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荒廃世界《北欧/スカンディナヴィア》  作者: 威剣朔也
4.『花』
20/23

4-5

「そんな……!」


 オレの見間違いでなければ、アレもまた【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】だろう。現在対峙している薄紅の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】よりも大人びた上半身に、馬や牛を思わせる四つの脚が付いた下半身。そんな姿をした紺碧の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】は、やはりオレたちの居るこの船へと近付いてきているらしい。その存在に気付いたマォが「一体でさえ大変なのに、もう一体出てくるとかズルいにゃー!」と頬を膨らませる。


「マォたちなんて、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】にも【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】にも頼れないのにー!」


 拗ねたように口をすぼめる彼女の言う通り、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】や【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の力を借りることは現時点では不可能だろう。


 甲板に転がる【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】や、自動修復が行われ、形こそ元の鳥型に戻りはしたものの、それ以降沈黙している【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】。それらの姿から目を逸らし、オレは再度空に浮かぶ二機の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】を見上げる。


 しかし、新たにこの場へとやって来た紺碧の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】には戦う意思が無いらしい。否、それどころか自身の両手で薄紅の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の首根を強引にわし掴んだ。


「UUU……」

「AA! AAA!」


 紺碧の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の手に反抗するようにもがく薄紅の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】。されど紺碧の方はソレを気にもせず、薄紅の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】首根を掴んだまま空高く上昇し――ついには灰色の雲の中へと消え去った。


「いったい、何だったんだ?」

「さあ……私には、計りかねます。そもそもどうして【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】がこの船に襲来するのかの理由も分かっていませんから、まずはそこを追及するべきかと」

「それもそうだな!」


 張りつめていた緊張をほぐすように軽快な声を上げ、自身の質問に答えたシェリーに満面の笑みを向けるソール。そんな彼につられるように各々が息を吐きはじめた中、「それはそうと!」とソールがオレの両肩を掴んだ。


「ニアズの身体、すっげーな!? それいったいどうなってんだ!? 鱗とか、翼とか、マジで生えててカッケーんだけど!! っていうかニアズの脚も、もしかして自前だったりするのか!?」


 ぐいぐい、と興奮しながら詰め寄ってくるソールに気圧され、自身が竜種の血を引いている旨を説明すれば「ならコレは、ニアズの鱗で作ったものなのにゃ!?」とマォがオレの黒衣を差し出してきた。


「ああ、そうだな。コレはオレの鱗で作った物だ」


 ソールのみならず、マォもシェリーも。そして、ヴィーザルも。オレに向ける視線は以前までと変わらぬ穏やかなものであり、誰一人としてオレを疎まず、オレの死を願わず、生まれも呪ってこない。


 露見したが最後、故郷と呼ぶべき集落で向けられていたような「死を願う視線」や、「生を呪う口」などが向けられるとばかり思っていたが、こんなにも穏やかに受け入れられるとは。


 変わらないソールたちの態度に拍子抜けしながら、ニアズは「ありがとう、マォ」と彼女に礼を言い、差し出されていた黒衣を受け取る。そしてそれに袖を通しながら、甲板上で未だ停止した状態の【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】や【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】に視線を向ければ、「――いたい」と戦闘中にも聞こえたヒルデの声が再び届いた。


「ヒルデ?」


 ぐるり。と確認の為に辺りを見渡してみるが、やはり彼女の姿は無い。


「何なんだ……?」


 一度のみならず、二度もヒルデの声が聞こえるとなれば何かがあるのだろう。否、何かが無くとも今すぐに、彼女の安否を確かめに行くべきだろう。


 逸りはじめた気持ちを胸にニアズが口を開けかけた時、やや荒々しい足取りでフィオナが甲板へと現れ、それに続いて戦闘員、非戦闘員たる船員たち。さらには船主オーナーたる豪奢な服を着た恰幅の良い男や、その護衛をしているドゥムが取り巻きたちと共に――やっと、姿を現した。


「なぁに【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】なんかに逃げられてんだよ屑ども!」

「ぜーんぶ、ドゥムさんに任せておけばいいのに、無駄に出しゃばるからこうなるんっすよ!」

「そうそう! ドゥムさんならすぐに【巨大飛竜(ドラゴン)】も、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】もぶちのめせるのにな!」


 ドゥムの取り巻きたちが口々にのたまう中、ふんぞり返るようにして胸を張るドゥム。彼は傍に在った【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】に寄りかかると、「おいおい。あんまりオレ様を持ち上げるんじゃネェよ。コイツらが惨めになって、カワイソウだろ?」と嘲笑った。


 もとはと言えば、彼の狂行が事の発端であるというのに。いったいコイツは何を言っているんだ!? と、【巨大飛竜(ドラゴン)】殺しの主犯たるドゥムに掴みかかりに行こうとオレは足を一歩踏み出す。するとそれと時を同じくして、ドゥムが寄りかかっていた【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の胸部の外殻がカパリ、と音を立てて開いた。そして、その内部に秘されていた【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の核と全く同じ赤の球体が現れ――その中から、どしゃり、と赤い液体を滴らせた肉塊が落ちる。


「ンだぁ?」


 自身の靴を汚した肉塊を確かめ、蹴り飛ばすドゥム。そうすれば、まるでその肉塊から発せられたかのように「――ぅぐ、」とヒルデの声が、ニアズの脳内に直接届いた。


「ヒル、デ?」


 口から漏れ出たヒルデの名。ソレに反応したのだろう。ヴィーザルやソールからの報告を受けていたフィオナがニアズの視線の先を見るや否や、「ヒルデリカ!」と大きく叫んだ。


「……ヒルデ、リカ?」


 ヴィーザルたちの傍から離れ、その肉塊の方へと駆けだすフィオナ。彼女の叫んだその名を反芻しながら、ニアズは二度三度とドゥムに蹴り飛ばされている肉塊の姿を見極める。


 確かに。見様によっては四肢を捻じ切られた挙句、身体全体を歪に折り曲げられた子供の姿にも見えなくもないだろう。否――、それどころか赤の液体に濡れてはいるが、ヒルデ特有の白い『花』や金の髪が肉に絡まっているのが、明瞭に見えてしまった(・・・・・・・)


 嗚呼、間違いなくこの肉塊はヒルデだ。


 ニアズがソレを理解する中、フィオナはヒルデの身体を蹴り飛ばし続けているドゥムの方へ鞭をしならせる。


「止めろ!」

「アァン?」


 ドゥムの傍で鋭い音を立ててしなるフィオナの鞭。しかしソレを向けられたドゥムはヒルデの身体を蹴り飛ばすのを止めるどころか、あろうことか彼女の身体を踏み潰しでもするようにして、大きく脚を上げた。


「止めろと、言っているのが分からないのか!」


 再度振るわれたフィオナの鞭が足に絡まり、尻もちを着くようにして倒れるドゥム。そんな彼を余所にフィオナは身を屈め、肉塊となっているヒルデの身体を掻き抱いた。


「テメェッ! オレ様にこんな醜態を晒させておいて、タダで済むと思うなよクソアマァ!」


 顔を真っ赤に染めながら立ち上がったドゥムは、ヒルデを抱くフィオナ目がけて拳を振り降ろす。しかしその拳は彼女たちに当たることは無かった。むしろその拳の主たるドゥムは、彼らの傍へと移動してきたニアズの竜脚によって、大きく横へ蹴り飛ばされた。


「艦長! ヒルデを連れて逃げてくれ!」


 大柄なドゥムの身体を軽々と蹴り飛ばしたニアズによって窮地を脱したフィオナは、「助かる!」と屈めていた身を起こし、船内へと繋がる扉を目指しはじめる。しかしその行く手を阻むようにして、ドゥムの取り巻きたちが彼女の前に立ちはだかった。


「艦長さんよぉ! テメェが持ってるソレのせいで、ドゥムさんの靴が汚れちまったんだわ」

「だからさぁ、ソレよこしてくんねぇ?」

「せーさい、ってやつをくらわせてやらないと、示しがつかねぇんだわ」

「それか、アンタ自身が汚れた靴を綺麗にするか?」


 にやにやと邪な笑いを浮かべ、フィオナへとにじり寄るドゥムの取り巻きたち。彼らから距離を取ろうとフィオナが後退すれば、その背をヴィーザルの手が推し留めた。


「フィオナ。お前は進め」

「ヴィーザル……、それに貴様らまで!」


 フィオナを守るために、取り巻きたちとの間に割り入るソール、マォ、シェリー。


「此処は俺たちが何とかする! だから艦長はヴィーザルと一緒に行ってくれ!」

「っ! 三人とも、助かる!」

「礼は良いから早く!」とも続けられたソールの言葉に促され、フィオナは背後にいるヴィーザルと共に船内へと駆けこんで行く。そんな二人の姿を見届けた後、ドゥムの取り巻きたちへ向き直ったソールは、にやり。と嘲りを含んだ不敵な笑みを浮かべる。


「ってことで、お前らの相手は俺たちがしてやるよ!」

「てっ、てめぇ!」


 互いに睨み合うソールたちと、ドゥムの取り巻きたち。今にも一触即発が起きようとしている中、ニアズの蹴りを食らい倒れていたドゥムが、「おいおいテメェらよぉ……」と苛立たしげに立ち上がった。


「いったい誰に向かってンな、ナメた口をきいてやがるんだ? オレ様はこの船の船主オーナーの護衛様なんだぜ? つまり、オレ様に敵意を向けるってこたぁ、すなわち、この船の主に敵意を向けるのと同じ。……そうだな、いわばテメェらはこの船にとっての反逆者ってわけだ!」


 堂々とした口調で、暴論を吐いたドゥム。彼は自身を蹴り飛ばしたニアズの傍へと数歩近づき、身体を屈める。そして足元に転がっていた【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の赤い鎧の破片を手にし――ニアズの顎を狙って一気に身と拳を振り上げた。


「っ!」


 振り上げられたドゥムの拳を瞬時に腕で押し止めたニアズ。しかし彼の腕には深々と赤い鎧の破片が突き刺さっており、鈍い痛みと共に「我が愛し子を殺したコイツを殺せ」と【巨大飛竜(ドラゴン)】の怒りが身体の内へと染み入ってくる。


 嗚呼。こんな姿になってもなお、アンタの怒りはその身にこびり付いているのか。


 【巨大飛竜(ドラゴン)】の行き場のない怒りに心を痛ませながら、オレは「アンタに向ける敵意がこの船に対する反逆など、笑わせるな!」とドゥムを正面から睨み上げ、大きく息を吸いこむ。


「オレはただ、孵化前の【巨大飛竜(ドラゴン)】の幼体を卵から引きずり出した挙句――【巨大飛竜(ドラゴン)】の怒りを買って、この船を危険にさらし続けたクソ野郎に敵意を向けているだけだ!」


 周囲に居る他の船員たちにも聞こえるよう、声高々に言い切ったニアズ。彼の発言を耳にしたその場の面々は、「そんな」「まさか」と驚きを隠すことなく奇異の目でドゥムを見はじめる。だが、そんな視線に臆することなく、ドゥムは「ソレがどうした! 幼体だろうと、【巨大飛竜(ドラゴン)】を殺した実績は誉有ることだろうが!」と、悪びれもせずに宣った。


 横暴極まるドゥムの発言。ソレには流石の船主オーナーも耐え兼ねたらしい。恰幅が在る割にフィオナやドゥムの鮮烈な存在感に圧されがちで、なおかつ見るからに気の弱そうな彼が「や、やめないかドゥムくん!」と、ドゥムの行動を静止させるべく彼の元へと歩み寄る。


 しかしそんな船主(オーナー)の身体は「うるせぇ!」叫んだドゥムによって殴り飛ばされ、ヒルデを排出して以降、再び停止している【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】に叩きつけられる。


「へぐぅ!?」

「あーあ、やっちまった……でもまぁ、後でテメェらのせいにすれば良いよなぁ?」


 倒れ込む船主(オーナー)を尻目に、「オレ様を怒らせるテメェが、悪いんだぜぇ?」とニアズを睨むドゥム。彼は自身のポケットから緑の液体が入った小さな容器を取り出すと、ソレを口の中に放り込んだ。


「アンタ、何を……」

「ちょっとした、下準備だよ。テメェ等をいたぶるための、な……っぐ、ヴァ? ぁあア?」


 ドゥム本人としても意図しない作用が起きたのだろうか。ぎょろぎょろと目を左右に動かした彼は、「ヴヴォ、オアア!?」と疑問符を嗚咽に混じらせる。そして、自身の大きな身体を更に大きく膨らませ――内側から裂けるかの如く、弾けた。

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