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「うそ、だろ……」
しかも【戦乙女】は、落ちた血肉。果ては骨でさえも残す気は無いらしい。軽やかなまでに甲板へと降り立った血濡れの【戦乙女】は、自身の髪を甲板に這わせ、零れ落ちた【巨大飛竜】の屍を啜り舐め、砕いている。
そんな【戦乙女】の様子を【凱ノ乙女】の身体越しに見定め、オレは自身の拳を固く握る。
ドゥムたちに対し怒りを抱く【巨大飛竜】は、【戦乙女】によって殺された。そのことにより、この船は竜種たちに脅かされることのない安穏たる日々を取り戻すだろう。……だが、この怒りは。オレに伝えられた【巨大飛竜】の怒りは、いったいどうしてやれば良い?
――砕き、引きずり、いたぶり、呪え。
自身の胸中で繰り返し響く【巨大飛竜】の声。それに誘発されるようにして、ふつふつと再び湧き立ちはじめる『我が子らを殺した人間たち』への憎悪。
嗚呼、やはり彼らは人間の法などではなく、【巨大飛竜】の意によって裁き、殺さなければ! 砕いて、引きずって、いたぶって、呪わなければ! 【巨大飛竜】も、その子らも報われない!
「っはは、はは。やっぱり、そうだ。殺さないと」
「に、ニアズ?」
唐突に物騒な言葉を発したニアズの顔を振り返るソール。だが、ニアズの瞳にはソールの姿は一片たりとも映り込んではいない。
「砕いて、引きずって、いたぶって、呪わなければ……! アイツらを……愛しい子らの血を浴びたドゥムたちを!」
例えどんな手段を使おうとも。それこそ、ヴィーザル達から何と言われようとも。オレが、【巨大飛竜】の代わりにドゥムを裁き、無念を晴らしてやらなければ!
ニアズの胸中で蜷局をまく怒りの感情。それと時を同じくして【戦乙女】が「Pi・AAAAAAAA!」と咆哮を放ち、自身の身体の関節部から赤い液体を漏らしはじめた。
「なっ!? 【戦乙女】ヤツ、【巨大飛竜】の血肉から鎧を構築してるのか!?」
ソールの言葉通り、【戦乙女】は捕食した【巨大飛竜】の血肉で鎧を構築しているらしい。
目の前の光景に、流石に『我が子らを殺した人間たち』への憎悪を一旦胸の奥深くへと仕舞わざる得なくなったニアズは、血のように、或いは『怒り』のように赤い鎧を自身の身に纏わせた【戦乙女】の姿を改めて見定める。
だが【戦乙女】側は、驚愕を示す小さな人間たちにはさほど興味が無いのか、気にする素振りを見せない。むしろ【戦乙女】が此処に降り立って以来、微動だにさえしていない【凱ノ乙女】に興味があるらしく、「AAAAA!」と白の機体に向けて威嚇するかのように咆哮し――次の瞬間、【凱ノ乙女】と【戦乙女】がほぼ同時に空へと飛び上がった。
「うわっ!」
「うにゃあっ!?」
暴風を巻き起こし、空へと昇る赤と白。その二機の姿を追うべく、ニアズが空を見上げれば、白が放った光の線を赤が弾き返したり、赤が白の背後を取り槍状の髪を穿ったりと、激しさのある空中戦が秒を経たずして繰り広げられていた。
だが、この戦いもすぐに終わるに違いない。
現時点では【凱ノ乙女】が持ち前の小柄さで【戦乙女】の攻撃を躱してはいる。だが武器らしい武器を持ち得ていない【凱ノ乙女】にとって、自身の二倍はある【戦乙女】との接近戦は圧倒的不利だろう。
「クソッ……」
このままでは【巨大飛竜】に続き、貴重な戦力であり、ヒルデが大切にもしていた【凱ノ乙女】までもが【戦乙女】によって捕食、ないしは破壊されてしまう。
そんなこと、あってはならない。今すぐにでも【凱ノ乙女】に加勢し、助けなければ。
「だが、いったいどうやって助けてやればいいんだ?」
【呪い在りし竜】の翼で空を飛ぶことは可能だが、例え飛んだとしても二機の速さに付いていけるほどオレの翼は俊敏ではない。
自身の翼では、足手まといにしかならない。そう判断したニアズは、空高くを飛ぶ二機の小さな姿を改めて睨み上げる。すると【凱ノ乙女】の放った光子光線が【戦乙女】の鎧によって弾かれ、ニアズたちの居る場所目がけて飛んできた。
「お前ら、ぼさっとしてんな!」
大盾を抱えたヴィーザルがニアズたちの前に飛び出し、上空からの光子光線を受け止める。
「空中戦は【凱ノ乙女】に任せるしかない! シェリーは甲板から【凱ノ乙女】の援護! 他の奴らは上空からの攻撃に備えろ!」
上空からの光子光線を受け止めきり、焼け焦げた大盾を下ろすヴィーザル。彼は深く息を吸い、ニアズたちの方へ振り返る。
「念のために伝えておくが、【戦乙女】の弱点は胸部内にある赤い核だ! もし、アイツが降りてきたら外殻を破壊して、一気に叩け! 前みたいなヘマはするなよ!」
「よっし、分かったぜヴィーザル! マォ! シェリー! ニアズ! 準備はいいか!?」
「ばっちりにゃ!」
「既に出来ています」
周りの面々が声を上げる中、【戦乙女】の弱点をヴィーザルが告げた事に驚いたニアズは、「ヴィーザル」と彼の名を呼んだ。
「どうしたニアズ? 何か意見があるのか?」
「いや、ただの確認だ。……アンタ、【戦乙女】と戦ったことがあるのか?」
「……昔に何度かな」
前回の反省を踏まえて調べた、というわけではないらしい。小さな声でそう答えたヴィーザルは、上空に居る【凱ノ乙女】と【戦乙女】を睨み上げる。
「さっき『空中戦は【凱ノ乙女】に任せるしかない』と、言った手前あまり言いたくはないんだが……俺は今回の戦い、【凱ノ乙女】が負けると思っている」
「……それは、【凱ノ乙女】が接近戦用の武器を持っていないから、か?」
「それもあるが、そもそも機能面でも性能面でも【戦乙女】の方が上だからな。今は何とか凌げているが、ソレも時間の問題だろう」
そんなこと。早い段階で既に分かっているし、助けてやらなくてはとも考えている。だが――、その為の手段が、何一つとして思い浮かばないのだ。
「【凱ノ乙女】助けてやるには、いったい、どうしてやればいい」
ぼそり、と口から零れた言葉。ソレはヴィーザルにとっても驚きのものであったらしい。空を見ていた彼は目を見開き、オレの顔へ視線を向けた。
「ニアズ。お前、ソレを本気で言っているのか?」
「本気も何も、【凱ノ乙女】が破壊されたら、オレたちでは本当に何もできなくなるだろ?」
ヒルデが大切にしていたから。とは告げずにそう言い切るも、ヴィーザルの顔は何処か不機嫌そうに顰められている。
「……【凱ノ乙女】を助けるってことは、俺たちがアイツの代わりに【戦乙女】と戦うってことだぞ」
「そ、それは……」
【戦乙女】と戦い、結果として殺された身であるオレとしては、【戦乙女】との戦闘にヴィーザルたちを巻き込みたくはない。
その思いはヴィーザルとて同じなのだろう。彼は「分かってくれるか?」とオレの頭にポン、と厚い手を乗せる。
「だが……っ、」
「つーまーり! 要は、俺たちが死ななきゃ良いんだろ?」
どうやらオレとヴィーザルとの会話を聞いていたらしい。ずい、とオレとヴィーザルとの間に割り入って来たソールが、にやり、と悪巧みでもしているかのような笑みを浮かべた。
「それはそうだが、【戦乙女】を相手にするんだぞ?」
「そりゃあ【戦乙女】と戦うってのは怖ぇーけどさ、俺たちとアイツとではデカさがかなり違うからな! 逆に【戦乙女】の方が俺たちに攻撃を当てづらいと思うんだよ! ってことで、ヴィーザル! もし【戦乙女】がこっちに来たら、具体的にはどうすればいいんだ?」
「もし」、の言葉をはっきりと口にし、ヴィーザルの顔を見やったソール。そんな彼に対し、ヴィーザルは大きく溜め息を吐き、ニアズの頭から手を放した。
「そうだな。ソールは俺と足元から【戦乙女】の気を引く。シェリーは遠距離からの狙撃と、全体の動向確認。マォとニアズは【凱ノ乙女】と連携して高所からの落下速度と重力を利用した本命の攻撃。もし胸部にある核が露出したら、ありったけの力で即座に破壊する……だな」
「よっし! 分かったぜ!」
本当に理解しているのかは怪しいが、ヴィーザルの言葉を熱心に聞いていたソールは軽快に笑い――次の瞬間、【戦乙女】に追い立てられている【凱ノ乙女】を見上げ、「おーい【凱ノ乙女】! 降りて来いよ!」と大手を振った。
「ばっか! お前、何してやがる!」
「ええっ! だって今のままだと【凱ノ乙女】がヤバいんだろ?」
「だとしてもだ! 少しは後のことを考えろ!」
両の拳でソールの側頭部を挟み、ぐりぐりと圧迫するヴィーザル。彼からの折檻を受けるソールは「いだだだだだだだ!」と悶絶するが、その二人のやり取りはシェリーの声によってすぐさま打ち切られる。
「二人とも! 【凱ノ乙女】が【戦乙女】を連れて、こちらへやって来ます!」
ニアズたちの居る船目がけて一直線に降下してくる白の【凱ノ乙女】と、その後に続く赤い【戦乙女】。その紅白を改めて見定めたニアズたちは、各々武器を持ち直し――【戦乙女】との接敵に備えた。




