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「くっそ、数が多すぎるぞ!」
「ほんとにゃ! コレ、捌ききるのにどれだけかかるにゃー!?」
船に這い上ってくる【邪竜】を船の縁で片っ端から叩き落としていくソールとマォ。彼らの言う通り、この数を迎撃しきるのはかなり苦労するだろう。
二人の姿を甲板中央部で見守りつつ、ニアズが船の外――本来であれば白い雪で包まれている大地へと視線を向ければ、そこは多大な黒の群れで埋め尽くされていた。
白の大地の一部を黒へと染め上げている軍勢。その全てを船に這い上がらせないために、シェリーや【自己修復人形】を含めた遠距離攻撃が得意な面々が高火力砲撃を行い、船自身もまた砲撃を放ったりしているが――数の多い【邪竜】に押し切られるのも時間の問題だろう。
現状を冷静に分析した後、ニアズはヴィーザルと共に、ソールやマォが捌ききれずに逃した黒竜を甲板中央部で迎撃していく。
「くそっ、早いうちに打開策を見つけないとマズイな」
自身へ襲い掛かって来た【邪竜】を大盾で弾き、即座に光子短剣で急所を貫いたヴィーザルもこの状況の危うさは理解しているらしい。
「とはいっても、この船に何か策はあるのか?」
「在ると言えば在るが、フィオナが許可するか――」
「どうかわからない」と続けたヴィーザルの声をかき消すように、ギュンッ、と空気を割く音が響いた次の瞬間、地表を黒く覆う【邪竜】たちが一斉に焼き払われた。
「【凱ノ乙女】……?」
灰色の空に浮かぶ、白鳥の如き純白の戦闘用航空機。先刻までヒルデに「ママ」と呼ばれ、共に見ていたあの機体が今、空を割くように飛び、胸中から放たれる光子光線で【邪竜】たちを焼き殺している。
「【凱ノ乙女】、……まだ動くんだな」
「まだ?」
「昔は動いていたんだが、ここ最近はめっきりだったからな」
地表の黒を悉く焼き尽くす勢いで光子光線を放ち、空を飛ぶ【凱ノ乙女】を見上げ、「そもそも、此処まで逼迫することなんて基本無いからな。単純に出番が無いだけといえばそうなんだが」と続けるヴィーザル。
「そう、なのか……」
ならばオレは幸運なのかもしれない。動くのを見たいとそう思った日の内に、【凱ノ乙女】が出撃する様を目にすることが出来たのだから。
「とはいえ、やることはやるぞ」
「ああ」
【凱ノ乙女】が戦闘に参加してくれたことにより、多少【邪竜】たちの襲撃は落ち着いた。だが、完全に収まった訳でもなく、ヴィーザルとオレは船の甲板中央部にまでやって来た黒竜を迎撃し続ける。
そんな中――黒竜を大盾で弾いたヴィーザルが目を見開き、「シェリー!」と船外への遠距離攻撃を主に行っているはずの仲間の名前を叫んだ。
どうやら他の班員が打ち漏らした【邪竜】がシェリーの方にまで行ってしまったらしい。「大丈夫ですっ!」と声を上げ、襲い掛かって来た黒竜に対し光子短剣で応戦するシェリー。だが彼女に反し、ヴィーザルは「まずい!」と焦りを見せた。
ソレはどうしてなのか。と、疑問に思いながら視界の端でシェリーの動向を見守れば、彼女は手に持つ光子短剣をざくりと【邪竜】の首元に突き立てる。何も不安のない、剣捌き。しかし、その一撃だけで絶命しなかったらしい。首元に光子短剣を突き立てられた【邪竜】は、短剣を握るシェリーごと船の煙突部を猛スピードで駆け上がりはじめた。
「くそっ!」
シェリーを伴い、みるみるうちに高所へと登り上がる黒竜。流石にあそこまで行ってしまわれたら、単独で戻ってくることは難しいだろう。
助けに行かなければ! と能動的にそう判断したニアズが足の矛先をそちらへ向ければ、船の縁側に居たソールにもシェリーの危機が伝わっていたらしい。「ニアズ! 行くなら俺の武器に乗れ!」と光子を消した光子鎚を手にしたソールが、ニアズ目がけて走ってくる。
「っ、分かった! 上手く飛ばしてくれよ!」
「おう、まかせろ!」
走ってくるソール目がけて甲板を駆け、助走をつけるニアズ。
彼の歩幅と速度に合わせ、ソールは自身の武器である鎚をバックスイングさせ、ニアズが目の前で跳躍した瞬間に合わせて振り上げる。
「いっけぇええええっ!」
「っ!」
ソールの光子鎚に竜脚を乗せ、打ち上げられるニアズ。その打ち上げ先は勿論、シェリーを連れたまま煙突を昇る【邪竜】の元で――。
「に、ニアズさん?」
まさか彼が此処まで来るとは思っても居なかったらしい。目を見開いたシェリーの前で、ニアズは未だ絶命していない【邪竜】の頭部を剣の樋で叩き、脳震盪を起こさせる。
「シェリー! 光子を消して短剣を引き抜け!」
「っ、わかりました!」
意識を失ったことで、重力に伴い落下しはじめる【邪竜】。その首元に突き立てていた光子短剣をシェリーは引き抜くものの、重力は彼女自身にも、打ち上げられているニアズにも作用し、【邪竜】同様に落下しはじめる。
流石に高所からの落下をマズイと感じたのだろう。何か手立てはないかと瞬時に辺りを見渡すシェリー。そんな彼女に対し、ニアズは「触るぞ」と一言告げてその身体を横抱きにする。そして度々煙突の側面を跳ね、ニアズは先んじて落下していた【邪竜】をクッション代わりにして甲板への着地を果たした。
「っ、ありがとうございますニアズさん!」
「礼はいい。今は【邪竜】の討伐に集中するぞ」
「はい!」
その後。小さな問題に各々直面することは在ったものの大怪我に至るようなことは無く、襲撃してきた【邪竜】を迎撃し終えたニアズたち。その内の一人でもあるソールが、光子鎚から手を放し、「はぁあああ、やっと終わったぁー!」と大手を広げた。
「ほーんと、疲れたにゃー!」
ソールと同様、ぐぐっ、と身体を伸ばすマォ。その後ろには撤収を始める【自己修復人形】の姿もあり、ニアズは、そいえば【凱ノ乙女】はどうしたのだろうか? と灰色から茜色へと変貌を遂げた空を見上げてみる。が、純白の戦闘用航空機の姿は何処を探しても見当たらない。
おそらく既に撤収したのだろう。空を自由に飛ぶ【凱ノ乙女】の姿を、ゆっくりと見たかったな。と思いながら、ニアズは上げてい視線を、甲板に転がる【邪竜】の死骸へと向ける。
理由不明の中、この船を襲ってきた【邪竜】たち。彼らの身体は通常通り黒く、怒りの証とされる赤への変色は無い。戦闘中も違和感は抱かなかった。
コイツらは、紛うことなき「普通の【邪竜】」。となれば、問題があるのはやはりこの船自身だろう。
船に対して募る疑念を胸中に抱きながら、日が暮れきる前にとニアズは【邪竜】の解体へと取り掛かる。すると【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置部屋でも聞いたのと同じ警報が甲板中に響き渡り、「総員、直ちに船内へ撤退しろ!」と危機感を纏わせたフィオナの声が放たれた。
突然の放送に顔を見合わせるも、ヴィーザル達はフィオナからの指示に従うべく船内へ移動しはじめる。だが次の瞬間、ギュンッ、と空気を割く音が鳴り――彼らの図上部に、巨大な影が掛かった。
「うそ……だろ?」
空を見上げ、息を飲む面々。彼らが向ける視線の先を追うため、オレもまた空を見上げる。
するとそこには、巨躯の肢体たる【戦乙女】の姿が在った。