3-2
「船を移動させて、旧市街地から離脱させろ!」
「待ってください! そんなことをすれば回収班が取り残されることに!」
「今此処に船を置いていても、船に近付いたところを襲われるだけだ! ならば、一旦建物内にでも隠れていてもらった方が得策だろう!」
「ですが、仲間を見捨てるなんて!」
「見捨てるんじゃない、アイツらを倒し終えたら、ちゃんと回収するさ!」
「ああっ! まったく、いったいどうしてこんな所にまで奴らが来るんだ!?」
強襲してきた【飛竜】たちの対応に追われる管制室。そのあちこちから上がる焦りと戸惑いの声を耳にしつつ、ニアズはその室内をぐるりと一望する。
「……あそこか」
管制室の中央部。そこで主な指揮を執っているフィオナを見つけたニアズは、彼女の方へと移動する。
「フィオナ艦長、少し良いか」
「貴様はソール班のニアズ隊員だな。船内で待機していろと命令しているはずだが、どうした?」
どうやらフィオナは火急の際であっても、他者の声に耳を傾ける質であるらしい。自主的に此処へとやって来たオレに対し嫌な顔を見せるどころか、目を合わせさえしてきた彼女へ端的に「オレも戦わせてくれ」と告げた。
「ヴィーザルたちは……回収班の護衛か。ニアズ、怪我の具合はどうだ?」
「完治している。戦うのに支障はない」
「そうか。ならば貴様には、船尾甲板へ行ってもらおう。だが、もし身体に不調を感じたり、【戦乙女】が出現したりした際は即時撤退だ。理解したか?」
「ああ、理解した」
「よし。ならば、【飛竜】との戦闘を許可する。細かい現場の指示は現在船尾で迎撃を行っている班の長たるグリズに聞け」
「了解!」
必要事項のみを確認したフィオナに対し、ニアズは以前の集まりで他の隊員たちが行っていたような敬礼を行う。そして一拍間を置いた後、急ぎ足で管制室から退出する。
「船尾での、戦闘だな」
目的地は船尾甲板。そして現場にいる「グリズ」らとともに【飛竜】の迎撃を行う。
フィオナから指示されたことを反芻しながら、ニアズは人気のない廊下を早足で抜け、船尾甲板へと繋がる階段を駆け上がる。そして、船内と外界とを隔てる重い扉を勢いよく開けば、そこには灰色の空を黒く染め上げる、おびただしい数の【飛竜】が居た。
「なんだ、この数は……!」
【邪竜】同様、群れで行動していることが多い【飛竜】ではあるが、これほどの数は今まで一度も見たことが無いぞ!
「ギャオギャオ」と威嚇の声を放ち、黒く染まった空から次々と降下する黒の点。それらを数少ない戦闘員や、【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】たちが迎撃しているが、空に居るすべてを倒しきるにはあまりにも人手が足りなさすぎるだろう。
「とはいえ、この船に居る以上、オレもソレを手伝わないといけないんだが!」
武器を持った戦闘員や【|自己修復人形《BA-クティリエ・ロイド》】の邪魔をしないよう、ニアズはフィオナに指示された場所である船尾へ向かうべく駆け走る。するとその途中で、やたらと【飛竜】たちが集まる個所を見かけ――、同時に「うっ、うわぁっ! ど、どうして、どうして僕にばっかり!」と泣き言を上げる青年の声が聞こえてきた。
どうやらその泣き言は、【飛竜】たちが集中している場に居る兎耳が特徴的な獣人の青年が発しているらしい。彼はぎこちない手付きで光子短剣を振るってはいるが、その攻撃は周りを飛ぶ黒竜たちに掠りもしていない。それどころか弱腰な青年目がけて空から数体の黒い点が降下しはじめてくる。
「ったく、仕方ないな!」
「戦闘員であるなら、ある程度は一人で処理しろ!」とニアズは跳躍し、弱腰な青年の前へと躍り出る。
「上から来るぞ!」
「えっ!?」
唐突に表れたニアズに驚く青年。だがソレに遅れて降下してきた【飛竜】の猛攻により、その驚きの表情は恐怖へと変わる。
「ま、まだ来るのか!?」
「黙れ! 今は目の前の【飛竜】にだけ集中しろ!」
降下による加速度を利用した【飛竜】たちの突進攻撃。それを受け止めると同時に、ニアズは顎から背にかけて光子剣を一直線に滑らせる。そうすれば刃こぼれが起きない光子剣の切れ味も相まって、黒い彼らの肉体が背骨を境に綺麗に切り離される。
迷いのないニアズの剣捌きによって次々と二枚おろしにされてゆく黒の群れ。その光景を上空の仲間たちも見ていたのだろう。弱腰な青年目がけて降下していた【飛竜】たちが続々とその矛先を別の場所へと変えてゆく。
その中で、しばらくは自分たちの元へ彼らが来ないと判断したニアズは、自身の背後に居る青年へと視線を向ける。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう。助かりました……」
光子短剣片手にぺこり、と礼儀正しく頭を下げてくる青年。幸運にも目だった怪我こそしてはいないものの、彼の表情はひどく不安気で武器を握る手も震えてしまっている。
「えっと、それで……貴方は、どうして此処に?」
強襲していた【飛竜】の波が一時的に収まっただけにも関わらず、危機感無くそう訊ねてきた青年。しかも持っている光子短剣から光子を解きさえしているところを見るに、彼は余程気を緩めてしまっているらしい。
その有様に「はぁ」と溜め息を吐いたニアズが、「アンタ、死にたいのか」と口を開きかけた時、「こらっ!」と活の入った女の怒声がその場に響いた。
「そこの新人二人! 立ち話は後にしな! トゥツーは死にたくなけりゃ、さっさと武器に光子を纏わせろ! ニアズくんは病み上がりだってぇのに、来てくれてありがとうな! アタシはグリズ。そっちのトゥツーや周りに居る奴らの班長だ! とりあえず、やれるところまでで構わないから、どんどん【飛竜】をぶちのめしておくれ!」
口早にそう語った熊の如き――否、熊の獣人であろう「グリズ」と名乗った女性。彼女は空からの降下を再開させはじめた【飛竜】たちを見上げ、自身の武器である光子大鎌を振るい次々とそれらの首を荒々しくも鮮やかに斬り落としてゆく。
「新人ども、返事は!?」
「了解した」
「は、はいぃっ! 了解しましたグリズさんっ!」
ぴんっ、と長い耳を立てて委縮気味に返事をする青年、トゥツー。彼はすぐさま自身が握る光子短剣に光子を纏わせ、降下しはじめてきた【飛竜】と危なっかしくも相対しはじめる。
「っと、こんな時でもなけりゃあトゥツーに合う戦い方を模索してやれるんだが、ねっ!」
どうやらトゥツーの危なっかしさはグリズ自身も気にかけてはいるらしい。一対一であればなんとか【飛竜】と相対できている彼から離れすぎないようにしながら、彼女は自らの死を厭わずに降下してくる黒竜たちの首を悉く大鎌で斬り落とす。
その鮮やかな手つきに倣い、ニアズもまた牙を剥きながら降下してくる【飛竜】を光子剣で両断していく。しかし彼らがどれほど迎撃しようとも、その数は一向に減ることはなかった。
「あああああっ、もう! 今まで旧市街地にコイツらを含めた敵性生物が出ないから、遺物回収案に賛成したのに! こんなことなら反対しときゃあよかった!」
余程この現状に鬱憤が溜まっているらしい。「そもそも、何だって最近はこんなに襲われなきゃいけないんだ!」と続けたグリズが、忌々しげに上空を見上げる。
「くそっ、このままだと埒が明かないよ!」
「そうですね。こんな時に【凱ノ乙女】が居てくれたら――」
白鳥の如き純白の戦闘用航空機、あるいは人型となった【凱ノ乙女】の姿を思い浮かべた瞬間、唯でさえ威嚇の声を上げていた【飛竜】たちが、更にその声を大にしはじめた。
「今度はいったい何だい!?」
傍に居るグリズが声を上げた瞬間、ギュンッ、と空を割く音と共に白鳥の如き【凱ノ乙女】が現れ、船の外周部に居た黒竜たちを光子光線で次々に撃ち落とし始める。
その驚異的な火力と俊敏性に慄き、一斉に船から距離を取る【飛竜】たち。だが現れたのが一機だけと悟るや否や、彼らの一部は徒党を組み、【凱ノ乙女】へ猛攻しはじめる。
自身へと向かってくる黒の群れを【凱ノ乙女】も認識したのだろう。ソレらに向けて光子光線を放つが、打ち落とされるのは群れの外側に居る数体のみ。
それを鑑みた結果、【凱ノ乙女】は未だ多く残る【飛竜】の群れを捨て置くことにしたらしい。黒の群れでは到底追いつくことのできない速度で船の外周を旋回し、甲板へと降下しようとする他の【飛竜】たちを打ち落としはじめる。
「ヒュウ、やっこさんのおかげで、大分楽になりそうだねえ!」
「確かにそうだが、気を抜くべきでもないかと」
感嘆の声を漏らしたグリズに対し、「たった一機で降下するすべを打ち落とせるわけもない」と言葉を繋げ、ニアズは【凱ノ乙女】の攻撃を運よく免れた【飛竜】たちを迎撃し続ける。すると少し離れた場所から「うわぁあああっ!」という泣き声混じりな悲鳴が聞こえてきた。
「あっ、トゥツーのやつ! アタシの傍から何時の間に離れてやがった!」
グリズと共に声のした方を見やれば、そこには【飛竜】に掴まれ、上空へと連れて行かれるトゥツーの姿があった。
しかもトゥツー本人は相当に焦っているらしく、自前の光子短剣で黒竜の足を切ろうと躍起になっているようだが、肝心の光子短剣に光子が纏えていない状態だった。
「ああもう、クソッ! アタシの邪魔をすんるんじゃないよ!」
空へと連行されるトゥツーを助けに行きたいらしいグリズが大鎌を振り、周囲に集いはじめた【飛竜】を一掃する。だが彼女の意図を理解しているのか、グリズやオレをその場に繋ぎ止めるようにして他の【飛竜】たちが周りへと集いはじめる。
「クソッ、おいニアズ!」
「なんですか、グリズさんっ!」
「アンタ、シグルズさんの弟子なんだろう! トゥツーを助けてやれたりしねぇかい!?」
目の前に躍り出てきた黒竜の身体を二つに切り分け、オレは「無茶を、言わないでほしいっ!」と答える。勿論、背に【呪い在りし竜】の翼を生やせば空へと連れて行かれたトゥツーを助けることは可能ではある。だが自身の出生を明かしてまで彼を――戦闘員であるにも関わらず自身の身一つ守れないどころか仲間に迷惑を掛けるトゥツーを助けるメリットがない。唯一あるとするならば、シグルズさんからの教えである「弱者救済」の言葉だけだが――。
自身の保身を優先するか。或いは、助けたところで何の得にもならないトゥツーを優先するか。その二択のどちらを選ぶべきか逡巡していれば、周りに居た【飛竜】たちが唐突に散逸する。そして、いつの間にか人型へと姿を変えていた【凱ノ乙女】が風圧と共に眼前へと現れ、オレの身体を無造作に掴んだ。
「は?」
「お? 【凱ノ乙女】と一緒にトゥツーを助けに行ってくれるか! 頼んだぞニアズ!」
「は、……はあっ!? そしたらグリズさんが一人にっ!」
「おあいにく様! アタシはそう簡単にはやられないんでねえ!」
グリズの言葉を区切りと捉えたらしい。掴んでいたオレの身体を巨大なその掌で包み込んだ【凱ノ乙女】は、弾け飛ぶかの如き加速度で空へと跳び上がった。
「っ!」
急激な上昇に、舌を噛まないようにと口を閉ざすニアズ。一方、彼を抱える【凱ノ乙女】は上空へと連れて行かれたトゥツー目がけ一直線に昇り続ける。
しかし一旦甲板へと降り立ってしまったせいだろう。ある程度の余裕を持って引き離していた【飛竜】の群れがニアズたちの真後ろへと追い迫ってくる上に、上空で様子を見ているだけだった他の竜たちも【凱ノ乙女】目がけて降下しはじめる。
「まずい! 上の奴らまでこっちに狙いを定めてるぞ!」
「Pi」
掌の僅かな隙間からその様子を見たニアズが声を上げるが、【凱ノ乙女】は迎撃の体勢を取らない。むしろ人型である形状を元の鳥型へと戻し、降下してくる【飛竜】たちを敏速に回避し、トゥツーを掴んでいる個体の真下へと差し迫る。
だがこの著しい加速度のまま、【飛竜】に突撃し、トゥツーを助ける。――というのは得策ではないだろう。というより、最初からそのつもりであればオレを連れてくる理由がそもそもない。となれば、トゥツーに危害を与えることなく【飛竜】を倒す役目として、オレを連れてきた。と考えるのが妥当だろう。
その答えに行き着いたニアズが「【凱ノ乙女】! 後はオレに任せろ!」と口を開けば、急激に距離を詰めてきた【凱ノ乙女】に危機感を抱いたらしい。トゥツーを掴む【飛竜】が、彼の肩口を掴む手を放した。
「なっ!」
「うわぁああああああっ!?」
唐突に宙へと放り出され、悲鳴を上げるトゥツー。彼を受け止めようと【凱ノ乙女】はその真下に自身の身体を据えるが、ニアズは即座に「受け止めるな!」と叫んだ。
「トゥツーと並走しながら掴め!」
落とされた場所と受け止める場所の落差は、そう大きくは無い。だがそれでも、【凱ノ乙女】の硬質的な機械の身体で人体を下から受け止めるのは推奨できない。最悪の場合、骨折どころか身体が破裂する。
そんなニアズの意図を理解したらしい。【凱ノ乙女】は落下するトゥツーと並走するかたちで降下し、その身体をニアズの居る巨大な手の中に包みこむ。
だが降下していた身体をいきなり上昇へと切り替えることは機構上難しかったらしい。トゥツーを包んだ込んだ直後、【凱ノ乙女】の身体は後方より迫って来ていた黒竜たちの群れへと突っ込んでしまう。
「ギャオギャオ!」とけたたましい威嚇の声を上げ、群れに突っ込んできた【凱ノ乙女】へ牙や爪を向ける【飛竜】たち。その中を強引に突き進む【凱ノ乙女】に「周りの【飛竜】はオレが消し飛ばす! だから、オレを離せ!」とニアズは叫ぶが、【凱ノ乙女】は二人を包む自身の手を決して緩めることは無かった。
外の様子が辛うじて確認できる程度の隙間しかない、固く閉ざされた【凱ノ乙女】の手の内。そこで聞こえるのは【飛竜】たちの羽ばたき音と、威嚇の声。そして、共に手の内に抱えられているトゥツーの「ひぃいいっ」という情けない声だけ。
しばらくの間、その音を聞き続けていたニアズだったが、直に【凱ノ乙女】が竜の群れを抜けきったらしい。彼らの音が少し遠のいた頃に、【凱ノ乙女】が自身の形を人型に戻し、固く閉ざしていた掌をゆるく解いた。
「……ぼ、僕ら生きて……るんですか?」
緩やかに滑空するようにして、船の周りを旋回する【凱ノ乙女】。その掌の上に居るトゥツーが呆けたように呟けば、その隣に居るニアズが「ああ、そうらしいな」と短く返答する。
そうすれば、張りつめていた緊張の意図が解けてしまったらしい。「よ、よがっだぁあああああっ!」と、トゥツーが声を上げ「ありがとう! ありがとう……!」とニアズへと泣きついてきた。
「ううぅっ! 僕、あのまま死ぬと思ってたからっ……本当に、助けてくれてありがとうございます!」
「礼を言うのはまだ早い。ソレにアンタは、傷の手当てをしないと」
上空へと連れて行かれた際に負ったのだろう。トゥツーの肩口から赤い鮮血がにじみ出ているのを見たニアズは、黒衣の下に着ていた支給品の服を引きちぎると、その傷口を塞ぐようにして宛がった。
「す、すみませんニアズさん……」
「所詮は応急処置だ。船に戻ったらすぐにちゃんとした手当をしてもらえ」
声にこそ出しはしないものの「船内で手当てを受けるついでに、そのまま大事を取ってこれ以降の戦闘には参加しないでほしい」と内心で思うニアズ。彼は小さく溜め息を吐くと、下にある船を見おろす。
「……流石に、この状態で降りるのは無理だな」
白銀の色が特徴的である巨大戦艦、【陸上探査艦‐ŋ】。だがその身体の半分以上は黒い【飛竜】で覆われてしまっており、迂闊に近づくことが憚られる状態となっていた。
「早くトゥツーを下ろしてやりたいんだが……」
そう口に出したのが、【凱ノ乙女】の操縦者にも聞こえたのだろう。「Pi」とオレたちを乗せる機体が音を発したかと思うと、続けて「Pi・Pi・Pi」とエネルギー充填音らしき音を響かせ始める。
「おい、まさか……!」
船目がけて光子光線をぶっ放すつもりか!? と直感したニアズは、「や、止め――」と制止の声を上げる。だがソレを封じるようにして【凱ノ乙女】は再び自身の巨大な掌でニアズとトゥツーの二人を包み込み、閉じ込めた。
「ぼ、僕たちこれからどうなるんですか!?」
掌で包まれた暗闇でトゥツーが声を上げる中、【凱ノ乙女】は旋回を止めて船の正面へと急降下する。そして次の瞬間、【陸上探査艦‐ŋ】の上空をアーチ状に焼き割いた。
「うわぁああああっ!?」
「っ!」
着地をしていない状態での高火力となった光子光線発射の反動。さらには急速冷却を行うための行動不能状態も相まって、見事なまでに吹き飛ぶ【凱ノ乙女】。
その手の内に閉じ込められているニアズは外へと放り出されないようにと【凱ノ乙女】の手と、共に閉じ込められているトゥツーの身体を固く握り込む。
しばしの間。外界が見えないまま、身体を強張らせていれば行動不能状態から回復したらしい。バランスを取り直した【凱ノ乙女】が、閉じていた手を僅かに開いた。
「もう、終わったんでしょうか……?」
何が起きたのか、あまり理解出来ていないらしい。ほっと安堵するように息を吐いたトゥツーに「どうだろうな」と言葉を返しながら、ニアズは上空からの景色に息を飲む。
「……っ!」
「な、何ですかこれ!?」




