4-7
緑の液体が入った小さな容器。ソレを口にした途端、膨らんでは弾けを繰り返したドゥムの肉体は、最早「ヒト」として認識できない姿へと変貌してしまっていた。
幾つもの手足を生え伸ばし、苦悶の表情を浮かべる顔たちを貼り付けた巨大な肉塊。
元は身体が膨らみ弾けたり、背面から新たに腕が生えたり、眼球から多少飛び出たりする程度で済んでいたのだが――、自身の周りに集いはじめた取り巻きたちを悉くその身体に取り込んでから、その姿は大きく変容し、今の姿となってしまった。
身体中から生える複数の腕や脚。苦悶と嗚咽を零す顔々。部品単体としては「ヒト」であると理解は出来るが、総体としては「怪物」と称するしかなくなってしまった「彼ら」を前に、ニアズは光子を纏った剣の先を突きつける。
「とはいえ……接近戦が出来ないのは、厳しい、なっ!」
近付けば怪物と化したドゥムに取り込まれる。身をもってソレを示してくれた取り巻きたちに感謝しながら、オレは光子剣を振り斬撃波をドゥムに対して撃ち放つ。そうすれば一拍遅れてシェリーが弾丸を撃ち込んだ。
するとオレの作り出した斬撃波の跡を辿ったシェリーの弾丸がドゥムの肉内で炸裂する。が、やはりその傷口は膨らみ、弾ける肉によって治癒されてしまった。
「やはり、彼を倒すのは無理なのでしょうか?」
いくら傷つけても再生するドゥムの身体。ソレを睨んだシェリーが、困ったように口を開く。
「せめて、どんな原理で高速治癒が可能となっているかだけでも分かれば攻撃の仕様もあるのですが……」
「そうだな。せめてそれだけでも分かれば、良いんだがな」
手さぐりで攻撃をし続けるしかない中、再び斬撃波を繰り出すために光子剣を構えれば、光子短剣を握り締める獣人の青年――トゥツーが、ドゥム目がけて飛びだした。
「うわぁあああああっ!」
「止まれトゥツー!」
フィオナもヴィーザルも居ない中で、戦闘員たちの指揮を執っていたグリズ。彼女が静止の声を上げるが、トゥツーは止まらず、ドゥムの身体にその切っ先を突き立てる。
「チッ!」
後先を考えない彼の行動に舌を打ち、ニアズはトゥツーをドゥムから引き剥がすべく駆け走る。しかし彼らの元へ辿り着く前に、幾つもあるドゥムの腕の一つが振り上げられてしまう。
このままでは、トゥツーがドゥムの太腕に叩き潰される。そう予期しながらも、足を走らせ続けていれば、ドゥム目がけて弾丸が走り、振り上げられていた太腕の表皮が弾け飛んだ。
「援護します! ニアズさんはそのまま進んでください!」
「頼んだ!」
後方からのシェリーの援護。そのおかげでドゥムの腕が振り降ろされる直前にトゥツーの身体を掴むことの出来たオレは、彼をグリズたちが居る方向へと勢いよく投げ飛ばす。
「アンタは大人しく下がって――ッ!?」
そう言った瞬間、――オレの胴体をドゥムの太腕がわし掴んだ。
「ぐぁああ……っ!」
「に、ニアズさんっ!」
みしみしと軋む身体。応急的に【呪い在りし竜】の力を解放させて強化するが、ドゥムの腕を斬り落とさないことには、握り潰されるのは時間の問題だろう。
しかも悪いことに、彼の腕の肉には何かが仕込まれていたらしい。繊維じみた物体が服を突き破り、皮膚上の鱗を這いまわるのを感じたオレは身を捩る。
だがそんなオレのささやかな抵抗も空しく、その繊維じみた物体は鱗のない部位にまで到達し、ぐしゅりと皮膚を貫いて体内へと侵蝕してきた。
――奪い、壊せ。怨み、殺せ。
原理としてはヒルデの声とおそらく同じなのだろう。だが皮膚に入り込んだ繊維から脳内へと伝えられるこの声は洗脳じみた醜悪な言葉の羅列で、不気味さしか感じ取れない。
――奪い、壊せ。怨み、殺せ。
延々と同じ言葉を繰り返し、オレの身体を侵食するべく肉を割り裂く繊維。その声と痛みを堪えるように歯を食いしばれば、「ニアズを離せ!」と言う声と共にオレの身体を掴むドゥムの腕の一部に火が付いた。
「グォアアアッ」
突然の炎に驚いたのだろう。身体を掴んでいたドゥムはオレを手放し、自身の身体を燃やす炎を取り払うように暴れはじめる。
「ニアズ、無事か!?」
「あ、ああ……」
危ないところを助けてくれたのは、どうやらヴィーザルだったらしい。ヒルデを連れたフィオナに付いて行ったはずの彼が、どうしてこんな所に? という疑問を余所に、彼はオレの身体を小脇に抱えドゥムから距離を取った。
「身体に異状はないか?」
「繊維じみたナニカが身体に入り込んできた以外は、特に……」
ドゥムから手放されてから、徐々に掻き消えていく醜悪な言葉の羅列。おそらくその言葉を伝えてきていた、あの繊維じみたモノはドゥムから切り離されてしまえば効果を失うのだろう。
とはいえ自分の身に何が起きていたのか程度は確認すべきだろう。と、素肌の部分を覗き見てみれば、そこからは細く白い繊維が生え伸びていた。
「うわっ、何だこれ」
引き抜こうとすれば、ぶちり。と簡単にちぎれるソレ。指先に摘ままれ残った部位を確かめてみれば、その繊維は植物の根だった。
「……ニアズ。お前なら大丈夫だと思うが、心配なら後でヒルデに見てもらえ」
「え? あ、……ああ、分かった」
この繊維とヒルデに何か関係が在るのか? そもそもヴィーザルはいったい何を知っているんだ? と、ニアズの脳内を駆ける疑問。だが彼がその疑問を口に出すより早く、ヴィーザルがドゥム目がけて火炎瓶を勢いよく叩きつけた。
「コイツの弱点は火だ! 遠距離攻撃班は注意しながら火炎系の砲撃を行え!」
ドゥムの身体に当たり、バリンッと音を立てる火炎瓶。その瞬間、中に入っていた液体が飛び散り、ドゥムの身体に炎が移り広がる。
「グォアアアッ!」
再びの炎に再度声を上げ、ソレを消そうと躍起になるドゥム。その姿を見た甲板にいる戦闘員たちは、慌ただしく武器の装備を変えはじめた。
その様子を見ながら、ニアズは自身が握る光子剣を改めてドゥムへと向ける。
例え火炎系の攻撃を持ち得て居なくとも、周りが準備を整えるまでの時間稼ぎ位は出来るはずだ。少なくとも、先程まではそれが出来ていたのだから。
しかしニアズのその意思は、視界の端に映った走る人影によって掻き消える。
「ヒル、デ?」
甲板の上を一直線に走る、小さな影。幼い体格には合わない大きすぎる防寒服を纏った素足の少女は、間違いなくヒルデだろう。だが、四肢を捻じ切られた挙句、身体全体を歪に折り曲げられていたはずの彼女が、どうして此処に居るのだろうか。それも、見るからに欠け一つない姿で。
もしや『花』を植えた花人であれば、その程度のことは造作もないことなのだろうか?
植えれば病気や怪我にも負けない強い肉体となることや、『花』が心臓などの臓器の代用となることも身をもって知ってはいる。ただ、怪我にも負けない強い肉体というのが『肉塊になろうとも、僅かな間の内に再生する』ということなのであれば――それは、あのドゥムにも言えるのではないだろうか?
幾ら傷を与えようともすぐに癒える肉体に、オレの身体へと入り込んできた植物の根と思しき繊維。そしてヴィーザルが語った「心配なら後でヒルデに見てもらえ」の言葉や、火に弱いという欠点。それらのことから、ドゥムにも『花』が植えられている可能性があるのでは? といきついたオレは、息を止める。
ならば――オレも、そしてヒルデも。いつかはドゥムのように「怪物」と称するしかない肉の塊になってしまうのだろうか?
答えのない自問。ソレを胸に一旦仕舞ったオレは息を吐き、走るヒルデへと視線を戻す。
おそらくこの事態に、ヒルデ自身も形振り構っていられないのだろう。【凱ノ乙女】を目指して走る彼女の頭部からは、何時もであれば隠されている金の長い髪が伸び、振り乱されている。
幸運にも、今はドゥムが【凱ノ乙女】から距離を取っている状態なため、彼がヒルデに気付く可能性は薄いだろう。だが万が一を考えるならば、オレ自身でドゥムの気を引くか。或いは、ヒルデを守るために彼女の元へ行くかの、どちらかが望ましいにちがいない。
どちらかが望ましい。と、頭の中ではその二択を熟考して選ぶべきと判っているはずなのに、オレの足は自ずとヒルデを追いかけるように動く。
だがヒルデの姿を捕えたのは、オレだけではなかったらしい。彼女に気付く可能性が薄いはずのドゥムが、身体に炎を着けたまま急旋回し、ヒルデ目がけてその巨体を揺らした。
「流石、同種というべきか……目ざとい、な!」
そう叫びながらヴィーザルは自前の大盾を構え、ドゥムの行く手を阻む。だがヴィーザルの身体はその大盾ごと、ドゥムの幾重もある太腕によって横殴りにされる。
「ぐぁあッ!」
鈍い音を立てて、壁へと叩きつけられるヴィーザル。しかも当たり所が悪かったのか、彼は力なく身体を床へと預けてしまった。
そんな状態のヴィーザルを好機と捉えたのだろう。倒れた彼の方へと顔を向けたドゥムは、太腕の一つをヴィーザルへと伸ばす。
「ヴィーザル!」
ヒルデの元へと行くために、既に動いてしまっているオレの足では間に合わない。そして傍にいる遠距離攻撃が得意な戦闘員たちでは、ヴィーザルに攻撃が当たってしまう可能性もあり、迂闊に攻撃ができない。
誰しもが息を飲み、ヒルデでさえ「ヴィーザルさんっ!」と足を止めた刹那、しなる光の線が走った。
「【光子鞭・打叩】!」
「グォアァアッ!」
銃撃とも斬撃とも違う、新手の痛みに吼えるドゥム。しかも、ヴィーザルへと伸ばされたその太腕には、真っ直ぐに通る鮮血と焼き痕が残っていた。
「ふぃ、フィオナちゃんっ!?」
どうやらドゥムに対して攻撃を行ったのはフィオナであったらしい。ヒルデの血を擦ったままの服を着る彼女の手には、光子を纏う鞭が握られており、ソレは二度、三度とドゥムの身体へ光子鞭を打ち付けられている。
「ヒルデリカ! やると決めたのなら、やり遂げなさい!」
「う、うん!」
フィオナの言葉に頷き、再び走りはじめるヒルデ。フィオナとヒルデ、どちらの援護をするべきかと二の足を踏んでいたニアズに対し、間髪入れずにフィオナが「ニアズ隊員はヒルデリカの援護をしろ!」と声を上げた。
「了解した!」
ヴィーザルを守るフィオナへの援護として、外野の死角から火炎系の攻撃を放つ戦闘員たち。彼らの邪魔にならないようやや遠回りをしながら、ニアズは【凱ノ乙女】を目指して走るヒルデを追いかける。
「ママ、開けてっ!」
先んじて【凱ノ乙女】の元へと辿り着いたヒルデ。その声に反応した【凱ノ乙女】が胸部を開き、【戦乙女】と同じ赤い核を露出させる。だがヒルデの身長では直接その部位には届かないらしく、彼女は【凱ノ乙女】の身体をよじ登りはじめる。
そんなヒルデの身体を遅れて辿り着いたニアズが持ち上げれば、「に、ニアズさん!?」と彼女が目を見開いた。
「乗るんだろ!」
「うん……!」
ずり、と開いた胸部を足場に這い上がったヒルデ。彼女はオレの方へと振り返ると、雲のない静かな夜明けの朝を思わせる空色の双眸を細めた。
「ヒルデ。無茶は、するなよ」
「……ニアズさんも、ね」
くしゃり、と顔を歪め笑ったヒルデは、くるりとオレに背を向ける。そして防寒服を脱ぎ捨て――裸体の身を【凱ノ乙女】の核へと沈み入らせた。すると次の瞬間、【凱ノ乙女】が「Pi」と音を立て、開かれたままであった胸部を閉じ、その姿を鳥型から人型へと変形させた。
その様子を見ていたらしい。周囲の戦闘員の幾人かが「あの【凱ノ乙女】はヒルデリカが操縦していたのか!?」と慄く中、オレの脳内に「――ニアズさん、ドゥムさんの周りから、人を離れさせて」と、ヒルデの声が届いた。
「やはりこれは、ヒルデの声なのか」
――うん。ニアズさんに『花』を植えた時から、こうやって会話をすることは出来たのだけれど。あまり、快く思われていないみたいだったから、伝えるのも、使うのも躊躇われてしまって……。でも今だけは。お願いだから、今だけは。……わたしに協力してほしいの。
――あとで、いくらでも罵ってくれて構わないから。
口頭での、区切られがちな喋り方とは違い、流暢な口調のヒルデ。ソレに確固たる信念を感じたオレは腰元へと戻していた光子剣を手にし、ヒルデの乗る【凱ノ乙女】へと向ける。
「いくらでも協力してやる! だからドゥムを……」
ドゥムを殺せ、と胸中で響く【巨大飛竜】の怒り。自身の内にも根深く残っているその感情の一方で、ヒルデに「人殺し」を望むべきではないという倫理的な想いもまた抱いていたオレは、本来なら口にすべき最後の一言を卑怯にも飲み込んでしまう。
――大丈夫。ニアズさんは何も心配しないで。彼のことは、わたしが殺すから。
「ヒル、デ?」
脳内に届いたのは、間違いなく「わたしが殺すから」という明確な殺意の言葉。それをヒルデが本気で言ったのなら、彼女を守る立場であるオレはその行為を、止めなければ。否、何としてでも止めなくてはならない。
即座にニアズは、「オレはお前に人殺しをさせたいんじゃない! それ以外の手段で――!」と静止の声を上げるが、ヒルデの乗る【凱ノ乙女】は空へと上昇してしまう。
――ニアズさん、彼の周りから人を離れさせて!
物理的にも、心境的にも既に覚悟を決めているヒルデ。彼女を止めることは不可能だと否応ながらも理解したニアズは、「っ、任せろ」と苦々しげに返答する。
ヒルデに人殺しをさせることには躊躇いはあるし、させたいとも、してほしいとも思わない。だが、ドゥムの再生能力を知ってしまっている以上、彼を殺せるのはヒルデが乗る【凱ノ乙女】しかないということも分かってしまっている手前、「やるな!」と止めてやれないのだ。
「っ、くそ」
【凱ノ乙女】の放つ光子光線。ソレであればドゥムの身体、その全てを焼きつくすことが可能だろう。だが本当に。そんなことを、人殺しを、ヒルデにさせてしまって良いのだろうか。
胸の内に凝る重い躊躇い。それを抱えながらもニアズはドゥムたちの方へと向き直る。
「とは言っても、ドゥムの傍から人を離すのは難しいだろ」
ヴィーザルの救助は既に完了してはいるものの、ドゥムがフィオナに狙いを定め、執拗な程追い回している為、距離を置きたくとも置けない状態なのだ。しかも、同じ班の仲間であるソールやマォは接近が必要な武器を使うためか、ドゥムとの戦闘には参加していないらしく姿が見えない。
一方、遠距離攻撃が主であるシェリーは、他班の遠距離武器使用者たちと徒党を組んでいるため、話しかけづらい。
「くそっ……いったいどうすれば?」と声を漏らせば、外周で戦闘員たちの指揮を執っていたグリズさんが「ニアズ、どうしたんだい?」とオレの元へと駆け寄って来た。
「実は、ドゥムの周りから一旦人を離したくて」
「なるほど。なら、気を逸らさせるついでに脚を切ってやれば良いね」
するり。といとも容易くドゥムの傍からフィオナを引き離すための案を出したグリズは、「さ、そうと決まればアンタも武器に光子を纏わせな!」とオレの背を叩いた。
「みんな! 一旦ドゥムの動きを止めるよ! アタシが一発アイツに食らわせるから、その後砲撃攻撃班とニアズはドゥムの足元を遠距離から狙いな!」
一帯に響くグリズの指示。すると、彼女の人徳の現れであるかのように、次々と「了解です!」「わかりました!」という了承の声が上がり始める。そしてグリズは自身の大鎌に光子を纏わせ、オレの技を真似てか、「【熊鎌・斬波】!」と、光子の斬撃波をドゥムの頭部目がけて撃ち放った。
「グァアアアッ!」
「砲撃班! ニアズ! 今だよ!」
「っ、はい! ――【怒剣・斬波】!」
グリズの放った斬撃波によって顔面をズタズタにされ、呻くドゥムに追い打ちを掛けるかの如く彼の足元へと撃ち込まれる複数の銃弾と、ニアズの斬撃波。
そうすれば、その隙を見計らったフィオナが戦線から離脱する。
「っ、ヒルデ!」
――はいっ!
声を上げればヒルデが返事をし、上昇していた【凱ノ乙女】が勢いよくドゥムの真上へと落下する。そして怪物と化したドゥムの巨体をがっしりと掴んだ。
その瞬間、ニアズは【凱ノ乙女】の元へと駆け走り、その身体へと乗り上がる。
――に、ニアズさんっ!? どうして!?
慌てた様子で叫ぶヒルデに「オレも着いていく」と答えるニアズ。だがそんな彼に対し、ヒルデは断固とした声色で「――危ないから、すぐに降りて!」と返した。
「それでも、だ!」
――う、……わ、分かった。
ニアズに対して断固とした口調を向けた割には、自身がそうされることには不慣れであるらしい。歯切れ悪く了承したヒルデは、ドゥムの巨体を掴む【凱ノ乙女】を空へと上昇させる。
――強めの光子光線を放ちたいから、すこし船の傍から離れるよ!
以前【凱ノ乙女】が【飛竜】の群れを一掃した時のような高火力の光子光線が船に当たったとなれば、その被害は船の運航状態にも大きくかかわってくることだろう。
そのことを踏まえ、「それもそうだな」と短く返したオレは、船から離れるために横方向への移動を始めた【凱ノ乙女】の腕に抱きこまれている怪物と化したドゥムへと視線を向ける。
肉の塊から生え伸びる複数の腕や脚に、苦悶の表情を浮かべ嗚咽を零す複数の顔。そんなドゥムの身体から、うにょりと植物の根が這い出してきた瞬間を見たオレは「ヒルデッ!」と声を上げる。
だがその根は【凱ノ乙女】の身体を這うどころか、逆に触れることを嫌がるかのようにしてドゥムの身体へと戻ってしまった。
――どうか、したの?
「いや、なんでもない……」
声を上げた理由である根がドゥムの中へと戻ってしまっている以上、今ここでヒルデの気を逸らすようなことは口にするべきではないだろう。「ヒルデは運ぶことだけに集中してくれ」と続けた次の瞬間、ドゥムの身体が複数の野太い咆哮と共に大きく暴れはじめ、【凱ノ乙女】の腕部分の関節がバキリと音を立てて変形した。
――うあああぁっ!
【凱ノ乙女】への損傷が中に居るヒルデにも伝わっているのだろう。彼女の悲鳴を聞いたニアズは「ヒルデ、コイツを降ろせ!」と叫ぶ。
――だめっ! まだ船から離れてない!
「ならオレごとドゥムを放り投げろ! オレがコイツを地面に縫い留める! 撃つ時は言え!」
――待って、ニアズさんっ! そんなことをしたら、ニアズさんまで巻き込んじゃう!
必要な事項をヒルデへと告げたニアズは、彼女の静止を聞かず【凱ノ乙女】の腕に抱かれるドゥムに向かって光子剣を突き刺す。そうすれば痛みに動じたドゥムが、更に【凱ノ乙女】の腕の中で暴れた。
「ヒルデ! オレを信じろ!」
――っ! 絶対に、避けてね!
変形した腕を庇いながらも、【凱ノ乙女】はニアズもろともドゥムの巨体を船の外側である雪の大地目がけて投げ飛ばす。一方、投げ飛ばされた側のニアズは滞空中の間、一旦ドゥムの身体から光子剣を引き抜き、光子剣に光子を留めて剣身を長大化させる。そして落下と共にドゥムの身体に剣を突き刺し、地上ともども貫いた。
「グォオアアァアアアアアッ!」
「――っ!」
長大な剣身となった光子が膨大な熱量を持って手を焦がす。足場となっているドゥムの肉体から生え伸びた根が脚を覆う鱗ごと身体の内へと入り込んでくる。
その二つの痛みと同時に、根から伝わる「――奪い、壊せ。怨み、殺せ」という洗脳じみた醜悪な言葉。それに対し「うる、さい!」と叫べば、オレの頭上高くにまで移動してきていた【凱ノ乙女】がその胸部で閃光を煌めかせる。
――光子充填完了! ニアズさん、撃つから離れて!
「了解!」
ヒルデの声にそう答えるや否や、オレはドゥムを貫き留めるために長大化させていた光子剣を解き、その身から引き抜く。だがドゥムの身体から伸びた根が脚に入り込み過ぎてしまっているらしく、すぐにはそこから抜け出せそうにない。
「くそっ、」
悪態を発しながら、足元に再度光子剣を突きつける。しかし肉体に幾つもあるドゥムたちの顔は、苦悶は愚か嗚咽の一つも零さず、ただ醜悪な笑顔を咲き誇らせる。
――ニアズさんッ!
「逃げて!」と叫ぶヒルデの声より早く、オレは光子剣で自分の下半身を切り離した。




