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荒廃世界《北欧/スカンディナヴィア》  作者: 威剣朔也
2.勃発
7/23

2-2


 甲板に転がっていたすべての【邪竜(ワーム)】解体を終え、資材となったその肉体。それをヴィーザルや他の非戦闘員たちと共に「資材保管庫」へと運んだオレが次に前にしていたのは、この船の皆が食事をする場である「食堂」の扉だった。


「……ニアズ、先に入っていいぞ」

「? 分かった」


 わざわざ「先に入っていい」と言われるのは怪しさしかないが、此処はヴィーザルの指示に従っておくべきだろう。彼に勧められるままおずおずと食堂の扉を引き開けば、パァンッ! と軽い空砲のような音と共に、色とりどりの細かな紙が目の前を舞った。


「改めて、フィオナ艦長直属部隊、ソール班へようこそニアズ!」

「ようこそにゃー!」

「ようこそです」


 ひらひらと舞う細かな紙の向こうに居る笑みを浮かべたソール、マォ、シェリーの三人。

 これはいったいどういう事なのだろうか? オレはただ、昼食を食べに来ただけなのだが? と、目の前の光景を理解出来ずに困惑するニアズ。だが彼らはニアズのその困惑に気付いていないらしい。並ぶ三人を代表してか、ソールが身を乗り出し「はい! これ、ニアズの分な!」と、色とりどりの料理が盛られた皿をニアズに手渡した。


「あ、ああ……」


 強制的に手渡された皿。そこには野営生活では滅多に食べることのできない野菜や、仄かに甘い香りを漂わせるブレッド。加えて、見るからに柔らかそうな肉がたっぷりと盛られている。


「ほら、ニアズも食べようぜ!」


 自分用なのだろう。新たに料理が盛られた皿を持ったソールが、次から次へとそれらを自分の口へと吸いこませていく。

 困惑が晴れぬまま、茫然とソールや他の面々を見るニアズ。だが、そんな彼に痺れを切らしたらしい。出入り口を塞ぐニアズの後ろにいたヴィーザルが「これはお前の歓迎会も兼ねた昼食だからな。たらふく食っとけ」とニアズの背を押し、食堂の中へと押し入れた。


「ヴィーザルさんの分の甘味。確保しておきましたよ」

「おう、助かるシェリー」

「いえいえ、こちらこそ時間稼ぎをしていただいてありがとうございます」


 どうやらヴィーザルもこの状況を作り出すことに加担した一人らしい。賄賂のようにシェリーが彼に手渡した大皿には、網目状や渦巻き型。はたまた輪型のブレッドらしき物――されど、ブレッドにしては異様なほどの甘さを放っている物体が、大量に乗せられていた。


「……食う、か」


 ソールは勿論、ヴィーザルやシェリー。そしてマォもまた料理に手を付け始めたのを確認したニアズは、一旦席に着き、ソールが手渡してきた料理を食べ始める。すると、別場所に居たソールがにこにことニアズの隣へと移動してきた。


「試験の時から思ってたけど、ニアズってやっぱり戦うの上手いよな! 今日は少し離れてたからじっくり見れなかったんだけど、シグルズさんの弟子なだけはあるな!」

「そうか? オレとしては当然の事をしているまでなんだが」

「っかー! あの上手さが当然とか、羨ましい! それに解体作業もすっげぇ手早かったし! ニアズならすぐにフィオナ艦長から探索とかの許可がでるんだろうなぁ!」

「……船の外に行くことがあるのか?」

「そりゃああるぞ! まあ、大体は温暖な土地で山羊とか羊とかを狩ったりするぐらいなんだけどな。でもニアズと外に行くの、今からすっげー楽しみだなぁ!」


 自分の皿のみならず、ニアズの皿から料理が無くなりかければ即座に盛り、満面の笑みで会話を続けるソール。一方で、皿に料理を盛られ続けられている側のニアズの顔は徐々に強張っていた。

 ソールのこの行為は善意によるものなのだろうが、聊か度を越えていやしないだろうか?

 オレは大食らいではないのだが……。と辟易したニアズが、ソールの行動を止めるべく口を開けば、「あ! ずるいにゃ! それ、マォが取ろうとしてたのに!」と、マォの怒声が食堂内に響き渡った。


「こういうのは取った者勝ちなんだよ!」

「にゃにおー!」


 一拍睨み合った後、キィンッ! とトングを武器に料理の争奪戦をしはじめたソールとマォ。これを機に、と『幾ら食べても皿に料理を盛られ続ける苦行』から抜け出したニアズは、ヴィーザルの隣へと移動する。


「ヴィーザルさん。少し聞きたいことがあるんだが……今大丈夫か?」

「なんだ?」


 むしゃり、と網目状のブレッドらしき物体を口にしながら、ヴィーザルは隣に座ったニアズの顔を見る。


「この船に、ヒルデリカっていう子供がいるだろう? ソイツの姿が見えないんだが、普段どこにいるかとか知ってるか?」


「食堂を出入りする人達を見ていたんだが、その中にヒルデの姿がなくて」と、続けて伝えれば、ヴィーザルは僅かに緩んでいた表情を強張らせた。


「……初日に巻き込まれた子供のことが心配なのか?」

「というか、シグルズさんからヒルデリカを気にかけてやってほしいと頼まれていて」

「ああ、なるほどな」


 強張らせていた表情を解き、息を吐いたヴィーザル。彼は自分の傍に在ったカップに口を着けると、ぐびり、と呷った。


「ヒルデなら【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】安置室にいる。居住区やトレーニングルームより下の階で、……そうだな、さっき行った資源保管庫の更に下の階層だな」


 そう言いながらヴィーザルは卓上にある薄手の紙ナプキンを引き抜き、そこに船内図を描きはじめる。


「ニアズ。お前、字は読めるか?」

「シグルズさんに教えてもらったから、多少の読み書きは出来る」

「よし。なら、もう少し細かく書き加えとくか」


 描いたばかりの船内図に「食堂」、「資材保管庫」、「【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】安置室」の文字を書き加えていくヴィーザル。その様子を黙って見守っていれば「これ、ここの地図かにゃ?」と、皿に戦利品であろう肉をこんもりと乗せたマォが、覗き込んできた。


「シェリーちゃーん! これ読んでほしいにゃ!」


 もしや、マォは字が読めないのだろうか?

 助けを求めるような声色で、シェリーの名を呼んだマォ。そうすればすぐさまシェリーがオレたちのいる席の方へと駆け寄って来た。


「どうしましたか、マォさん」

「これ、読めるかにゃ?」

「えっと……?」


 マォが指さした先にある手書きの船内図。ソレを見た彼女は「これは……」と困ったようにヴィーザルの顔を窺い見る。


「マォ、人の物を勝手に覗き見るな。あと、人にも覗き見をさせるな」

「うにゃーんっ」


 ぐい、とシェリーもろともマォを押しのけた後。ヴィーザルは船内図を折り畳み、オレへ手渡してきた。


「コレの通りに行けば、よほどの方向音痴でもないかぎり迷わず行ける」

「ありがとう、助かる」

「ただし、行く時は一人で行け」

「……それは、どうしてか聞いても構わないか?」

「……アイツは少し臆病だからな。大勢で行くと隠れちまうんだよ」

「ああ、なるほど」


 確かに、ヒルデはあまり人目が得意ではなかったな。と昨日の出来事を思い出したオレが納得すれば、唐突に「みんなして何の話しをしてるんだ? 俺も入れてくれよ!」と、ソールがオレとヴィーザルの間に飛び込んできた。しかも目ざといというべきか。律儀にも自身に盛られている料理たちを、空になったばかりのオレの皿に乗せさえして。


「お、おい。オレはこんなには……」

「遠慮なんかしなくたって良いんだぜ! 今日はニアズたちを祝うための会でもあるし、いっぱい食えよ!」

「っ……、」


 善意の塊の如き笑みを見せてくるソールに、言葉を詰まらせるニアズ。

 食べ物を無駄にしないため。そして人間関係を円滑にする一つの手段としても、ソールの好意を断るべきではないだろう。

 だが、しかし。胃袋には限度と言うものがあるのだ。

 善意で皿に料理を乗せ続けてくるソールから逃げるためにも、まずは助けが必要だ。と、ニアズはヴィーザルへと視線を向ける。だが彼は関わることを拒むように、ニアズから視線を逸らした。


「なぁ! 次は口直しにデザート食おうぜ!」

「あ、ああ……。そう、だな」


 ソールの軽快な声に反し、憂鬱気な返事をするニアズ。彼は自身の皿に盛られた料理をじっと眺めた後、渋々とその料理たちに手を伸ばした。



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