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――ニアズさんの馬鹿ぁ! 【凱ノ乙女】に緊急用の栄養剤を保管していなかったら、どうするつもりだったの! 脚だって『花』の力のおかげで生え戻ったから良いものの! ほんとにっ、ほんとにもう!
オレが意識を取り戻す前からずっとそうやって喋ることで平静を保っていたのだろう。脳内に響くヒルデの声を聞きながら瞼を開けば、そこは冷ややかな雪の大地だった。
嗚呼、オレの上半身は無事【凱ノ乙女】の光子光線を免れたらしい。根の侵蝕を受けていた竜脚を下半身ともども斬り落とすという荒業ではあったが、成功したようでなによりだ。それに雪の冷えた感触が脚部から感じ取れることから、脚も生え戻っているのだろう。
これが『花』の力か。と思いながら、傍で膝を着いている【凱ノ乙女】へ視線を向ける。
「オレは【呪い在りし竜】の血を引いているし、『花』もあるからこんな怪我程度は……」
――だとしても! 限度って言うモノがあるの! それにわたしは大事な人が傷つく姿も見たくない!
「それはオレも同じだから、お互い様だな」
「――ど、どこが!」と告げたところで、肉塊となっていた自身の事を思い出したのだろう。しばし間を空けた後「――今回だけだからね……、」と苦々しげに言ったヒルデは、「――それで、ニアズさん。身体の方は大丈夫?」と訊ねてきた。
「ああ。体感としては、大事は無いと思うが……」
雪の大地に転がっていた身体を起こし、生え戻ったばかりであろう脚部を見れば、そこにはむき出しの素足が晒されていた。
「……、まあ。そうだよな」
脚部もろとも下半身を斬り落としたのだから、ズボンが失われているのも当然だろう。幸いなことに、辛うじて残っている黒衣が太腿半ばまでを覆ってくれている為、大事には至っていない。だがまあ、この格好で船に戻るのは、あまりにも間抜けだろう。
「ふぅ……」と軽く息を吐き、脚部に【呪い在りし竜】の力を集中させる。そうすれば鱗一つない人間の脚から黒の鱗が生え伸び、多少人目に晒しても問題のない身形となる。
「それよりヒルデ。ドゥムの方はどうなったんだ?」
鱗で覆われたばかりの脚で立ち上がり、ぐるりと辺りを見渡してみれば、数メートル程離れた箇所が茶色の地表を露わにしていた。
おそらくあの地点が光子光線の放たれた場所なのだろう。その場を確認するために歩をそちらへと向けようとすれば「――まって」と、【凱ノ乙女】が掌をオレの前へ差し出してくる。
――乗って。あの辺り、不安定になってるから。
「そうか、分かった」
差し出されていた【凱ノ乙女】の掌に乗れば、【凱ノ乙女】はゆっくりと浮き上がり、光子光線で焼かれた大地の上へと移動する。
「これは……」
上空から見た白の大地。そこには巨体の怪物と化したドゥムの姿はおろか、雪の姿も無く。あるのはただ、範囲は狭いながらも深いと知れる穴だった。
もし自身の再生能力を過信しあの場に残っていたら、間違いなくオレは死んでいただろう。
あのドゥムを滅するために放たれたのだからそれはある意味当然であり、元より【凱ノ乙女】の放つ光子光線の威力については知っていた。だが、ソレを行ったのがヒルデであったと知る今は――彼女のその判断力と決断力に、舌を巻かずにはいられない。
自身を掌に乗せる【凱ノ乙女】の様子を窺うように顔を上げれば、オレの視線に気が付いたのだろう。「ニアズさんは、わたしが怖い?」と、通算三度目となる質問を投げかけてきた。
「いや、まったく」
――それは、どうして? わたしの身体は肉塊になってもすぐに元に戻れてしまう程異常だし、何よりわたしはニアズさんにこの『花』を植えてしまったのに。
ヒルデの言う通り、肉塊になっても戻る身体は異常だし、独断でオレの身体に『花』を植えつけた事柄については熟考すべきだろう。だがそれらを踏まえたとしても――やはりオレは彼女を「怖い」とは思えなかった。
とりわけ、ヒルデが【凱ノ乙女】を操縦していたと知る今であれば殊更に。
「ヒルデは、オレたちを守ってくれたからな。それだけ分っていれば十分じゃないか?」
――わたしのせいで、ニアズさんもドゥムさんみたいになってしまうかもしれないのに、ニアズさんはソレを許すの? 取り返しのつかないことをしでかしたわたしを、怨まないの?
「その時はその時だ。それにオレはもとより【呪い在りし竜】の血を引く怪物だし。なにより、十数年もの間そのままでいるヒルデがドゥムみたいになっていないんだから、怪物になるにも理由や要因があるんだろう?」
――確かに、ああなるには理由や要因があるけれど……。
「なら落ち着いた時にでもそれを教えてくれれば良い」
――そういう、ものなの?
「オレにとっては、そいうものだな」
――そっ、か……。
オレの回答に不服さはあるものの、それ以上を追及する気は無いらしい。今一度「そっか」と呟いたヒルデは、【凱ノ乙女】の高度を更に上昇させる。
――じゃあ、フィオナちゃんたちの所に帰ろうか。
「ああ、そうだな」
【凱ノ乙女】の開けた大地への穴。ソレを見送り、オレは彼女と共に、皆が待つであろう【陸上探査艦‐ŋ】へと向かい始めた。
*
【巨大飛竜】や【戦乙女】などの襲来があった日から数日後。オレたち【陸上探査艦‐ŋ】の船員はフィオナから直々に事の顛末の説明を受けた。
結論としては、やはり【邪竜】や【飛竜】などの竜種がこの船を襲いはじめたコトの始まりは、ドゥムが【巨大飛竜】の子供を殺したことが原因だったようだ。
元々ドゥムの取り巻きの一人であったトゥツーが提供した情報によると、彼らはこの船に来る前にとある商業団を襲撃。そしてその商業団が密輸目的で保有していた『花』の種を強奪、並びに【巨大飛竜】の卵から幼体を引きずり出し殺害したとのことだった。
さらに船内にある研究部からは、この船を頻繁に襲ってきていた竜種たちは皆【巨大飛竜】の怒りを強制的に受信させられていたこと。そしてドゥムが浴びた【巨大飛竜】の幼体の血臭を辿り、この船を襲撃していたことが報告された。
その情報を踏まえ、フィオナからは「【巨大飛竜】には手を出さないこと」と、「【巨大飛竜】を害するようなことをしでかした場合は即座に連絡すること」の旨が通達された。
なお怪物――フィオナや研究部の言葉を借りるのであれば【巨人妖精】へと変貌したドゥムの肉体変化理由については、彼が強奪し、そして使用した『花』が一般的に「粗悪品」と呼ばれる代物であるが故だという説明が行われた。そのため、「自分の身を思うのであれば、『花』を入手した場合、使用する前に必ず正規の検査機関で検査をしてもらってから判断するように」との警告もまたフィオナから発された。
数十分前に在ったことの顛末。ソレを思い返しながら、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室の扉前に立ち尽くしていたオレは深く息を吐く。
「ふぅー……」
つい先日、【凱ノ乙女】を操縦していたことが露見したヒルデ。あの日以来彼女と顔を合わせていないオレは、今日こそ彼女に会おうと此処まで来ていた。そう、来ては居るのだ。ただ、この場所にまで来ておいて、扉を開ける剛毅さが今のオレには欠けていた。
ヒルデに会えたとして、オレは彼女になんと言えば良い? 聞きたいこと。聞くべきこと。聞かねばならないこと。それらは探せばいくらでも出て来はする。だがその話に行き着く前に、緩衝材のような世間話をしなければいけない気がしてならないのだ。
今までオレは、ヒルデとどんなことを話していただろうか?
そう思い返すニアズが「はぁ」と再度扉に息を吐きかければ、「よーっす、ニアズ! って、扉の前で何してんだ?」と、ソールが彼の肩を軽く叩いた。
「ソール……それに、マォ達も。いったいどうしたんだ?」
ソールの後ろに居るマォやシェリー。そしてドゥムとの戦闘の際に骨折もしていたらしいヴィーザル。彼らが自分の傍に来ていることに気付いていなかったニアズは、目を見開きながら彼らの姿を見定める。
「どうしたんだ? って、そりゃ此処に来たんだったらやることは一つだろ?」
「そうそう、此処に来たならヒルデちゃんに会う以外のことは無いにゃ!」
「ということで、さっそく突撃にゃ!」と快活に声を上げ、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室の扉を開けたマォ。彼女が「ヒルデちゃん! マォだにゃー!」と自身の名を叫びながらその部屋へ飛び込めば、直に「ひょわぁああああっ!?」とヒルデの悲鳴が響いた。
「ああ、マォさん。そんな急に飛びついてしまっては、ヒルデさんも驚かれてしまいますよ」
中に居たであろうヒルデに飛びついてたであろうマォ。彼女を止めるべく、シェリーもまた【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室へと足を踏み入れる。
「お、おい!」
「じゃあ俺もおさきぃ!」
とん、と改めてニアズの肩を叩いたソールは「おーいヒルデ!」と部屋に入る。そして、マォに抱きつかれ困り果てているヒルデに向かって「今まで思いやりのない態度をとってすみませんでしたーッ!」と、華麗なまでの滑走土下座を行った。
「ひ、ひぃっ……!?」
突如として自分の周りに集まりはじめた面々。そんな彼らに怖気づきながらも、各々の自己紹介や謝罪を受け、徐々に穏やかなモノへと変わっていくヒルデの表情。その様子をニアズが廊下から眺めていれば、共にその場に残っていたヴィーザルが「お前は行かないのか?」と声を発した。
「いや、オレは……」
せっかくヒルデがソールたちと会話をしているのだから、割り入るべきではないだろう。
そう思ったニアズが部屋への入室を躊躇えば、ヴィーザルは小さく溜め息を吐き、彼の背を押す。
「そういうのは、アイツにはいらないんだよ」
「は?」
踏鞴を踏みながら【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室へと足を踏み入れるニアズ。すると、ヒルデが「ニアズさんっ!」と彼の名を呼び――駆け寄ってきた。
「ヒルデ……?」
駆け寄って来たかと思えば、ニアズの背後へと周り、その脚へとしがみ付いたヒルデ。珍しい彼女の行動に、いったい何があったんだ? と、ニアズが先程まで彼女と会話をしていたはずのマォ達へと視線を向ける。
「ヒルデちゃんに、マォたちの隊に入って欲しい! ってお願いしたら困らせちゃったにゃ!」
「流石にいきなりはヒルデも驚くだろう。それに、艦長には許可は貰っているのか?」
「はい。既に許可は取ってあります。むしろフィオナさんからは、この隊になら安心して任せられると言われました」
「え……、フィオナちゃんが……そう言ったの?」
ニアズたちの方へと移動してくるシェリーとマォ。二人の言葉を聞いたヒルデは、未だ廊下に居るヴィーザルの顔を見上げる。
「ヴィーザルさん、それ、本当?」
「ああ、本当だな」
「どうして……いまさら。急にそんなこと言われても、わたし……」
「フィオナにもフィオナなりに考えが在るんだろう。それに俺も、お前がずっとあのままでいるより、俺たちのところに居てくれた方が安心だからな」
「……わたしは、ドゥムさんみたいになるつもりはないよ」
「別にそれについて懸念しているわけじゃあないから安心しろ。ただの、そうだな……親心みたいなものだと思えば良い」
「……親心……ね」
「親心なんて、知らないけれど」と呟きながら、ヴィーザルへと向けていた視線を自身の近くにまでやって来たマォとシェリーへ移したヒルデ。彼女からのその視線にいち早く気付いたシェリーは膝を屈め、ヒルデと目線を同じくする。
「なので……、あとはヒルデリカさんがどうするか、決めてください。今まで通りでいたいとヒルデリカさんが望むのでしたら、私たちは無理強いしません」
「……許可はあるけど、最後はわたしが……決めていいの?」
じっ、と自身の前に居るシェリーを見ながらヒルデがそう訊ねれば、シェリーはコクリと頷き「はい」と答えた。
「みなさんは……わたしが、怖くはないの?」
「怖い? 私はヒルデリカさんを怖いとは思いませんよ? むしろここ最近は【凱ノ乙女】に助けてもらってばかりでしたし」
「マォも怖いとは思わないにゃ! むしろ前に戦った時にやった空から飛び降りるやつ、すっごーく! 楽しかったからまたやりたいにゃ!」
シェリーの肩を抱き、爛々と目を輝かせるマォ。彼女の言った「空から飛び降りるやつ」が【戦乙女】との戦闘時に行った、上空に居る【凱ノ乙女】からの飛び降り行為であることに気付いたヒルデは「ふっ」と口元を緩める。
「わたしも、あの時はとても楽しかった……」
「! ほんとかにゃ!」
「わーっ!」と大手を振り、ヒルデに飛びつこうとするマォ。だがニアズの脚を壁にすることで、ヒルデはマォの襲撃を躱す。
「でもそうだな。ただ一方的に俺たちの隊に入ってほしい! っていうのは、厚かましいというか……ヒルデにメリットというか、理由とか、利点が無いよな」
部屋に並ぶ【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】を見ながら、遅れて扉の方へと戻ってきたソールがもっともらしくそう言えば、「それもそうですね」とシェリーが頷いた。
「では、ヒルデリカさん。少し、質問を変えるのですが……ヒルデリカさんは、私たちに何かしてほしいとなどはありませんか? 勿論、入隊を拒んだからといってその要望を無下にするつもりは毛頭ないのですが……同じ隊員となれれば時間も合いますし、比較的その要望を叶えやすくなると言いますか……ええと、」
語弊の無いように伝えたいのだろうが、言葉選びに悩むらしい。困ったように眉尻を下げたシェリーが傍に居るマォを見上げる。
「つまり! ヒルデちゃんのお願い事を聞かせてほしいのにゃ!」
「……わたしの、願い事……」
願い事を教えてほしいと問われ、口ごもるヒルデ。彼女の願いが何であるのか興味のあるニアズは、彼女たちの会話を邪魔しないよう耳をそばだてる。
「わ、わたしと、一緒にいて……ほしい。パパみたいに、わたしを捨てないで。パパみたいに、わたしを一人にしないで……ほしい、です」
絞り出すようにして吐き出されたヒルデの願い。ソレを聞いていたヴィーザルは歯を噛みしめ、至近距離で聞いたシェリーは目を瞬かせた。
「……えっと。ヒルデリカ、さん。それは……」
「そんなの、お安い御用にゃ! むしろ一緒の隊にならなくても、それぐらいならこれからいっぱい叶えてあげるにゃ!」
「むしろ一緒の隊にいたら、絶対に叶えてやれるぞ!」
「そうとも言えるにゃ!」と、ソールと顔を見合わせ笑うマォ。二人を見上げた後、ヒルデは視線を下ろし「ほんと?」と、自身と目線を合わせてくれているシェリーに訊ねた。
「え、ええ。本当ですよ。私たちはヒルデリカさんを、一人になんてしません」
「ニアズさんは、どう思いますか……?」
――わたしが彼らと一緒にいても、大丈夫だと思える?
穏やかな口調ながらも、切に迫る声色でそう訊ねてくるヒルデ。彼女のその二つの声を聞いたニアズは、自身を見上げてくる空色の瞳と視線を交わらせる。
「オレは良いと思う。ソールたちならヒルデのその願いも叶えられるだろう。それにヒルデが同じ隊になれば、オレも此処に来やすいしな」
「そっか……。それなら、ソールさんたちの隊に、入ろう、か」
「やったにゃーっ!」
ヒルデの言葉を最後まで聞かず、喰い気味に叫ぶマォ。彼女は大手を上げると、ニアズの脚にしがみ付くヒルデの身体をニアズの脚共々抱きしめた。
「ヒルデちゃんが入ってくれて嬉しいにゃ!」
「ひゃぁあっ!? ま、マォさん!?」
「離れてぇえ!」と声を大にしながらくっついてくるマォを引き剥がそうとするヒルデ。だがヒルデがマォの腕力に勝てるわけもなく、その抵抗は無意味なものと化している。
そんなマォの姿を見て、少しむくれた顔をしたシェリーが「マォさん、マォさん。そろそろヒルデリカさんから離れては?」とマォを引き剥がしにかかる。だが興奮しているのか、マォはシェリーの言葉を受けてもヒルデから離れようとしない。
ぎゅうぎゅうとマォに抱き絞められ、もみくちゃにされ得ているヒルデ。そんな彼女と自分の脚を見過ごすわけにもいかず、ニアズはマォの肩口を軽く押し退け、ヒルデをその腕から引き抜き、抱き上げた。
「あーっ! ニアズ酷いにゃ!」
「ひどいのはどっちだ。離れてほしいと言われているんだから、離れるべきだろう。それに、自分だって嫌なことをされ続けたら困るだろ?」
「そ、それもそうにゃ……!」
会話によって興奮が僅かに冷めたのだろう。冷静さを取り戻したマォが、しゅん、と項垂れ「ヒルデちゃん、ごめんにゃさい」とヒルデに頭を下げた。
「つ、次から気を付けてもらえれば、良いので……。マォさん、頭を上げてください……」
「許してもらえるのかにゃ……?」
「あ、はい。許しますよ」
困ってはいたが恨んだり、怒ったりする性分ではないらしい。ヒルデはマォと顔を合わせ、にこやかな笑みを浮かべる。
「いやぁ、本当に『うちのマォが御迷惑をお掛けしてすみません』だな! でもまあ、ヒルデの入隊も決まったことだし、ニアズ! ヒルデ! この後、昼食を兼ねたヒルデの入隊パーティーをするぞ!」
ソールの発言に含まれるわざとらしい言葉が気に入らなかったのだろう。ヒルデと顔を見合わせていたマォがソールを恨めしげに睨み付ける。しかしソールはマォの表情を歯牙にかけることはなく、ニカッ、と軽快な笑みを浮かべ「実は今日の昼メシ、船主を小突いて……じゃねぇや。船主にお願いして、豪華なメニューにしてもらったんだよなぁ!」と続けた。
「ってことは、ヒルデの入隊はほぼ決定事項みたいなもんだったのか?」
「艦長から許可は貰ってたしな。あとはまあ、ソレが無理なら快気祝いなんかにかこつければ良いし」
「そうそう! だから今日はお肉とかお肉とかお肉とか! あとヴィーザルの好きな甘ーいものとかがたっくさん食べれるから、楽しみなんだにゃ!」
ソールの言葉に連なるようにそう言い、ぴょんっ、とその場で跳ねたマォ。彼女は「お昼のこと考えてたら、お腹すいたにゃ!」と腹を押さえると、一目散に廊下を駆け、姿を消した。そんな彼女の姿を見たシェリーは、一拍ほど間を空けた後即座に顔を青ざめさせ「マォさん待ってください! まだ昼食の時間では……! ああ、みなさん私は行きますね!?」と慌ててマォの後を追いかけていく。
「あーあ。マォが行っちまったな……。なら俺も食いっぱぐれないために食堂に行くぜ! ニアズもヒルデも、早く食堂に来いよ!」
「待ってるからな!」とニアズの背を叩き、ヴィーザルを連れて廊下を歩くソール。彼らの後ろ姿を見ながら、ニアズは抱えていたヒルデを床へと降ろす。するとヒルデは「襲来」という名のマォからの抱擁時にズレたであろう防寒服のフードを深く被り直した。
「……ニアズさん。わたし、本当にみなさんと一緒で……良いの、かな」
「良いも何も、アイツら自身でヒルデの入隊を望んでるんだから良いんじゃないのか?」
「そうでは、あるんですけど……こう、リスクとか……考えないんでしょうか?」
「シェリーやヴィーザルはともかくソールとマォが考えると思うか?」
「……、それは……」
先程の会話内で、ソールとマォの楽天的な思考は十分に伝わっていたらしい。もごもごと口ごもるヒルデの前にニアズはゆっくりと屈みこむと、ヒルデの頭をフード越しに撫でつけた。
「もし何かあったらオレがどうにかする。それにオレも、ヒルデと同じ隊になれるなら嬉しい」
滅多に口にすることのない、素直な気持ち。それに続けて「ヒルデは嬉しくないのか?」と訊ねれば、彼女は顔を火照らせ「わ、わたしも、…………うれしい」と消え入りそうな声で告げてきた。
「なら、行くぞ」
ヒルデのその言葉を聞くや否や、ニアズは素早く立ち上がる。そして赤らむ耳を隠すように顔を背けながら「早く行かないと、マォとソールに全部食われる」と、ヒルデへ手を差し伸べる。
しかしヒルデは差し出されたニアズの手を見るだけで、その手を取ろうとはしなかった。
「……オレは、ヒルデと一緒に昼食を食べたいんだがな」
未だ躊躇うヒルデの背を押す最後の一押しにしては、あまりにも短絡的すぎただろうか?
自身の手を取らないヒルデの様子に焦ったニアズが、弁明の為に更に口を開こうとすれば「ニアズさんにそう言われてしまっては……仕方ない、ですね」とヒルデがニアズの顔を見上げ――被っていた防寒服のフードを自ら脱ぎ去った。
「なので……これから、わたしのこと……よろしくお願いしますね。ニアズさん」
はにかみと共に伸ばされ、ニアズの手に重なるヒルデの手。
温かくも小さなその手を握り返し、ニアズは「ああ、こちらこそよろしく頼む」と、ヒルデと共に【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室から足を踏み出した。
END
これにて第一部完結となります。
続きは気が向いたら執筆、投稿していきます。
此処までお読み下さり、ありがとうございました!




