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 その日の夕食後、私たち三人は応接室で書庫で得た情報の共有をすることにした。

 大きめの机にメモを書き留めた紙を並べ、一人ひとりが気になった点を挙げていく形で始まった。


「とりあえず、三人で百年分は読んだことになるな」

 義兄はメモに目を通しながら告げた。モルダはまなじりを揉んでいる。

「こんなに集中したのは久しぶりだ。目が痛い……」

「お前、そんなに読んでないだろ」

「失礼だな!」

 義兄とモルダは事あるごとに軽口をたたく。仲がよさそうで微笑ましい。


「じゃあ、私から気になった点を伝える。まず四百年前に一つ、神殿が故意に破壊されている」

 モルダは息を飲んだ。ふざけていた表情を引き締めて、義兄を見やる。

「神殿を破壊するなんて正気じゃないな」


 モルダが憎々しげに告げる意味が分からず、私は首を傾げてしまう。

「神殿はそんなにも大切なものなのですか?」

「逆に聞くが、ルフス国は本当に神殿が一つも残っていないのか?」

「……私が知る限りはありません」

 従兄は深い溜息を吐いた。


「神殿は女神と接することの出来る唯一の場所とされている。女神はこの世界そのものだが、俺たち人間が女神と故意に交流する為には神殿を通さないといけない」


「何故神殿なのでしょう。祈るだけなら、変な話ここでもいいですよね?」

 こことはこの応接室のことだ。祈るだけならば場所は問わないはずだ。


「神殿は女神の宝箱なんだ」


 ますますよく分からない言葉が出てきた。困惑を深める私の隣で義兄が苦笑している。

「ハーライト、女神というのは私たち人間と何も変わらないんだ」

「……女神様ですよね?」

「この世界の女神は、人間の持つ本質を強くした存在なんだ。人間にはいくつもの欲があるだろう。それらの欲に忠実で、圧倒的な力を奮える存在。それが私たちを作った()()()()()()()なんだ」


 義兄に補足説明をされているはずなのに、よく分からない。私は眉間に皺を寄せてしまう。


 モルダはそんな私を見て、いつもとは違う静かな調子で言葉を並べていく。

「世界には女神以外にも、人間が生み出した宗教が幾つか存在するのは知っているよな?」

 私は首肯を返す。


「女神は、祈りを捧げれば救いをもたらすという、いるのかどうか分からない神ではないんだ。女神は確実に存在していて、全ての命に干渉し、気まぐれに愛したり害したりする。それがこの世界の創造主だ」


「……女神さまですよね?」


「女神さまという名前の、圧倒的な力を持つ不可視の存在だと捉えたほうが正解だな」


 まるで見えない存在に高みから見られているような話だ。そして彼女は気紛れに私たちを翻弄するというのか。


「権力者に逆らえない構図と同じではないですか……」

「そう。俺たちはそういう存在に怯えて暮らしてんの」

「モルダ、言葉を選べ」

 義兄は咎めるように告げる。従兄はわざとらしく肩を竦めて見せ、話を続けた。


「神殿は女神の()()()()()を保存する場所なんだ。もちろん建てているのは人間なんだが、そこに女神が知らないうちに宝物を置いて行く。宝は俺たち人間には見えないけどな。神殿一つにつき、一つの宝を保管している。神殿はあまり増やさない方が国にとっては楽だ。女神のお気に入りを増やすことは、逆に人間の首を絞める事にもなるからな」


「どういう事ですか?」

「女神の寵愛はいいことばかりじゃない。まぁ、お気に入りの宝を守れば話くらいは聞いてくれる場所。それが神殿だ」


 よくわからない話が続き理解するのに時間がかかりそうだ。いや、きっと実際にジェム国に行かなければ、本当の意味で理解など出来ないのだろう。

 モルダが当たり前に話すように、国境を越えただけの隣国ではそれらが常識なのだ。


 私はこの国がいかに閉鎖的であったかを思い知らされた。


「でも神殿一つを壊したくらいで、国一つから寵愛を取り上げ、王家の血筋も疎むなんてことあるかなぁ」

 モルダは不思議そうにぼやき、義兄がその言葉を受けて頷いた。

「確かに女神は王家の血筋を気に入っているから、そこまでのことするだろうか」


 ハーライトは二人で勝手に進む話についていけない。彼らははたりと気が付いたように会話を止めた。


「ああ、そっか。でもハーライトもその血筋だよ」

 義兄は小さく笑んで優しく教えてくれる。


「過去に女神がとても愛した人間が王家の血筋なんだ。女神はその人間の血を気に入っている。だから王家の血筋が特に寵愛され、強い魔力を持っているんだよ」


 モルダがふざけたようにハーライトを呼んだ。

「今、世界で一番女神に愛されている人間が誰か分かるか?」

「……いいえ、見当もつきません」

「俺たちのおばあ様だよ」

「え!」

 予期せぬ返答に私は言葉に詰まる。

「俺たちは女神の寵愛を肌で感じることが出来る。おばあ様に直接会ったらビビるぞ。その魔力量も凄まじいが、とにかく女神がおばあ様を束縛しているのが伝わる」


 鏡越しでしか接したことのない祖母だ。

 特に私は、魔法を感じることがない国で生きてきたせいで、その話すらピンとこない。

 でも義兄が深く頷いているから、きっと凄い事なのだ。


「では、ルフス王家は女神に嫌われることをしたから、その血を持っていても寵愛を取り上げられたということですか?」

「そういうことだな。でも神殿一つでそんなことになるのかなぁ……」


 従兄はまた首を傾げてしまった。 

 不意に、昼間アゲートが言っていた言葉を思いだす。


「そういえば明日、王太子殿下はおばあ様とお会いになるそうです」

「「え!」」

 気の合う二人は弾かれたように私を見やる。彼らも知らなかったようだ。


「王都から国境沿いまで距離がありますから、今頃殿下もそちらに出発されている頃かしら」

「ハーライト、殿下のことを考えるのはやめなさい」

 義兄の顔が一瞬で強張った。怖い。

「あ、いえ、そういうつもりでは。でも、おばあ様も国境まで来るのは大変でしょうね。わざわざ会って話などしなくても……」


「俺たちは行ったことのある場所なら一瞬で行けるぞ?」

 モルダは大した事を言っていないような面持ちで告げた。

「……はい?」

「ああ、そっか。教えること沢山ありそうだな。ルフス国は移動が馬車と鉄道だから知らないのか。魔力の高い者、王家の血筋なら大体の奴らは出来る魔法だ。俺も出来るし」


 何を言っているのか分からない。


「モルダは意外に凄いのですね」

「意外ってなんだよ!」

「あ、もしかして叔父さまもそれでこちらに来ているのですか?」

「いやいや、俺たちが行けるのはジェム国の国境までだ。この国は寵愛を受けていないから、俺たちの魔力もそれに影響されて弱くなる。だから移動魔法なんて高度なのはここでは使えない。俺も来るときは鉄道に乗ってきたんだぜ~」


 全く知らない国に想いを馳せると同時に、生活常識が異なりすぎて怖い。

 もし一か月後ジェム国に行くことになったら、順応するのに時間がかかりそうだ。


「ハーライト。私も最初は慣れなかったけど、なんとかジェム国で生活出来ているよ」

 義兄に穏やかな笑みを向けられて驚いてしまう。

「え、お義兄さま、心が読めるのですか!」

「君が分かりやすいだけだよ」


 苦笑を返されてしまうが、どうやらモルダも私が何を考えていたのか察していたようだ。うんうんと頷いている。

 

 そして、モルダは全く空気を読まない発言を繰り出した。


「そういえばルフタ国の国境沿いっていうと、あのフラックス伯爵家の領地じゃないのか?」


 ローズ=フラックスの実家、フラックス伯爵家は国境を守る由緒ある家系である。当然私も義兄も気付いていて言葉にしていなかっただけなのだ。


「モルダ!」

「うお、何だよ?」

 義兄の叱声はもはや見慣れてきた。明らかな失言なのにモルダ本人は気づいていない。


「…………伯爵家の領地にお泊りになるのかしら」

 ぼそりと呟いた言葉を彼らは拾い、顔を顰める。

「ハーライト、考えるなと言っただろう」

「そうだぞ! 気持ちは分かるけどな!」


 気にならないと言ったら嘘になる。でも、以前のように燃えるような愛情は湧かない。ただ気になってしまうのだ。

 それがいまだ燻る彼への執着ならば、早く婚約破棄を成立させたい。

 私の心が彼の存在を一粒も感じないようにしなくては、きっといつまでも彼を気にしてしまう。


「……私もおばあ様のところに行こうかしら」

「「は?」」

 またしても二人は息を合わせて反応した。


「おばあ様や殿下に目が向いて、私が国境を越えても誰も気付かないかもしれません」

「ハーライト、それは密入国って言うんだぞ」

 不服にもモルダに咎められてしまう。

「ジェム国側の国境には守りの魔法が施されている。特にルフス国の人間には反応するやつだ。ハーライトはジェム国の姫だけど、見つかるぞ?」

「そんなものが……いえ、でも」

「おいおいおいおい……」

「やはり、私、おばあ様に直談判します」


 もう何時間も経つのに、アゲートに打たれた手が痛む。

 その痛みを感じる度に心が軋むのだ。

 一か月なんて待てない。


「昼間、殿下に会ってしまったのは失敗だったな……」

 義兄が不快感を露わにした表情で告げる。

「お義兄さま、ご心配をおかけして申し訳ありません。でも急ぎますので」

「ん?」


 私は早々に椅子から立ち上がり、部屋の扉を開けた。

 外に専属侍女のネージュが控えていた。私は彼女を見て慌てて指示を出す。


「今からお父様たちに内緒で出かけるわ」


 私の言葉を聞いてネージュは愁眉を寄せたが深く聞くことなく頷いた。


「かしこまりました」

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