「ハーライト?」

 同じように隣で膝をついていた義兄が訝しげな眼差しを寄越す。


 一陣の風が吹いた。

 瞬間、視界が白で埋め尽くされて、甲高い悲鳴が響いた。

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