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荒廃世界《北欧/スカンディナヴィア》  作者: 威剣朔也
1.船内にて実力の開示
4/23

1-2


「いったい何が起きたんだ!?」

「たった一撃だぞ!」

「いや、流石に一撃なわけがねぇだろ!?」


 ホールの二階席から上がる幾つもの声。それらを耳にしながら、ホールの中央部に居たニアズは光子剣を片手に、一人立ち尽くしていた。

 目の前に転がっているのは、肩口から腹にかけてを焼き切られた一体の【自己修復人形(バ・クティリエロイド)】。傷口である切り口から赤い液体が流れ出しているソレは、ついぞ数秒前まではすらりとした体躯が特徴的な白の人型機械だったのだが――何時もの通り剣に光子を纏わせ一撃を与えたら、その一撃であっけなく壊れてしまった。

 他の参加者の誰もが苦戦しているように見えたため、気を引き締めて戦いに挑んだのだが……聊か力み過ぎてしまったのだろうか? 何にせよ、このままでは第一試験に合格したとしても、人間と戦う第二試験で相手を殺しかねない。ともなれば第二試合では光子を纏わせずに挑むべきだろう。

 一刀両断こそ免れたものの、無残な姿と成り果ててしまった人形。ソレを前に、艦長であるフィオナからの指示を待ち続けていれば、ずるずると汁気の多い音を立てて【自己修復人形(バ・クティリエロイド)】の破損部位が直りはじめた。

 どうやらこの人型機械は、【自己修復人形(バ・クティリエロイド)】の名の通り自動で修復されるらしい。元の形へと戻っていく人形を見守っていると、ホールの二階席から「もしかしてアイツが、シグルズさん推薦のヤツなんじゃねぇか!?」と、新たに声が上がりはじめる。


「えっ、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)狩人(ハンター)】の!?」

「あの人、今は行方不明って話じゃねぇのか?」

「ばっか、シグルズさんは【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の討伐遠征に行ってるだけだって!」


 否が応でも耳に入ってくる声と、感じざる得ない無数の視線。それらから身を隠すように黒衣のフードを深く被り直せば、壇上のフィオナが「ニアズ、第一試験合格だ! 次の者と交代しろ!」と叫んだ。

 やっと告げられた交代の指示。それに従い足早に階段を上り、元居た最奥のベンチへと腰掛ければ、数秒も立たぬ間に「なあ!」と、一人の青年が話しかけてきた。


「ニアズって、やっぱりあのシグルズさんの弟子なのか!?」


「やっぱり」と言ったところを鑑みるに、()()()話しかけてきた時点で既にオレがシグルズさんの弟子であることに勘付いていたのだろう。好奇心の塊めいた瞳が特徴的な青年たる彼に詰め寄られながら、ニアズが「あ、嗚呼。まあ……そうだが」と答えれば、彼は「やったー!」と両手を上げ、満面の笑みを浮かべた。


「俺はソール! よろしくなニアズ! あ、あと第一試験合格おめでとう!」


 軽快な笑みと共に、ソールと名乗った彼は手を差し出してくる。だがオレは「未だ第二試験が残っているからな。詳しい挨拶は、入隊してからにしてくれ」と、彼との握手を拒んだ。

 別段、握手という動作が嫌いなわけではない。ただ今は、【自己修復人形(バ・クティリエロイド)】を一撃で切り伏せてしまった直後ということもあり、力の制御が出来ているのか不安なのだ。それこそ、ソールがシグルズさん並みの頑丈さを持っているのであれば安心できるのだが、如何せん。目の前の彼は見るからにいたって普通の「ヒト」であり、下手をすれば握り潰してしまいかねない。

 それに、これ以上この船内で目立つようなことも、問題を起こすようなこともしたくはない。


「そっか……。でもまあ、それもそうだよな!」


 落胆を示しながらも、納得してくれたらしい。差し出していた手を引っ込めたソールは、僅かに眉尻を下げる。だが次の瞬間、彼は「でさ!」と声を放ち、表情を明るいものへと変えた。


「ニアズのその靴とコート、すっげぇよな! 竜種の鱗で出来てるんだろ!?」


 キラキラと瞳を輝かせ、ニアズの黒衣や脚に危機感無く触れてくるソール。無防備な彼に「ああ、そうだ」と答えながらも、ニアズは平静を取り繕えるように表情を固める。

 数日前、確かにシグルズさんは「人間ってのは見た目と理屈が一致してりゃあ、ある程度は騙されてくれるからな」と言ってはいたが……、オレの説明なしに、こんな簡単に騙されてくれるものなのだろうか? それともただ単に、ソールが思い込みの激しい手合い且つ、騙されやすい質なだけなのだろうか?

 黒衣と竜脚を無遠慮に撫で続けているソールの将来に、ニアズが聊かの懸念を感じていれば、「あ、こんなことをしてる場合じゃねえ!」とソールがニアズの顔を見た。


「ニアズがシグルズさんの弟子ってことは、つまり昨日もシグルズさんと一緒だったりしたのか!?」


 好奇心を溢れさせ、距離を食うように詰め寄ってくるソール。彼からの強烈な圧に押され「あ、ああ。今朝別れたばかりだな」とニアズが答えれば、「羨ましいっ!」とソールが大声を上げた。


「俺さ、ガキの頃からずっとシグルズさんに憧れててさ! ニアズはシグルズさんからどんなことを教えてもらったんだ!?」

「た、戦い方とか……野営の仕方を、教えてもらったりしたな」

「うわーっ! 羨ましい! 俺もシグルズさん直々に戦い方、教えてもらいてぇ!」


 興奮気味にそう言い、ニアズの隣へと座るソール。そんな彼から少し距離を置こうと、ニアズは僅かに腰を浮かせ移動するが、すぐさま「ならさ、ならさ!」と空けたばかりの距離を詰められてしまう。

「シグルズさんとどんな所に行ったんだ!?」「シグルズさんって普段はどんな人なんだ!?」「シグルズさんはどんな戦い方をするんだ!?」「シグルズさんの好物って、知ってるか!?」――と、次々と投げかけられる質問。その間髪の入れなさに辟易としながらも、どうせ解答を拒んだところで彼はへこたれずに質問し続けてくるに違いない。

 短い時間ながらも、ソールの気質をある程度悟ってしまったニアズは彼の質問に能動的に答えていく。


「シグルズさんとは、北の方を重点的に放浪していたな。普段の印象としては、豪快で活力に溢れてる感じで、戦い方は圧倒的な力で倒すってのが多かったな。で、好物は……酒とか肉だと思う。ちょっとした護衛の報酬としてもらった酒を喜んで飲んでたし」

「好物って酒なのか! なら、何時かシグルズさんに会えたとき用に酒のストックでもしとくかなぁ。……っていうか、さ」


 はた、と何かに気が付いたらしい。今まで忙しなかったソールの動作がピタリと止まる。


「なんだ?」

「シグルズさんって、この船に来ないのか?」


「ほら、今だってニアズのことは船に乗せたけど、シグルズさん本人は来てないじゃん?」と続けたソールは、不思議そうな顔をする。


「ああ、その事か。オレの知る限りシグルズさんが船に立ち寄ったことはないからな」


 そこまで言ったところで、オレはふと思い出す。

 そう言えば、この【陸上探査艦‐ŋ(ユングヴィ)】に乗るよう言われた数日前のあの一度きりではあったが「ヒルデリカ」なる子どもを気に掛けるよう、頼まれていたんだった。


「だからこの船にシグルズさんは乗ることはないと思うぞ」


 ソールに対しそう答え、それに続けて「ヒルデリカ」という名の子供がこの船に乗っているか訊ねようとすれば、「それ、本当?」と、この場に似つかわしくない子供の声が聞こえてきた。

 幼く、脆く、弱々しい声。いったい、この声の主は何処に居るんだ?

 ぐるり、とニアズが身の回りを見渡せば、座っているベンチの斜め横――ホール最奥の壁に取り付けられている非難扉が僅かに開いていた。


「誰か、居るのか?」


 僅かに重たい鉄製の非難扉。その扉に近付き引き開けば、そこには身の丈に合わない大人用の防寒服を纏った子供が立っていた。しかも顔が見えない程、深々とフードを被った状態で。


「……シグルズさんは、この船に……来ないの?」


 恐る恐る発された、か細い声。その声の中にそこはかとない寂しさを感じたニアズは、ゆっくりと膝を折り「ああ、シグルズさんはこの船には来ない」と正直に頷いてみせる。


「そう……来ないん、だ」


 見るからにがっかりしたように俯き、立ち尽くす子供。そんな子供を前にニアズが「なあ、コイツはいったい誰――」とソールの方を振り返れば、ソールの表情はつい先程までとは全く違うモノと化していた。

 困惑、狼狽、恐れ。好奇心の欠片さえ滲み出ていないソールの顔に、「これはもしや、ただ事ではないのでは?」と察したニアズは言葉を詰まらせる。

 だがその緊迫した雰囲気を、軽快な少女の声が破壊した。


「ソール! まだ入隊してない人に過激なウザ絡みしたらダメにゃーっ!」

「うわっ、マォ! 急に飛びついて来るなって!」


 硬直していたソールの背に飛びかったのは、ネコ科の耳を頭部に生やした獣人の少女、マォ。ニアズやソールと大差ない年齢であろう彼女は、手甲のついた腕でソールの首へしがみ付く。


「だってソールなかなか戻ってこないから! これは絶対シグルズさん関係でウザ絡みしに行ってるパターンだにゃ! って思って!」

「ウザ絡みとか言うな! 傷つくだろ!」


「おーりーろ!」と憤りながら身体を振るソールに反し、背面から彼の首にしがみ付いているマォは平然とした表情で自身の猫耳をぴこぴこと動かしている。

 微笑ましささえ感じる二人。その姿をじっと傍観していれば、ぱちりとマォと目が合った。


「あー、『うちのソールが御迷惑をお掛けしてすみません』にゃ! ソールはシグルズさんのことになると周りが見えなくなる悪癖があるから、またソールがウザ絡みしてきて困ったらその時はボカンと一発殴ってくれて良いにゃ! なんだったらマォが今のうちに殴っとくにゃ!」

「いや俺のは悪癖じゃないし、そもそも殴るな! 暴力反対!」

「ならもうちょっと人様とかマォたちに『ご迷惑』を掛けないように……自重? ってことをした方が良いと思うんだがにゃ?」

「ド正論だな畜生!」


 軽口を言い合った後、マォはしがみ付いていたソールの背から降りる。そしてむき出しになった彼の首根を無造作に掴み、引っ張った。


「ほら! 今、シェリーちゃんが待ってるんだから、さっさ戻るにゃ!」

「いや俺、まだニアズに聞きたいことがあるんだけど!?」

「そういうのは、相手が合格してから聞くべきだにゃ! あ! ニアズも、第一試験合格おめでとーにゃ! 第二試験も頑張ってほしいにゃ!」

「そうだぞ! 第二試験合格してくれよ! 絶対だぞ!」


「本当に、頼んだからな!」と念を押しながら、マォに引きずられていくソール。まるで冬の大嵐の如き猛烈な喧騒と共に去って行く二人の姿を非難扉越しに居続けていた子供と共に見送れば、唐突にその子供が「……貴方も、わたしが怖い?」と問いかけてきた。


「……? いや、まったく?」


 自分よりも幼く、弱く、脆そうな子供が怖いわけがない。

 問いに対しての率直な答え。それを言葉短に述べれば、その子供は「さすが、パパの選んだ人だね」と零し、扉を隔てたこちら側へとやってきた。


「わたし、パパのこと……もっと、誇らしくなっちゃったなぁ……」


 深々と被られているフードのせいで、僅かにしか見えない子供の顔。その唯一の部分とも呼べる唇から出てきた「パパ」という単語に我が耳を疑ったニアズは、「それは……シグルズさんのことか?」と確認の意味を込めて問いかける。


「うん、そう」


 さも平然と、それが当然のことであるかのように頷く子供。その声色から「喜び」の気配を感じ取ったニアズは僅かに狼狽する。だが、目の前の子供はソレに気付かぬまま言葉を続ける。


「そういえば、自己紹介がまだ、でしたね。えっと……、わたしはヒルデリカ。【戦乙女(ヴァルキュリヤ)狩人(ハンター)】シグルズの娘……です。ヒルデって呼んでくれると嬉しい、かな」


 舌足らずで、拙い自己紹介。耳触りは決して良いとはいえないものの、その中で告げられた目の前の子供の名前に、ニアズは「嗚呼」と一人納得する。

 ヒルデリカ――。ソレは【陸上探査艦‐ŋ(ユングヴィ)】に乗るよう言われた時にシグルズさんから「気に掛けてほしい」と頼まれていた子供の名前だ。

 相手自らオレの元へと来てくれるとは、探す手間が省けた。と、目の前に居るヒルデに感謝の念を抱きながら「オレは……」と名を名乗るべく口を開くニアズ。だが、その言葉は彼女の「知ってる」という言葉によって遮られる。


「ニアズさん、でしょう? フィオナちゃん、じゃなかった。……えっと、艦長さんから少しお話を聞いたり、さっきの話しをこっそり聞いてたから……知ってるの」

「そ、そうか……」


 名乗る手間さえも省けるのは良いのだが、自分の知らない所で自分についての情報を語られているというのもむず痒い気がしてくる。

 シグルズさんと二人で旅をしていた頃には感じ得なかったそのむず痒さに戸惑っていれば、目の前に居るヒルデが先程までオレが座っていたベンチへ腰を下ろした。


「ニアズさんも、座ろ?」

「ああ……そう、だな」


 とんとん、と自身の隣を叩き、そこに座るよう勧めてくるヒルデ。自身よりも随分と幼い相手に席を勧められながら、オレはおそるおそる彼女の隣へ腰を落ち着ける。


「えっと、ニアズさん」

「なんだ」

「すこし、質問とかって……しても良いです、か?」


 正直、ソールからの質問でかなり疲弊している状態ではあるのだが、シグルズさんからヒルデのことを頼まれている以上、無下にするわけにもいかないだろう。「少しなら構わないが」と仕方なく返せば、隣に居る彼女の唇から「やったぁ」と小さな歓喜の声が零れた。


「えっと、ニアズさんはパパと、今日の朝までは一緒に居たんです、よね? パパ、怪我とかしてないですか? 元気に、していますか?」

「怪我もしてないし、元気だよ。さっきまでの会話を聞いていたんだったら、わかるだろ」


「はぁ……」と溜め息交じりにそう返せば「そ、そうですよね……元気じゃないわけ、ない。です、よね……」と、隣に居るヒルデの強張った声が聞こえ――、しまった! と焦る頃には既に、隣に居るヒルデが声を殺し、ぽたぽたと自身のコートに涙の粒を零していた。


「ぅ……」


 この場所が人気のない最奥の場所であり、尚且つヒルデ自身も深くフードを被っている為このホール内に居る人間たちに彼女が泣いていることは露見していない。だが、もしそれを知られてしまえば、非難の目がオレに向くことは確かだろう。

 流石にそうなるのは避けたいし、何より泣かせたり悲しませたりする意図などまったくなかったニアズは「わるい」と小刻みに震えているヒルデの背に手を添える。


「……う、ううん。大丈夫。勝手に、涙が出ただけだから……」


 頭を横に振り、再度「大丈夫」と告げるヒルデ。しかし泣いている子供を放置するのも釈然としないニアズは、彼女の小さく弱々しい背を撫で続ける。


「でも、パパ……元気でよかった。パパ、わたしにもフィオナちゃんにも連絡をくれなかったから。……ずっと、心配だったの」


 ぐい、と自身の目元を袖で拭い、オレの顔を見上げるヒルデ。そうすれば深々と被られていたフードがずれ、その下にある顔が露わになった。

 丸みを帯びた発育途上の輪郭に、日焼けを知らない白い肌。雲のない静かな夜明けの朝を思わせる青の双眸は涙に濡れ、見ただけでもやわらかだと分かる金の髪が頬にある涙の痕を撫でている。

 シグルズさんが語った、金の髪と晴れた空の瞳を持った小さな子供――否、少女の姿に、声から感じた幼さや脆さや弱さはあながち間違いではなかったんだな。と思っていれば、自身が被っていたフードがずれていることに気が付いたらしい。ヒルデは素早く頭を俯かせ、深々とフードを被りなおした。


「そう隠さなくても良いと思うんだが?」

「は、恥ずかしいし、……人から見られるのは、あんまり得意じゃないから……だめ」


「そうか、オレと同じだな」と、身に覚えのあるオレは頷き、ヒルデの背に添えていた手を離す。そして視線をホール中央部へと向ければ、しばらくもしないうちに、ヒルデが服の袖を弱い力で引っ張ってきた。


「に、ニアズさんとパパは、いつから一緒に居たの……?」

「……シグルズさんと一緒に居るようになったのは、八年ぐらい前だな」

「そうなんだ。良いなぁ……わたしもパパと一緒に居たいなぁ……」

「でも外は危険だからな。シグルズさんとしては、アンタを危険な目に合わせたくないんだろ」


 世界を巻き込んだ最期の戦争、通称【WWX(終末戦争)】により人類の大半が死滅。さらには過激すぎた軍事活動により世界環境からなる生態系が激変し、人間が生き延びるには過酷となった。

 そんな世界の一端であるこの冬の大地で、戦いに向かないヒルデのような幼子が大人に交じり野営をしたりするのは難しいだろう。

 オレのように竜種を祖としていたり、獣人であったりすればまだ連れて歩くことは可能ではあるだろうが、真っ先に死ぬのが目に見えている。

 隣に座るヒルデを見下ろしながら、その脆弱さを噛みしめるニアズ。だが彼の考えを知らないヒルデは「外って、そんなに危ないところなの?」と無知な質問を投げかける。


「わたし、【なかつくに(ミズガルズ)】以外の場所では船から降りないから、あまり外のことは知らなくて……だから、もしよかったら……わたしに外の事を教えてくれます、か?」


 ちらちら、とニアズの顔色を窺いながら訊ねてくるヒルデ。彼女のその拙い振る舞いにさえ『脆弱さ』を感じてしまったニアズは、ぽり、と自身の頬を掻く。


「あー、外は基本的に氷点下の雪地帯だ。しっかりと防寒服を着て、暖を取っていないと夜は確実に凍死する。それに、獲物を捕まえられなければからなければ餓死だってする。ただ所々、火山活動が活発な山があるから、その辺りであれば地熱の影響で植物も群生してるし、比較的狩り易い野生動物もいる。けどそこは大抵【邪竜(ワーム)】や【飛竜(ワイバーン)】の縄張りにもなっているからあまり大勢で行くべきでも、長居すべきでもな――」


 と、そこまで口早に言ったところで、オレは言葉を止める。

 ヒルデからの問いに思わず答えてしまったが、幼子、それも外の事情など碌に知らないと言っていた相手には、もう少しゆっくり語るべきだったのではないだろうか?

 フードを深々と被っているせいで、表情の読めないヒルデ。彼女の様子を窺うように改めて見れば、オレの視線に気が付いたらしい。「えっと、」と、戸惑いがちにヒルデが声を漏らした。


「一応、外は寒いうえに、ご飯の調達も手間がかかって大変。あと、温かいところは在るけれど竜たちが居るから、大勢で行くのはあんまりお勧めできない……ってことで大丈夫、ですか?」


 どうやら彼女はオレの言った事を正しく理解出来ているらしい。

 心配が杞憂となったことに安堵し、ニアズはぽん、とヒルデの頭に手を乗せる。


「ああ、それで合っている。ヒルデリカ……いや、ヒルデは賢いな」


 ぽんぽん、と出来るだけ優しく。けっして潰してしまわないように気を付けながら彼女の小ぶりな頭を撫でてやる。

 しかし、フードの方に気を掛けていなかったせいだろう。ずるり、とヒルデの被っていたフードがずれ、その奥に在った空色の双眸――驚きを表すように見開かれた瞳と、目が合った。

 オレを褒める時シグルズさんはいつもこうやって頭を撫でてくれていたから、褒める時はコレが当然のことだろうと思っていたのだが、違うのだろうか? しかし驚かせてしまっている以上、続けるべきではないだろう。


「悪い。褒められるときは、いつもシグルズさんにこうされていたから」と、ヒルデの頭部に置いていた手を離そうとすれば、ぎゅ、とヒルデの小さな手がオレの手を掴んできた。

「もっと、なでて……」

「……わ、わかった」


 驚いているように見えたのは、オレの見間違いだったのだろうか?

 そう思いはしたものの、ニアズは彼女に言われるがまま形の良い頭――それこそ、撫で心地良く感じさえする少女の頭を、フード越しに撫で続ける。

 その後しばらく互いに無言のままでいれば、唐突に「パパ、わたしのこと……なにか、言ってた?」と、消えてしまいそうなほどか細いヒルデの声がニアズの耳に届いた。

 おそらく、それこそがヒルデの最も訊きたかったことなのだろう。

 隣に居る彼女の頭を撫でながら、そのことを察したニアズはゆっくりと口を開く。


「……ヒルデのことを、気に掛けてやってほしいと言われた」

「そっか……。パパ、ちゃんとわたしのこと、覚えてくれていたんだ……」


 ふるり、と肩を震わせながら言葉と涙を零すヒルデ。そんな彼女を労わるようにニアズは彼女の頭を撫で続けるが、タイミング悪く次の試験を行う者の名としてニアズの名前が呼ばれてしまう。


「……ニアズさん、行かないと」

「あ、ああ。そうだな」


 涙を零している子供を、一人きりにして良いものなのだろうか?

 そんな心残りを抱きながらも、ニアズはヒルデの頭部から手を離し立ち上がる。だが一人で残るヒルデの姿が寂しげに見え、彼は再度ヒルデの頭に手を乗せてしまう。


「行ってくる。すぐに戻って来るから、待っていろ」

「うん。行ってらっしゃい。……応援して、ますね」



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