3-4
シェリーやマォたちと別れ、早々に食事を済ませたニアズが目にした物は、何者かの襲撃を受けたかのように大きく凹んだ、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室の扉だった。
「……なんだよ、これ」
そういえばオレが今日ドゥムたちと会った時、彼らは異様なほど大人しく引き下がっていたではないか。そんな彼らがオレの弱点ともなるヒルデを襲いに来たというのは、十分に考えられる。それに名前も居場所も、この船にいる誰かを脅せば聞きだせるだろう。
そしてそんな輩にヒルデが出会ってしまったならば――。
「くそっ、」
この部屋の中にあるかもしれない惨状を思い浮かべたオレは、自動的に開きそうにもない扉を無理矢理こじ開け、中へと足を踏み入れる。すると、薄暗い部屋の奥――【凱ノ乙女】の姿が見えるガラス張りの壁沿いに一つ、横たわる小さな姿が在った。
「ヒルデ!」
そう叫ぶや否や、オレは一目散に彼女の元へと駆け走り、横たわる彼女の身体を抱きかかえる。しかし、防寒服を着ているとはいえ、長時間地べたに寝ころんでいたのだろう。彼女の身体は冷え切り、顔もいつもより青白くなってしまっていた。
ただ、『花人』故か外傷はないらしい。「ヒルデ! おい、ヒルデ!」と彼女の身体を軽くゆすり、呼びかけ続ければ、「ん、んぅ……?」と何処か眠たげに、ヒルデが瞼を開いた。
「……に、あず……さん?」
ごしごし、と自身の手で瞼を擦った後、ヒルデがオレの顔を見上げてくる。
「えっ、えっ……!?」
「ヒルデ、怪我はしてないか? あと、何時から此処で眠っていたんだ?」
「け、怪我? 怪我は、してないです。えっと、あと【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】たちのメンテナンスが終わって、ママを見てたから……だから、寝ちゃったのは十八時過ぎ、ぐらい……?」
状況がまったく理解出来ていないらしい。不安げに眉尻を下げたヒルデに「いや、ここの部屋の扉が大きく凹んでいたからな。お前の身に何かがあったんじゃないかと思って」と伝えれば、彼女は「うーん?」と頭を抱えた。
「オレはドゥムたちが来たのかと思ったんだが」
「あの方々、ですか? それなら……まあ、納得がいくかもしれませんね。一応この場所はとても大事な場所なので……正式な船員さんが持つ船員証が無いと入れないようになっているんです。だから、開かないことに怒ったその方が蹴り飛ばしでもしたのでしょう」
そう言い切った後、何かを思い出しでもしたのだろう。オレの腕の中に居るヒルデが「あ、」と声を漏らした。
「どうかしたのか?」
「ひぇっ、あ……その……」
オレの顔を見たかと思えばすぐさま目を逸らし、腕の中でもぞもぞと身を動かすヒルデ。
落ち着きのない彼女の姿を辛抱強く見守っていれば、直に覚悟を決めたらしい。ヒルデが大きく息を吸い、「ニアズさん!」とオレの名を呼んだ。
「お、おかえりなさ、ぃ……」
随分と緊張している様ではあるが、しっかりと届いた「おかえりなさい」の声。ソレに答えるべく「ああ、ただいま」と頭を撫でてやれば、彼女の白い頬が僅かに色づいた。
「うれ、しい……」
「……嬉しいのか?」
たったこれだけのことで? と思いながらもヒルデの言葉を待てば、彼女は「うん、うれしい……です」と答えた。
「今まで、こうやって『ただいま』って言ってくれる人、いなかったから」
穏やかな笑みを浮かべ、上機嫌に足を揺らすヒルデ。しかしその足先は以前見た時と変わらないどころか、さらに白じんでいるように見える素足だった。
「また靴を忘れたのか?」
細く、生白いヒルデの足。冷え切ったその足を温めてやるように撫でてやれば、くすぐったかったのだろう。「ひゃっ」と小さくヒルデが声を上げ、オレの腕の中で身を捩る。
「……わるい」
「ううん、ちょっとびっくりしただけだから。大丈夫……!」
ぐっ、と握り拳を作り、顔を上げるヒルデ。そんな彼女の言葉を信じ、ニアズは冷えた彼女の足に手を添え直す。
「なぁ、ヒルデ」
「なあに?」
「ヒルデはこの船には十年ぐらい居るんだったよな」
「え、あ……うん。そう、ですが……?」
「ならその間に、こんな風にして竜種たちが船を襲うようなことはあったか?」
「ありません」
思い出す必要さえ無いのだろう。オレの問いに即座に答えたヒルデは「でもね、」と言葉を続ける。
「別にこの船が悪いわけではない……んです。その、今はすごーく怒っている子が居て、その子が原因で襲われている……みたいな?」
要領を得ないヒルデの説明。その言葉の真意を探るためにニアズが「何か知っているのか?」と問えば、「うーん? 知っている……? いうより、聞こえた。って言うのの方が正しいの……です?」と彼の腕の中に居る彼女は言葉の節々に疑問符を浮かべた。
「えっと、ママや妹たちは普通のヒトたちは勿論、獣人の方たちよりもずーっと耳が良くて、遠くの音まで訊くことが出来るので……その、」
「つまり、その遠くでひどく怒っている者の声が聞こえた、と?」
「まあ、そうですね」
「ソレは人間か?」
竜種を操る人間など聞いたこともないが【呪い在りし竜】を祖としているオレが居る以上、あり得ない話ではあるまい。
だがそんな考えは、どうやら杞憂であったらしい。ヒルデは「まさか」と声を上げた。
「竜種を意のままに操れる人間なんていない、です。むしろ、そこは当然【巨大飛竜】の名前が出てくるべきだと思うの……です、が?」
ヒルデの小さな口から出た【巨大飛竜】の名。ソレを聞いた瞬間、オレはシグルズさんと共に居た時に見た【巨大飛竜】の赤い姿を思い出し、「まさか」と一つの考えに思い至る。
赤く変色してしまった【巨大飛竜】は、他の竜種を狂わせる。加えて、本来温厚である【巨大飛竜】が怒りに毒されるという事例は滅多に起きない。――となれば、オレがあの時シグルズさんと共に見た「あの個体」が、この船を他の竜種たちに襲わせているのだろうか?
それにもしこの考えが当たっていたならば、この船。ないしは船に乗る誰かが、普段温厚である【巨大飛竜】に怒りを抱かせるような碌でもないことをしでかした、という事になる。
【巨大飛竜】の生態について詳しくはないものの、悶々と思考を深めるニアズ。すると、そのしばしの間がひどく退屈だったのだろう。ニアズに抱かれているヒルデが、彼の胸元に自身の頭を寄せた。
「ヒルデ……?」
つまらない思いをさせてしまっただろうか? と自身の腕の中をニアズが見下ろせば、そこには瞼を閉じ、唇から「すぅ、すぅ」と寝息を立てるヒルデの姿が在った。
「まいったな……」
よほど眠たかったのだろうか。いや、眠たかったからこそ、冷え切った【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室の床で寝ていたのだろう。この部屋に入った時に見たヒルデの横たわった姿を思いだし、オレは力の抜けた彼女の身体を抱え直す。
個人的な思いとしては、【凱ノ乙女】の操縦者についてのことも聞いておきたかったのだが、こうなってしまった以上、日を改めた方が良いだろう。
「……って、まずヒルデの部屋は何処なんだ?」
新人であるオレにでさえ個人の部屋が与えられている以上、十年もの間この船に居るヒルデにも部屋は当然あるだろう。
たしか、船員証の説明を受けた際に「各員の部屋は本人の船員証のみで基本開けることが出来る」と言われたはずだから、手当たり次第に居住階の扉にヒルデの船員証を翳して行けばいいのだろうか? とはいえそんな手間を掛けるならば、いっそ艦長であるフィオナかヴィーザルにでも聞きに行った方が早いだろう。
まあ、最も早い手段は眠っているヒルデを起こし、本人から部屋を聞きだす方法なのだろうが……、流石に二度も彼女の眠りを妨げるのは忍びない。
「とりあえず、一旦この部屋から出てフィオナかヴィーザルを探しに行くか」
そう断じ、ニアズが【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室の扉へ歩を進めれば、壊れて開いたままになっている扉の向こうから「お、部屋、開いてるんじゃねぇ?」「昼間来た時は閉まってたくせに、今は開いてるとか。とんだ無駄骨だな!」という声が聞こえてきた。
「……まずいな」
会話内容から察するに、おそらく扉の外に居るのはドゥムの取り巻きたちだろう。
彼らに見つからないように、とヒルデを抱えているニアズは即座に【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】の入った箱の後ろへ身を隠す。
「せっかくトゥツーの船員証をパクって来たってのによ!」
「そうだ! 勿体ねーし、此処にその船員証捨てといてやろうぜ」
「おっ、ここを壊したのはトゥツーくんでーす! ってか?」
扉の向こうに取り巻きたちを纏めるドゥムが居るのかまでは分からないが、もし居た場合に備えて極力気配も隠しておくべきだろう。
息の音さえをも殺し、ニアズは壊れた扉に注意を向け続ける。するとその扉に影が掛かり、遅れてドゥムの取り巻きたちが無遠慮な足取りで中へと入って来た。しかしその中に大男たるドゥムの姿は無く、ニアズはほっと胸をなでおろす。
「でもトゥツーのヤツ、今日【飛竜】連れ去らわれて大ケガしたって話っすよ? すぐにトゥツーの仕業じゃないってバレるんじゃないっすか?」
「ばぁか、バレても良いんだって! アイツは船員証が無くて大慌て。ンで、此処で大事な船員証を見つけた奴は怒り心頭!」
「ぎゃははっ! ドゥムさんや俺たちのところから出ていったヤツには当然の報いだな!」
部屋中に反響する下卑た笑い声。不愉快なその音を聞きながら、どうやって彼らに見つからないように部屋を出るか。と頭を悩ませていれば、壊れた扉に新たに二つの影が掛かった。
「貴様ら! 此処で何をしているッ!」
怒号の如きフィオナの鋭い声。そして、仁王立ちとなっている彼女の隣に居る不機嫌そうな顔のヴィーザル。その二人の姿を見たドゥムの取り巻きたちは「げっ」「マジかよ」「ないわー」と、口々に不服げな声を発する。
「ヴィーザル、コイツらを連れていけ」
「了解」
ずんずんと大柄な身を揺らし、ドゥムの取り巻きたちの首根を次々と掴んだヴィーザルは彼らを部屋の外――ひいては別の場所へと連れて行く。
その様子を【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】の入った箱の影から見ていたニアズは、この場にフィオナだけが残ったことを再確認するや否や、すぐさま彼女の前に姿を現した。
「フィオナ艦長」
「ニアズ隊員!? 貴様も此処で何を……、っ!?」
ドゥムの取り巻きに続き、オレまでもが此処に居ること。そして、オレの腕の中でヒルデが眠っていることにも驚いたのだろう。言葉を失ったようにして息を飲んだフィオナは、しばらくの間の後、「まさか、眠っているのか……?」と声を零した。
「はい」
「そうか……、なら良いんだ」
「良くは無い、です。……実は、ヒルデをどこに寝かせれば良いのか分からなくて」
「ああ、まだ部屋を教えられていないのか。なら、着いてこい」
【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室の外へ行くのではなく、むしろ扉を超えて部屋の中へと入って来たことに驚きつつ、ニアズは抱えているヒルデを起こさないようにして彼女の後を付いて行く。そうすればフィオナは「用具庫」と書かれた壁面の扉の前で止まり、その扉を開いた。
「ヒルデリカを連れたまま、中に入れ」
フィオナに促されるまま、様々な道具が並ぶ用具庫の中へ足を踏み入れるニアズ。すると異様なほど温かな空気が彼とヒルデの身体を包み込んだ。
「あたたかい?」
こんなヒトの出入りが少なそうな部屋に何故暖房を? と訝しむニアズ。しかし彼の疑問は部屋の最奥にある簡易ベッドを視界に捕えたことによって、すぐ晴れることとなった。
「……まさか、この『用具庫』が、ヒルデの部屋なのか?」
「ああそうだ。本当は別で彼女の部屋は用意してあるんだが、『此処が良い』と言われてしまってな」
身を屈め、用具庫の奥に在るベッドのシーツを整えたフィオナ。彼女に「此処に寝かせてやってくれ」と促されたニアズは、整えられたベッドの上に抱えていたヒルデを横たわらせる。
「……だが、例え本人が『此処が良い』と言ったとしても、こんな場所に一人で居させるのはマズいんじゃないのか?」
つい先刻、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室へ押しかけて来たドゥムの取り巻きたち。荒々しい彼らの姿を思い起こせば、「それは私だって分かっているさ」とフィオナが即答した。
「だからこそ私は、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室への入室には船員証を必須とさせたし、有事に備えて非常口なども増設させた。加えて、ヒルデリカが住みやすいようにとこの部屋に暖房やベッドなどの設備も整えた」
「さらに言えば、護身用として【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】たちの操作も許可しているんだろ?」と言いそうになった口を噤み、オレは「流石にソレはやり過ぎなのでは?」とヒルデへの過保護ぶりについてのみを口にする。
「やり過ぎ、か。ヒルデリカにも同じことを言われたな。だが、そうでもしないと私の心配が晴れないんだ」
フィオナとヒルデ。二人の間にどんなことがあったのかは知らないが、おそらくその中で過保護にならざるを得なくなる事柄が起きでもしたのだろう。
共感こそ出来はしないものの、フィオナがヒルデを大切に想っていることを知ったニアズが「アンタにとって、ヒルデは大事なんだな」と言えば、フィオナは「それこそ、私の命に代えても惜しくはないほどにはな」と答え、「ふふ、」と誤魔化しでもするように笑った。
「とはいえ……、貴様にはヒルデリカが迷惑をかけたな」
ベッドの上で眠るヒルデに毛布を掛け、白い『花』が咲く金の髪を優しく撫でるフィオナ。何時もの刺々しい表情からかけ離れた穏やかな顔を浮かべる彼女に、ニアズは「迷惑をかけられた、とは感じていないが」と言葉を返す。
「だが、迷惑をかけたと思っているなら、幾つかオレの質問に答えてほしい」
「……ほぅ? 言ってみるだけ、言ってみると良い。どうせ、こうやって面と向かって話す機会はそう在るまい?」
「ならば早速質問させてもらうが。まず、この船が【巨大飛竜】と接敵したことはあるか?」
「ない」
「なら【巨大飛竜】と会った奴を乗せてはいるか?」
「元の船員の中には居ないな。ただ新しく乗ったドゥムが『【巨大飛竜】を殺した』だのと言っていたな? まあ、アイツらに【巨大飛竜】を殺すだけの実力は無いから、嘘なんだろうがな」
根も葉もないであろうドゥムたちの虚言は、艦長であるフィオナの耳にも届いていたらしい。
「ふっ」と思い出し笑いをするように鼻で笑った彼女は「まだ質問があるなら受け付けるが?」
とオレの顔を見上げてきた。
「ああ、質問はまだある。……【凱ノ乙女】の操縦者を教えてほしい。先日もだが、今日も世話になったから直接礼を言いたい」
「……【凱ノ乙女】の操縦者、か。ソレを貴様が知る権利はないし、私が教える義理もない。感謝の気持ちがあるというのなら、これからも任務に精を出せ」
オレの質問に冷ややかな口調で答えたフィオナは、自身の視線をヒルデへと戻す。
「そうか……。なら次だ。この【陸上探査艦‐ŋ】はいつ【なかつくに】へ着く?」
「あちらに戻る予定は当面ない。【邪竜】や【飛竜】たちのおかげで竜種由来の資材は十二分に確保できたが、代わりに他の回収率が著しく落ちているからな。このまま戻ったとしても、上院役員共に嫌味を言われた挙句、翌日には出立させられるのがオチだ」
余程「上院役員共」からの嫌味が苦なのだろう。「はぁ……」と大きく溜め息を吐いたフィオナは、自身が撫でるヒルデを愛おしげに眺める。
「……最後の質問をしても、構わないか?」
「言ってみるだけ言っておけ。と言っただろう? 最後と言わず、好きなだけ質問しておけ」
「なら質問するが……」
ごくり。と唾を飲み、一呼吸置いたオレは「ヒルデはいったい何者なんだ?」という質問を口にする。
「……貴様が知っている通り、彼女はシグルズの娘で、花人だ」
どうやらフィオナは、オレがヒルデについてどこまで知っているのか把握しているらしい。
だが彼女の答えに納得の出来なかったオレは「しかし、ヒルデは自身が生まれてからずっと『この姿』であると言っていたが?」と言い、更に言葉を続ける。
「子供の姿で生まれた挙句、ずっと子供の姿で居続けるなんて、花人であることを踏まえても、明らかに何かあるだろ?」
「……何かある、か」
その言葉が気に障ったらしい。ポツリと呟いたフィオナが、軽蔑と分かる眼差しで、オレを睨み上げた。
「『秘密』を抱える貴様自身がソレを言うか? なあ、【呪い在りし竜】の末裔?」
「……知って、いたのか」
「当然だろう。シグルズからの事前情報で、必要最低限の情報は共有されている。おそらくソレは貴様の危険性を加味したうえでの情報共有だろうがなぁ?」
言葉の節々にわざとらしい棘を纏わせ、皮肉るフィオナ。しかしソレを言った彼女自身の中で納得がいかなかったらしい。「と言うのはあまりにも大人げないな」と言葉を付け加えた後、彼女はオレに向けていた視線をヒルデへと戻す。
「正しくは、もしもの場合に擁護出来るように。という親切心からの情報共有だな。ちなみに貴様が【呪い在りし竜】の末裔であるということは、今のところ私ぐらい……、いや。ヒルデリカも知っているんだったか。まあつまり、私と彼女の二人だけしか知らないから安心しろ」
「そう、か……」
簡易ベッドの上でぐっすりと眠っているヒルデ。白の『花』を咲かせる彼女の髪や頬をなぞったフィオナは、ぽつりと「……ニアズ」とオレの名を呼んだ。
「なんだ?」
「……出来ることなら、これからもヒルデリカの傍に居てやってほしい」
「シグルズさんからもヒルデのことは頼まれているからな。オレとしては、そのつもりだが」
「そうか。それならば良いんだ」
まるで愛おしむようにヒルデを撫でた後、フィオナは屈めていた身体を起こし背筋を伸ばす。
「さあ、もう出るぞ」
「扉の修理はどうするんだ?」
元から凹み、壊されていた物にオレがとどめを刺した【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】安置室の扉。そこが壊れたままであることを指摘すれば、フィオナは「ああ」と声を漏らす。
「明日中にでも直してもらえるように、ヴィーザルに頼んであるから問題は無い」
「そ、そうなのか……」
どうやらオレの心配は杞憂であったらしい。「さ、早く行くぞ」と顎で指図するフィオナに急かされ、オレはヒルデの眠る簡易ベッドの傍から離れる。
「……本当に、ヒルデを残していくのか?」
「ヒルデリカからはそれで良いと言われているからな」
「……そう、か」
用途不明の道具たちが並ぶ用具庫。その奥にあるベッドの上で静かに眠るヒルデ。その姿に物寂しさを感じたオレは、一旦ヒルデの元へと足を戻す。
「貴様、何をッ」
「何もしない。ただオレが昔シグルズさんにしてもらった事を、彼女に返すだけだ」
ヒルデの枕元で膝を着き、オレは深く息を吸う。そして甘やかな香りを放つ彼女の髪に指を滑らせ、子供の頃――シグルズさんに言われていた眠り際の言葉を紡ぐ。
「おやすみ、ヒルデ。良い夢を見るのを、忘れるなよ」




