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「上げるぞソール!」
「任せた!」
ヴィーザルの大盾を踏み台に、跳躍をしたソールが【戦乙女】の膝部に光子鎚を叩きつける。
「【鉄鎚・烙印】!」
「AAAAA!」
じゅう。と赤の鎧の無い箇所を光子鎚の熱によって黒く焼け焦がしたソールは、「マォ!」と甲板上から姿を消している仲間の名前を叫ぶ。すると、鳥型の状態ではるか上空を飛んでいる【凱ノ乙女】の背から「はいにゃ!」とマォが身を乗り出し、勢いよくその背から飛び降りた。
「【|鉄靴を履いた猫《高さこそ、真の攻撃力にゃ》】!」
高所から飛び降りることで発生する落下速度と重力を携えた、光子鉄靴。ソレは稲光の如く空を裂き、足元のソールたちに気を取られていた【戦乙女】の赤い鎧を砕き割る。
「ニアズ!」
「分かってる!」
マォに追随する形で【凱ノ乙女】の背から落下してきたニアズ。彼は薄紅の外郭のみとなった【戦乙女】の胸部の隙間に光子剣を突き立て、テコの原理で割り開く。そうすれば今回の戦いでは一度も使用されていない、【戦乙女】の巨大な砲口が露わになった。
「重ね過ぎ、なんだよ!」
標的であるニアズが砲口の先に居ても尚、一切光の集束を見せない【戦乙女】。その隙に、とニアズが光子剣を構え直せば、彼の周りで「パンパンッ!」と何かが爆ぜる音が響く。
「なっ!?」
「ニアズさん! 出直してください!」
どうやら遠距離から援護をしてくれているシェリーが、傍にまで迫っていた【戦乙女】の髪先からオレを守ってくれたらしい。歪な形から元の形へと修復されつつある複数の槍を尻目に、オレは甲板へ既に降下している【凱ノ乙女】の背へ飛び降りる。
「【凱ノ乙女】! 上がってにゃ!」
「Pi」
既に背に乗っていたマォに返事をし、空へ急上昇する【凱ノ乙女】。白く広いその背に在る凹凸部にしがみ付きながら、彼女共々上昇速度に耐えていれば、直につい先程まで居た高所へとへと戻ってくる。
すると、戦いには慣れていても激しい高低差には慣れていないらしいマォが、【凱ノ乙女】の背の上で自身の身体をへたり込ませた。
「うにゃぁああ! せめてもう一人ぐらい、具体的にはグリズさんあたりの戦力がほしいにゃ! いっくらマォたちの息が合ってても、このままだと埒が明かないのにゃ!」
駄々をこねる子供の如くバタバタと手甲や鉄靴の付いた手足を動かし、暴れるマォ。そんな彼女の姿を見おろしながら、ニアズが「そうだな」と同意を告げれば、二人を乗せた【凱ノ乙女】が「Pi・Pi・Pi」と音を立てた。
「うにゃ!? もうソールたち【戦乙女】の気を引き付けたのにゃ!?」
「そうみたいだな」
三度の「Pi」は、甲板にいる誰からの降下の合図。それを耳にしたマォは勢いよく身体を起こし、「ニアズ、もう一回いくにゃ!」と【凱ノ乙女】の背から飛び降りる。そして彼女の後に続き、ニアズもまた【凱ノ乙女】の背から飛び降りた。
「【|鉄靴を履いた猫《高さこそ、真の攻撃力にゃ》】!」
再度行われる高所からの落下攻撃。だが同じ手法を幾度か繰り返していたせいだろう。タイミングを計ったように、【戦乙女】が上空から落下してきていた彼女の足を光子鉄靴ごと手で掴み、逆さ吊りにした。
「うにゃっ!?」
「っ、マォ! 動くなよ!」
彼女の後続として降りてきていたニアズが、マォを掴む【戦乙女】の手を光子剣で切り落とす。しかしそれさえをも見越してか、【戦乙女】は自身の髪でマォの身体を絡め取った。
「【怒剣・焼刃】っ!」
咄嗟に光子剣で髪を焼き切るが、僅かしかない滞空時間の中で髪のすべてを破壊しきることは叶わず、ニアズの身体は甲板へと着地してしまう。
「くそっ!」
【戦乙女】に身体を縛られながらも、自身の武器である光子手甲と光子鉄靴を使いそこから逃げ出そうとしているマォ。だが斬撃系ではない彼女の武器では難しいらしい。
そんな彼女を救おうと、近距離からはソールやヴィーザルが。遠距離からはシェリーが迎撃を行っているが、【戦乙女】はマォの身体から髪を解く気配はない。
このままではマズイ! と、ニアズの頬に嫌な汗が伝った瞬間、鳥型から人型へと姿を変えた【凱ノ乙女】が上空から降下し、マォの身体に絡まる【戦乙女】の髪をわし掴む。そして無造作に、されどマォの身体に負担がかからないよう、その髪を引き千切った。
「AAAA!」
「助かったにゃ!」
【戦乙女】の髪から逃れ、甲板へと着地するマォ。しかし破壊された【戦乙女】の髪はすぐさま再生され、その場に残っていた【凱ノ乙女】の四肢へと絡みつく。
「【凱ノ乙女】!」
まるで、【凱ノ乙女】を誘き出し、捕まえるためにマォを捕まえていたかのような【戦乙女】の手際の良さ。そのことに気が付いた、ニアズは「まさか!」と声を漏らす。
「すべて、【戦乙女】の手の内だったのだのか?」
ソールたちを殺すどころか攻撃を甘んじて受け、甲板上に居座り続けていたことも。オレたちを連れて空へ上がる【凱ノ乙女】を追いかけてこなかったことも。すべてこの時のためのハッタリ。そうでなければマォの身体が怪我一つない状態で【戦乙女】の髪から逃れられたのに対し、今現在その髪に捕まっている【凱ノ乙女】の身体がみしみしと嫌な音を立てていることの説明がつかない。むしろそれどころか、このままでは【凱ノ乙女】の身体が破壊されてしまう!
「――【怒剣・斬波】!」
【凱ノ乙女】を助ける。その一心でニアズは【凱ノ乙女】の身体に絡みついている【戦乙女】の髪目がけて斬撃波を放つ。だがその攻撃は髪を数本焼き切る程度にとどまり、【凱ノ乙女】を救うには足りない。
「【高電圧・砲撃】!」
「【鉄鎚・烙印】!」
「【手甲で殴る猫】!」
ニアズに続き、シェリーや遠距離攻撃が苦手な面々も攻撃を手伝うが、【戦乙女】の髪を全て破壊しきるには至らない。勿論、【凱ノ乙女】自身も逃れようとしてはいるようだが、足掻けば足掻く程その白い身体からは、血のような赤い液体が零れ落ちていく。
「くそっ、このままだと」
「マズい……!」とニアズが零しかけた時、【凱ノ乙女】が「Pi・Pi・Pi」と自身の砲撃口に光を貯める。しかしソレが放たれる前に【凱ノ乙女】の手足が【戦乙女】の髪によって捻じ切られた。
―――ああああああっ!
【凱ノ乙女】の身体から噴出する赤い液体。ソレが雨のように甲板へと降り注ぐ中で、ヒルデと思しき絶叫を耳にしたニアズは、ぐるりと辺りを見渡す。
「ニアズ、どうしたにゃ?」
「いや、声が聞こえた気がして」
「声? 俺には何も聞こえなかったけどな?」
マォとソールには絶叫が聞こえなかったらしい。不思議そうにニアズを見た二人は、すぐさま視線を【戦乙女】へ戻す。
「……まあ、ヒルデがこんな場所に居るわけがないよな」
もしかしたら【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】越しに【凱ノ乙女】が破壊された様を見てはいたかもしれないが、だとしても絶叫を上げるほどでは無いだろう。そもそも先程の声自体マォやソールに聞こえていなかったのだから、オレの勘違いであるほうが濃厚だ。
そう考えながらも、耳の奥に残るヒルデの絶叫。その声を振り払うように頭を振り、ソールたち同様【戦乙女】と【凱ノ乙女】へとニアズが視線を戻せば、【凱ノ乙女】を掴んでいた【戦乙女】の髪の先端が、【巨大飛竜】を捕食した時のように開かれはじめた。
「やめろ!」
破壊されてしまったことは、最早仕方がない。それは【戦乙女】の手の内に居ることに気が付かなかったオレたちにも、【凱ノ乙女】の操縦者にも落ち度があるのだから。
だがそれ以上は――駄目だ。
決してあってはならないし、ヒルデに見せてしまってもいけない。
嗚呼。こんなことになるのなら、もっと早くに打ち明けてしまっていれば良かった。
「……悪い。ソール、マォ。オレから離れていてもらえるか」
寒空の下、ばさり。と自身の鱗で作った黒衣と中着を脱ぎ去ったニアズ。そんな彼の奇行を目の前で見たソールは「に、ニアズ!?」と目を見開く。しかしニアズは驚くソールを余所に、自身の身体に流れる【呪い在りし竜】の力を解放するべく、意識を集中させはじめる。
「っ――」
ビキビキと音を立てながらニアズの皮膚を覆う黒の鱗。それと同時に彼の背からは【飛竜】に似た黒の翼が生え、その下部からは黒々とした鱗に覆われた太い尾が生え伸びる。
体格や立ち姿こそヒトの姿であった時と大きく変わりは無いものの、竜に類似した装いへと変容を遂げたニアズ。彼は自身の姿に息を飲むソールたちを冷ややかな目で見た後、竜脚と翼を使い、空へと飛び上がる。そして【凱ノ乙女】を捕食せしめんと開く【戦乙女】の髪を焼き切った。
「AAAAAA!」
【戦乙女】の髪から解放され、鈍い音を立てて甲板へと落ちる四肢をもがれた【凱ノ乙女】の身体。ソレをヴィーザル達が回収してくれることを祈りながら、ニアズは自身の翼を羽ばたかせ、正面に居る【戦乙女】を睨め付ける。
「Pi・AAAAA!」
髪を焼き切られたせいだろう。恨めし気な音を鳴らし、髪を修復させる【戦乙女】。
互いに互いを睨み合う中、宙を飛ぶニアズが先行して光子剣の切っ先を【戦乙女】へ向ければ、修復されたばかりである槍状の髪先が、彼目がけて穿たれた。
「邪魔をっ、するなっ!」
自身へと差し迫る槍。それらを悉く焼き切り、ニアズは【戦乙女】の傍へとさらに接近し、【巨大飛竜】を素材として創られた赤の鎧目がけて光子剣を振りかぶった。
「【怒剣・焼刃】!」
光子剣に纏われている膨大な熱量。ソレを至近距離で受け止めた赤の鎧はひび割れ、【戦乙女】本来の色である薄紅が無防備に曝け出される。そして、晒された胸部外殻の接合部目がけてニアズは即座に剣を突き立て、テコの原理によって出来た隙間に【呪い在りし竜】化により強靭となった爪をねじ込んだ。
「ニアズ、後ろ!」
「っ!」
下方から聞こえてきたソールの声と同時に、背後に差し迫る【戦乙女】の槍。その鋭利な先を破壊するべく、ニアズは剣を持つ手を大きく振るい、光子の斬撃波を放つ。
「【怒剣・斬波】!」
「AAAAAAA!」
一撃でも食らえば致命傷、或いは死に至る【戦乙女】の槍。次々と迫り来るそれらを破壊するが、その度に修復されてしまっている為、際限がない。
「クソッ、」
今掴んでいる、【戦乙女】の薄紅の外殻を剥がせばいつでも砲撃口を露出させることは可能だが――現状を鑑みるに、ソレを行うには一人では無理。しかも長時間の使用に不慣れなせいか、早々に【呪い在りし竜】化にも限界が来ている。
光子剣を掴む手から、ぱらぱらと黒の鱗が零れ落ちているのを感じながら、オレは自分自身の圧倒的な経験不足と技術不足に歯噛みする。
嗚呼、こんなことになるのならば、もっとシグルズさんから【戦乙女】との戦い方を学んでおくんだった!
黒の鱗を零す腕を振るい、光子剣で【戦乙女】の髪を焼き切るニアズ。すると、彼目がけて穿たれていたはずの複数本の槍が、銃声の音共にはじけ飛んだ。
「ニアズ!」
「ま、ぉ?」
ソールの鎚で打ち上げられたらしい。ニアズの居る場所まで跳び上がってきたマォは、彼が爪を立てている【戦乙女】の外殻接合部に自身の光子手甲を突っ込んだ。
「交代するにゃ!」
ぱちり、と目の合ったマォの瞳。その中には少しの恐怖は愚か、倦厭も、侮蔑も無ければ、オレの死を願う気持ちも見られない。むしろそれどころか、まるでオレのことを信じているかのようにして、しっかりとオレの顔を見定めている。
「ニアズは一回降りて、体勢を立て直すにゃ!」
「……っ、助かる!」
オレのこの姿を見ても、軽蔑しないのか? と、訊ねたくなる気持ちを抑え、ニアズは掴んでいた【戦乙女】の外郭から手を離し、船の甲板へと着地する。するとソールと共に【戦乙女】の気を引いていたヴィーザルが、即座にニアズの前に立ち、自身の背に彼を隠すようにして大盾を構え直した。
「ニアズ、まだやれるな!?」
「……ああ! まだやれる!」
手からは勿論、顔から生えていた鱗や背の翼も落ちつつある。だが、まだ――戦える!
その意思を示すべく、剣から放出する光子の量を増やせばヴィーザルが「よし」と頷いた。
「ならニアズ、お前は強力な一撃。いや、【戦乙女】の砲撃から核を破壊できるだけの力を此処で溜めろ! 準備が出来たらソールの所まで行って、マォの居る場所まで跳ばしてもらえ!」
「分かった!」
そう言われるや否や、オレは大盾を構えるヴィーザルの背後ですぐさま光子剣にさらに光子を纏わせる。
眩い光を放つのみならず、冷えた外気を瞬時に揮発させるほどの熱量を帯びる光子剣。光子由来の熱を伝わらせないはずの柄を握っていても焼けそうになる手を強張らせながら、オレはオレの代わりに【戦乙女】の胸部に一人残ったマォの様子を確かめるべく、顔を上げる。が、そんなオレの心配は無用であったらしい。
【戦乙女】の胸部では、手足に纏わせた近接戦闘特化の光子手甲と光子鉄靴を自在に操り、【戦乙女】の髪や腕を破壊するマォの姿が在った。
そして、そんな彼女を援護すべくシェリーも遠距離からの攻撃を続けてもいるのだろう。マォの周りで時折【戦乙女】の髪がはじけ飛んでいるのを見ながら、オレは息を吐く。
あと少し。あと少しで、【戦乙女】の砲撃口もろとも核を破壊できるだけの熱量が溜まる。
「【大盾・閃光】!」
「【鉄鎚・烙印】!」
発光するヴィーザルの大盾が【戦乙女】の注意をひきつけ、その間にソールが【戦乙女】の薄紅の足目がけて眩い光子と蒸気を纏わせた光子鎚を打ち付ける。
危うさのない、息の合った連係。マォとシェリーにしろ、ヴィーザルとソールにしろ、付き合いが長いのだろう。互いのクセを把握し、そして信頼していることが傍からも十分理解できる彼らの戦いぶり。そんな彼らの姿を見ていれば、直に手元の光子剣に上限いっぱいまでの熱量が溜まる。
「ソール!」
「よし来た!」
ヴィーザルに指示された通り、ニアズはソールの元へと駆け走る。そうすれば光子鎚から光子を解いたソールが、自身の鎚を大きくバックスイングさせる。そして、その部位にニアズが足を乗せた瞬間を見計らうと、空高く彼を撃ち放った。
「行っけええええええっ!」
マォの居る【戦乙女】の胸部目がけ、一直線に吹っ飛びながらニアズは至近距離へと迫る彼女目がけて「マォ! 外殻を引きずり降ろせ!」と叫ぶ。
「おまかせにゃ!」
パァンッ、パァンッ! と周囲で弾け飛ぶ幾つもの【戦乙女】の髪。ソレを気にするべくもなく、マォは掴んでいた【戦乙女】の外郭部を無造作に引きずり降ろし、その下にある未使用の砲口を晒し出した。
「【怒剣・最大解放】!!」
露出した砲撃口もろとも、ニアズは光子剣に溜められる上限いっぱいの熱量で【戦乙女】の胸部を刺し貫く。
「っ――!」
「AAAAAAA!」
巨躯を大きく揺らし、咆哮する【戦乙女】がニアズへと両の手を伸ばす。だがそれより早く、光子剣の刃は【戦乙女】の砲撃口をずるりと溶かし、その奥にある赤の核へと触れた。
「Pi・AAAAAAA!」
絶叫する【戦乙女】。その胸の奥からパラパラと音を立てて赤い破片が砕け、舞い落ちる。
「やったか!?」
甲板にも届いた赤の破片。ソレを手にしたソールは嬉々とした声で叫ぶ。だが胸部に残るニアズが目にしたのは、【戦乙女】の核とは違う――赤い鱗状の物体だった。
「まさか――」
自身が破壊したのは核ではなく、核を守るよう作りだされていた【巨大飛竜】由来の鎧か!
そのことに気付くも、既に時は遅く。彼の身体は、未だ槍状の髪から彼を守っていたマォもろとも【戦乙女】の巨腕によって甲板へと振り落される。しかし近接戦闘に特化しているマォとニアズは、瞬時に体勢を立て直し、危うげなく甲板へと着地する。
「二人とも、大丈夫か!?」
「勿論、大丈夫だにゃ!」
「ああ、問題ない!」
少し離れた場所で光子鎚を振っているソールに言葉を返し、ニアズは破壊された外殻や赤の鎧を修復している【戦乙女】を見上げる。すると、その巨体の向こう側に広がる灰色の空から、紺碧の色を纏った巨大な物体が現われ――こちら目がけて駆け走ってくる姿が目に入ってきた。




